「強盗ですか? では1番の強盗窓口へ」
その日、銀行に銃声が轟いた。
「強盗だ! このカバンにあるだけの金をつめろ!」
大きなカバンを携えた黒づくめの男は、拳銃を突き出して店内に怒声を浴びせる。
「強盗……?」
怯える客をかばいながら、一人の事務員がおそるおそる口を開いた。
「そうだ! さっさと金をよこせ!」
事務員の間の抜けた返事に苛立った強盗は声を張り上げる。
「でしたらあちらの強盗窓口へ……」
事務員は強盗の声に怖気付き、弱々しく店の奥にある窓口を指差した。
「担当の者が対応させていただきますので、何卒」
消え入りそうな声で事務員は話を続けた。
「強盗窓口だあ⁈ 何を言ってるんだ! 適当なことを言って警察に連絡するつもりなんだろう。いいから早く金を出せ!」
「いえ、そんなことはございません。係りの者がきちんと対応させていただきますので……」
妙なやりとりに店内の空気が静まり返る。強盗はあたりを見渡し舌打ちをした。
「警察には連絡するなよ」
念を押すように少しの間銃口を事務員に向け、強盗は窓口に向かった。
強盗は窓口に置いてあった椅子に勢いよく腰掛けた。銀行の動向に目を光らせながら声を張り上げる。
「おい、誰か、強盗が窓口に来たぞ」
強盗はいら立ちを隠そうともしない。
「お待たせしてすみません」
張り詰めた空気を破ったのは、黒の背広をきっちり着こなした痩身の男だ。撫で付けられた七三分けの髪と、黒ぶちの眼鏡がいかにも銀行員といったいでたちで、強盗窓口と聞いて屈強な男でも出てくるのではないかと疑っていた強盗を驚かせた。
「わたしが担当のカリガネです。それで、本日はどういったご用件で?」
起伏のない淡々とした声でしゃべるカリガネに強盗は面食らった。
動揺を隠すように銃口をカリガネに向け低い声で詰め寄る。
「あるだけの金を用意してもらおうか」
「はい、いくらほどご入用でしょうか」
強盗は少し考え込んだ。
「一千万円と言ったら用意できるのか」
「ええ、ご用意させていただきます。ではそちらの用紙に必要事項をご記入の上、印鑑をお願いします。あと、本人確認できるものはお持ちでしょうか」
「印鑑! 本人確認できるもの⁉」
強盗は素っ頓狂な声を上げた。
(こいつは何を言っているんだ。強盗は普通正体を隠すものだ。
誰がそんなものをもって銀行強盗をしようというのか)
「馬鹿らしい! 強盗がそんなもの持ってくるわけないだろう!」
机をたたく鈍い音が店内に響いた。
「ご用意されてないとなると、お金をお渡しするわけには……」
「強盗だって言ってるだろうが! もういい! 話にならん!」
強盗は引き金に指をかけた。
「お客様、発砲は困ります」
「困ります、じゃねえんだよ。俺は客じゃねえし。さっさと金を用意するんだよ! それで終わりなんだから。担当なんだろ、お前!」
「しかし、規則がありますので。手順を踏んでいただかないと」
机の上の強盗の手はわなわなと震えている。
「取り込み中のところすみません。カリガネさん、予約されていた強盗の方からお電話が」
突然、バタバタと男が駆け寄り、二人の会話に割って入った。
「うるさい!ひっこんでろ!」
強盗が声を張り上げる。
「あ、あのー強盗の方がこちらに向かっているそうです。騒ぎになっているので、何事だ、と」
拳銃を握る力が強くなる。
強盗の感情はこれ以上なくたかぶっていた。
「いいから、さっさと金を――」
そして、店内に発砲音が轟いた。
その音は、窓口ではなく店の入口から発せられた。
強盗は鮮血で無機質な店の床を塗り替える。
ときおり、赤の上で黒尽くめの男がピクピクと痙攣するさまは、さきほどまでの威勢の良さを考えるとどこか滑稽であった。
開かれた掌の上には、拳銃が寂しげに転がっている。
「これだから、マナーのなってない強盗は嫌なんだ」
静寂のなか、店に入ってきた強盗は銃をしまいながら呟いた。
「いらっしゃいませ。予約されていた方ですよね、では強盗窓口へどうぞ」
張り詰めた場にそぐわないほどの業務的な案内。
強盗は、静かな足取りで窓口へ向かった。
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