第三章 魔女と猫(4)
「よく言うよ。せっかくモロイ様の後釜にうまいこと座れたのに、先の〈海読み〉で勤めを果たせなかったからアッサリと解雇されたんだろーが……」
ぼそりと指摘するネロに、ルララは音を上げる。
「あーもー、それは言わないでぇ」
「……いいわ。とりあえず、その件に関しては責めない。今はそんな段階じゃないから。それよりも、ルララだけ予言がみんなと異なっていたのは……あなたが魔女だから? 巫女と違って、神の声を直接きいたわけじゃないから、なのね?」
「そういうこった。ルララは『神託』を受けたわけじゃない。魔力による『未来予言』をしただけだ。典拠がまるで違う」とネロ。
そうなると、ルララと他の巫女プリエガーレの予言が食い違っていたのも無理はない。だが……修行を積んだプロフェッショナルの巫女たちと、(ネロいわく)半人前の魔女ルララの能力では、どちらが信用に長けるか――。
イザベラはそこまで考えて、首を振った。
やはり、どう考えても、プリエガーレの予言が本物だという証明に一歩近づいてしまう。
イザベラはバイトで酷使した勲章である、アカギレだらけの両手を差し出した。ルララの手を握る。
「ルララ。あなたの未来予言、信じていいのよね?」
「姫様……」
ルララは魅入られたようにしばし、ぼうっとイザベラを見返してきたが、やがて小さく震え始めた。
「あのー、さっきからチラチラと気になってたんですけどぉ……姫様って、展望室から落ちて亡くなったはずでは……? えーと、どうして……? わかった! 悔しくて死にきれずに、悪霊になってしまわれたのですね? たいへん、除霊しないと。いい霊媒師を紹介しますんで、誰にも悪さしないでください――」
「あたしは生きてるわーっ!」
間近で手を握っていても幽霊呼ばわりされたことに腹が立ち、イザベラはルララの両頬をつぶすようにグイグイと押した。
「ええええっ、うそぉ!」
幽霊よりも本物のほうが恐ろしいらしく、ルララは後ろに跳びすさる。
「ずっと、あなたを探していたのよ」
イザベラは真摯な瞳で、ルララにたたみかけた。
ついに見つけたのだ。魔女ルララ。
これで真実に一歩、近づいた。
イザベラは、足元の枯れ枝を踏みしめて歩み寄った。
「――ルララ、教えてちょうだい。誕生日の夜の、あの〈海読み〉のこと。巫女たちは、何者かに操られていたんじゃないの? なにか心当たりはない? 最近、城に怪しい人の出入りはなかった? あの夜、本当は何があったの?」
気が急いて、矢継ぎ早の質問になっていた。あわあわと、ルララが泡を食う。
「ちょーっと待った。ただで教えるわけにゃあ、いかねえな」
その時。すとん、とイザベラとルララの間には、しなやかに胴体を伸ばしたネロが割り込んできた。
「ネロ……!」
ルララの目は猫を咎めていた。抱き上げようと手を伸ばすが、月色の鋭い目で黒猫に威嚇された。
「いいかルララ、ぼけっとしてんな。この女は国王を殺して、さらに国を破滅に導くと予言された危険人物だ。とうに始末されているはずの、な。なにを企んでいるのか、わかったものじゃない。ほいほいと信用するな」
飼い猫のそれではない、山猫のように鋭い瞳でネロに睨まれると、イザベラの足が竦んだ。
「正直言って、あんたとルララは、もうなんの繋がりもないんだ。ルララはランプフィルドをクビになったし、あんたはもう姫じゃない。なんの権限も持たない、ただの子どもさ。あんたのせいでルララは城を追い出された。ただで情報をくれてやるほど、俺らは甘くないぞ?」
茫洋としているルララと異なり、ネロはしっかり者のようだった。
「ふうん、なかなか、骨のある猫ね……」
「猫じゃねえ! 使い魔だっ!」
猫呼ばわりは、どうやら禁句らしい。キシャーッと歯を見せて、ネロは威嚇してきた。
イザベラは、ぞわっと背中を泡立たせた。立ち上がり、ルララとネロに対峙する。
ルララはしっかりとイザベラを見据え、使い魔に告げた。
「そうだね、ネロ。もし、安易に姫様を助けたりしたら、わたしたちが、国の未来を滅ぼす手助けをするかもしれないんだね――」
「そういうことだ。へたなことすりゃ、おまえだってクビだけに留まらず、王に抹殺されるぜ?」
「そっか。それは困るね」
「ああ、困る」
ルララとネロは冷静に頷き合った。
急にスイッチが入ったのか、ルララは別人のような目つきで続けた。
「逆に考えれば――モーリス王は、姫様の抹殺に失敗したってことだよね。でも、まだ知らない」
「そうだ。つまり、彼女を生け捕りにして王に献上すれば、ルララの名誉も挽回。いや英雄だ。再雇用の道も開ける!」
「さっすがネロ、頭いい!」
パチンと指を鳴らすルララ。急に劣勢になってしまった。やはり、そう簡単にはいかない。
唇を噛み締め、イザベラは態度を軟化させずに告げた。
「待って。冷静に話し合いましょう。ルララはあの日、なんと言った? あたし……イザベラはこの国を幸せにする未来を築くと、そう予言したのよ。あの予言は、間違っていたというの?」
対立する両者の間に、ふわりと一陣の風が吹いた。
「あたしはあなたを信じるわ。だから、あなたの予言が正しくて、巫女たちの神託が嘘だって証明したい。真相を確かめる必要があるの。お願い。力を貸して」
「――おまえはルララを信用しているわけじゃない。自分にとって都合がいいから、すがりたいだけだろ。嫌だと言ったら、力ずくで服従させる気か? 悪いが思い通りにはいかねえぞ。俺は強い」
ネロは不敵に、にやりとほくそ笑む。
やはり、これしかないか。
ヒースをも意のままにした、この作戦しかない。
イザベラは腕を振り上げて、光の粒を生み出した。
「あたしの白魔法を、なめないで!」
目を閉じて掌に、すべての意識を集中させる。
その玉に、攻撃力はない。けれど、見た目だけ恰好つけることなら、なんとかできる。
イザベラは小さな光の物を、ビー玉からスイカほどの大きさに膨らませた。
「ふん、子ども騙しだ」
しかし、容赦のない声が降りかかってきた。
「笑わせるな。そんな下手なハッタリは通用しないぜ。城にいた者なら、誰だって知ってるよ。イザベラ姫には、なんの力もないってな」
「……っ!」
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