第12話 少女漫画の取材①

「え!? どうしてレティシアさんも一緒なの!?」


 霧山が俺の隣にいるレティシアを見て、絶望した顔をしていた。


「これってあれなの? 『俺にはもう彼女がいるんだ。ごめん、瑠理奈。君とはデートの取材はできないんだ。ただ、その代わり俺とレティシアのデートしているところを取材しても構わない』ということなの!? 確かに取材だけど! 楽しみにしてたのに! こんな衝撃的な事実知りたくなかったよ! もういっそドロドロ展開でも描いてやろうかな? フフ、フフフ。そうね血みどろの展開なんて読者にウケるでしょ? 『空斗その女誰!? 浮気? 浮気してたのね!? 空斗刺して私も死ぬ!?』これで行こう。フフフフフフ」


 背筋に冷たいものが走る。

 霧山から怖い笑みが漏れ出て、俺は寒気を覚えた。なんか知らんが俺の身に危険が迫っている。


「霧山? 実はレティシアがデートに興味を示してさ、やむなく連れて行くことになったんだ。これは取材だし別に良いと思って連れてきたんだがーー」


「デートは男女が二人で行うのよ!? 男一人女二人でデートってそれはデートじゃないわよ! 修羅場でしょ? 殺傷事件が起こるでしょ?」


 霧山の剣幕に後ずさり、引いてしまう。

 事の経緯は金曜日の放課後まで遡る。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 これからバイトの俺は、レティシアにその事を告げる。俺と一緒に帰るのを残念がったレティシアは華と一緒に帰ることになった。

 俺も帰り支度を終えて、教室を出ようとしたところに霧山に呼ばれる。


「どうした?」


「あ、あの・・・・・・春田君に相談というか・・・・・・お願いというか・・・・・・」


 歯切れの悪い霧山はチラチラと俺の顔を窺い、頬が赤く染めていた。何となく霧山が相談したい事を察した俺は、自分の席へ戻る。隣の椅子を引いて、霧山に座るよう促した。周りの生徒は既に次々と教室を出て行って、最終的には俺と霧山の二人になった。

 それまでしばらく霧山の口は開かず、ジッと床を穴が開くほど凝視していた。

 なかなか切り出さないものだから、俺から沈黙を破る。


「相談って例の・・・・・・あれか?」


「・・・・・・う、うん」


「そうか・・・・・・夏也の事が気になって仕方がないんだな。いっそ告白したらどうだ?」


「う・・・・・・うん?」


「どうしても気持ちが抑え込めないなら思い切っちゃったらどうだ? 同じようなシチュなら少女漫画で描いてんだろ? 自分を主人公だって思って玉砕覚悟で行くんだ」


「違う」


「え? 夏也が好きじゃないのか?」


「だから違う」


「だって霧山の描く少女漫画ってイケメンばかり登場してんじゃん。だからてっきり夏也の事が気になって気になって気持ちが抑え込めないかとーー」


「いや違うから。春田君バカなの? 何でもかんでも女子はイケメンが好きって偏見なんなの? 私の描いてる少女漫画にイケメンなんて登場しません。絵柄は確かにそう見えるかもしれないけど、あれは私が美化してかっこよく描いているの。実際はキモいまでいかないけど普通なの。いつも眠そうな目に死んだ魚のような目もしてるし、ラノベの主人公のような鈍感な性格だし、とにかく実際はそんな感じなの!」


「テンプレのようなラノベ主人公だな。誰がモデルなんだよ」


 一瞬間ができた霧山は咳払いする。


「とにかく! 私がそういう風に見えちゃうの。私にとってはイケメンなの!!」


 霧山の力説する言葉に気圧され、「お、おう」としか言葉が出なかった。本当に誰がモデルなんだよ。


「お前がそのモデルの人が好きだって気持ちは伝わった。で? その本命にどうやって告白しようか悩んでいるのか?」


「春田君バカなの? 何でもかんでも恋愛に結びつかないでよね。それに私は少女漫画描いてるプロなのよ? そんな些細な悩み、私自身が解決できないとでも? ・・・・・・・・・・・・はぁー」


 まあ確かに少女漫画のプロなら自分が直面した場合でも、問題なく解決できそうな気がする。最後の溜息は少し気になるが、追求しないでおこう。


「大分脱線したけど」


「脱線させたのは春田君よ」


「おう・・・・・・。それで相談って?」


「えっと・・・・・・」


 さっきまでの勢いがどこかへ消え、急にもじもじし始めた。やっぱり告白の相談なんじゃないのか?


「・・・・・・・・・・・・・・・ーーしてほしい」


「え?」


 聞き取れず、もう一度促す。


「・・・・・・ーーとしてほしい」


「チートしてほしい? 別に俺はチート能力なんてないぞ? あ、でも異世界に転移できたらチート能力が手に入るかもな」


 冥界が存在するなら異世界もあるんだろうな。あ、でもレティシアから魔法を習えば、この世界でもチートできるんじゃない? というか考えればレティシアって魔法が使えるんだからチートじゃん。

 そんな事を考えてると、霧山に思いっきり睨まれた。すみません。


「私とデートしてほしい」


「はあ・・・・・・デート。少女漫画の取材って事か」


「何でそんなに察しが良いのよ」


 文句を垂れる霧山にまた睨まれた。これはよく分からん。


「今までもデートシーンとか描いてたよな? 今更デートの取材が必要か?」


「今回描くシーンはまだ付き合っていない二人がデートして、雰囲気に呑まれてホテルに行ってしまい・・・・・・ごにょごにょする話」


「それって俺達もセックスするって事か?」


「春田君バカなの?」


 三回目のバカ頂きました。


「あー・・・・・・うん。しない方向ね」


「春田君バカなの?」


 いや何でだよ。

 何で俺罵られてんだよ。

 霧山の顔を見ると、煙がモクモクと出そうな程に顔を真っ赤にしていた。目なんかぐるぐると回している。しばらく待っていると、落ち着いた霧山が深呼吸を繰り返す。


「というわけでデートしてホテルに行くまで。それだけで終わりだからね」


「ホテルまで行くのかよ・・・・・・」


「こ、これも取材のためよ! ホテルなんか行ったことないし、どんな場所か分かればリアリティも増すでしょ!?」


「まあ、分かったよ。明日はバイトあるし、明後日なら大丈夫だ」


 その日は日曜日にデートの取材をする約束をして、俺はバイトへ向かった。

 この話はまだ続きがあり、同日の夜。

 バイトから帰ってきて華とレティシアがスマシスをしていた後の話である。


「確かソラ兄って日曜日休みだよね?」


「そうだが、用事がある」


「え? ぼっちのソラ兄に用事なんかあるの? バビるんだけど?」


 たまに聞くけど、なにそれ何語? 俺の知らない言葉にバビる。


「霧山とデートの取材をするんだよ」


「本当のデートじゃなく取材なの? ソラ兄って鈍感な所あるからマジでデートじゃないの? あーてかソラ兄とデートしたいって女子存在しない説」


 確かに俺はイケメンじゃないし、夏也のようにモテないけど、誰か一人くらいいるだろ・・・・・・たぶん。


「ソラト、そのでーと? とは一体なんなの?」


 レティシアの好奇心が動かされて、我慢できずに聞いてきた。


「デートか・・・・・・。セックスできるかできないかの関係?」


「ソラ兄マジで最低」


「そのセックーー」


「はいはい、レティそれはあとにして、デートの意味よね? それはーー」


 華からデートの意味を聞かされたレティシアは「ふむふむ」と頷いて理解の色を示すと、俺に向き合って。


「それなら私も一緒に行っても構わないかしら? 実際に経験するのが実感できると思うの」


 確かに一理ある。

 意味を知っても実際に体験してみないと感じ取れないこともある。霧山の取材だって自分自身で体験して、それを元に少女漫画を描いているんだ。三人でデートという貴重な体験だってできて、霧山としても一石二鳥だろう。


「それじゃあレティシアも一緒に行くか」


「デート・・・・・・。不思議ね。明後日にデートの約束をした途端、ワクワクした気持ちが収まらないわ」


 華は何か言いたげな表情をしていたが、もしかして華も行きたかったのだろうか? 華も誘おうと思ったが、「眠いからおやすみ」と言って自分の部屋へ行ってしまった。

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