第11話 魂を狩る死神
レティシアと華の働きによって、あっという間に昼が過ぎた。
今は人も激減し、俺と黒沢だけで十分動けるので、休憩室に二人を休ませてある。
「一件落着ですね~。あたし疲れちゃったので、あとソラトパイセンに任せま~す」
離脱しようとする黒沢の首根っこを掴んで引き戻す。
「まだ終わってないだろ。あと数十分働け」
「え~。あ、ソラトパイセン」
ニマニマと俺の顔を覗き込んでくる。鬱陶しい。
「悪い男から華を助けたソラトパイセン、めっちゃかっこよかったですよ! まあイケメンじゃないのが残念なとこだけどね~」
「はいはい。イケメンは正義だな」
「でもあたしは良いと思うますよ?」
「黒沢、八番テーブルの片付け」
「ちょっとちょっと、今のはグっとくるところでしょ? ソラトパイセンチョロいからグッときたでしょ?」
「はいはい」
不満げな黒沢が片付けに向かい、俺はお客さんを席に案内をした。
上がる時間になると、俺は休憩室のソファーに腰を下ろして天井を仰ぎ見た。今日は特に疲れが蓄積されて動く気力がない。
「ソラ兄お疲れ」
華から水の入ったコップを受け取って飲み干す。冷えた水が五臓六腑に染み渡りいつもより美味しく感じる。
黒沢も同じく冷えた水を飲み干して、おっさんのように「ぷはー」と声を出していた。
「華とレティシアのおかげで助かったよ」
途中アクシデントも起こったけど無事終わったんだから、終わりよければ全てよし。
俺達が休憩している中、ドアが開き店長が入ってきた。労いのお言葉を贈り、華とレティシアの前にパフェが置かれた。
「これは臨時で入ってくれた報酬だ。遠慮なく食ってくれ」
華とレティシアは礼を言うと、店長は口角を上げて休憩室を出て行った。
「店長ってソラトパイセンよりかっこよかったよね~。あの眼力、絶対一人や二人殺ってるよ」
かっこいいのは同意するが一言余計だ。
「ソラトパイセン」
「どうした?」
「あたしのパフェはないの?」
「お前臨時でも何でもないだろ。給料貰ってるだろ」
納得がいかない黒沢は休憩室を出て、店長にパフェを要求しに行った。
「これがパフェというのね。ほっぺが落ちるほど甘くて美味しいとはこのことを言うのね」
そんな二人の幸せそうな顔を眺め、俺は自然と微笑みを浮かべた。
俺はしばらくソファーで寛いでいると、黒沢がパフェを持って戻ってきた。店長、黒沢にも作ったのか。
「えへへ~店長から作ってもらっちゃった♪ これソラトパイセンのおごりですって」
「おい! なんで俺がおごることになってんだよ!」
「ん? あたしがそう言ったら作ってくれたんですよ!」
一言もそんな事言ってないのに、店長もなぜ黒沢の言葉を信じるんだ。
でも疲れている俺はもやはどうでもよくなった。
すると、黒沢が近づいてきて隣に座ってきた。
「ソラトパイセン、はい! あ~ん」
パフェをスプーンに乗せて、俺の口元へ。
俺は言われるがままに口を開けると、口の中にパフェが。冷たくて美味しい。
「あ、これって間接キスですね♪」
「そうだな」
「反応薄い!」
黒沢が何か文句を言っていると、レティシアが側に近づいてきたことに気付いた。
どうしたって口にしようと思ったら、スプーンが口の中に入れられた。
「レティパイセンだいた~ん!」
「サユキの真似をしてみたけど・・・・・・これって一体なんの儀式なのかしら?」
「・・・・・・」
「・・・・・・ソラトパイセン? あたしと反応全然違うんだけど? ちょっと不服なんですけど!」
「レティシア、こういうことは・・・・・・まあ特別な人だけにするんだ。黒沢は頭がおかしいからいいんだ」
「ちょっとソラトパイセン酷いですよ!」
「・・・・・・よくわからないわね」
二人が話している間、華は黙々とパフェを食っていたが、チラチラと俺の事を見ていたことは追求しないことにした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
黒沢と別れて、俺達三人は帰路に着いていた。
空は赤く夕日が射していた。
気温は変わらず、30℃越えの暑さのままだった。店の中は冷房が効いてて天国だったんだが、外に出ると地獄である。
「まさか二人がバイトするとは思わなかったよ」
「ウチもバビッた。それにバイト中のあれ・・・・・・ありがと、ソラ兄」
「華のお兄ちゃんだからな。助けるのは当然だろ」
「・・・・・・。てかソラ兄、その後レティの事お姫様だっこしてたよね?」
「あの時は気分が悪すぎてあまり覚えていないの。少し残念だわ。でもソラトの優しい気持ちは感じる取る事ができたわ」
レティシアが俺の方を振り向いて、ありがとと口を開いた。俺も咄嗟の判断だったから、あの時のことはあんまり覚えてない。
バイトの事で歩きながら談笑をしていると、少し離れた場所に黒い何かが道に転がっていた。近づいてみると、それは白黒の猫だった。
「この猫血が・・・・・・。ソラ兄どうしよう」
白黒の猫には血を流して、地面に血がこびりついていた。車に轢かれてしまったのだろう。猫の様子を見てみると、少し息はあるようだ。
「まだ微かに息はある。病院につれてーー」
「ソラト」
俺の言葉を遮ってレティシアに呼ばれた俺は振り返る。そのレティシアの瞳を見て、俺はゾクリと寒気がした。その冷めた瞳は猫をジッと凝視している。おそらく死神の目でこの猫を『視て』いるのだろう。そして俺の名前を呼んだ意図は多分、もうすぐ猫の命が尽きるということ。
「・・・・・・まだ死ぬとはわからないだろ」
自分でも驚くほど、冷たい声でレティシアに反論した。
「・・・・・・ソラ兄?」
いつもと違う俺の様子に、華は訝しげな目を向けられる。
俺は気持ちを落ち着かせて、血が付くことなど気にせず猫を抱きかかえる。
「ソラト・・・・・・もう」
レティシアが再び何か言ってくる。やめてくれと声を荒げそうになるのを堪えて、猫を病院へ向かおうとして気付いた。
「・・・・・・・・・・・・」
猫は暖かさを失っていて、鼓動は止まっている。既に息がしてなかった。
間に合わなかった。
「・・・・・・ソラ兄、この猫もう・・・・・・」
わかっている。
猫はもう死んでいるってもうわかっている。
やはり死神の目は確定した未来を視るんだ。
俺はこの猫に見覚えがあった。一週間前にレティシアがもうすぐ死ぬと呟いていた、その野良猫。
俺と華が無言で息絶えた猫を見ていると、レティシアが突然大鎌を手にしていた。
「レティシア? 一体何を?」
「これは私の役目なの。その猫の魂を冥界へ導くわ」
「・・・・・・ちょっと待ってくれ」
俺達は近くの小さな公園へ向かう。人気がないから、ここなら人目につかない。隅の方で猫を寝かせ、俺は離れた。
レティシアは猫の前に立ち、手に持つ禍々しい鎌を構える。
「その鎌で猫を斬るわけじゃないんだよな?」
「違うわ。これは肉体と魂を切り離すためのもの。だから身体を傷つけたりはしないわ」
俺と華は初めて、死神としてのレティシアが魂を冥界へ導く様を目にする。
レティシアは猫を見据えたまま、大鎌を猫へ向けて振った。鎌が猫を通り過ぎて、彼女の言うとおり本当に身体に傷はついてなかった。ただ、俺達には何が起こっているのかわからなかった。それで肉体と魂を切り離したのか? その魂って一体どこにあるんだ?
「ソラ兄、あれ・・・・・・」
華に袖を引っ張られて指さす方向へ顔を向けた。
レティシアの手の上に弱々しく、淡い光が灯っていた。
「それが、魂?」
「ええ。これは猫の魂。今からこの魂を冥界へ導くわ」
猫の魂を手で包み込んで、レティシアが慈愛のこもった瞳で詠唱を紡ぐと掌を広げた。魂が徐々に上昇すると、向かう先に空間が開いた。その中へ入った魂を俺は空間が閉じても見つめていた。
いずれ俺もあの猫のように冥界へ導かれるのだろうか。
俺達は猫の魂を見届けてから、猫を埋めて手を合わせて悼んだ。
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