第10話 初めてのアルバイト体験
レティシアが家に来てから一週間くらい。
知らない言葉や物について、俺と華、霧山にどんどん質問して、どんどんと吸収していき覚えるを繰り返していた。そのおかげか、一週間でかなりの情報を記憶していた。地上もすっかり慣れ始めていた。
学校では物珍しさにレティシアに話しかける人は少なくなり、ごく一部の親しい人しか近づく人はいなかった。そして男子の中では、レティシアに告白しようという人が後が立たたない。無理もないだろう。銀髪美少女で巨乳となれば誰だって彼女にしたいって考えるだろう。
今現在だと20人程がレティシアに告白している。しかし、いずれも撃沈している。
あとは以前ほど魔法や冥界については人前では口にしないようになった事も大きい。表だって、そんな話をされると後々面倒になるので、家だけにしている。
俺がバイトで帰りが遅いときは華が話し相手、遊び相手となっている。たまに霧山や黒沢とも付き合いができて、女子同士で談笑していることもしばしば。
あと変わったことといえば、若者言葉を使うようになったのと積極性が増していること。今の生活に慣れてきたから喜んで良いのか。
バイトが終わり夜二十一時過ぎ。家に帰宅した俺は「ただいま~」と声をかけると、リビングからゲームの音が耳にした。
リビングに入ると、二人とも寝間着で、コントローラーを握ってゲームをしていた。最近発売したばかりのスマッシュシスターズーー略してスマシスを二人で白熱した対戦をしていた。
画面へ目を向けると操作キャラの華とレティシア、CPU二体の大乱闘。華は慣れたものでガードしつつ攻撃をしてコンボを決めていく。ただ黙って攻撃されるほど甘くはなく、CPUは回避し、コンボをお返しとばかりに攻撃を与え、パーセントを上げていく。
前回のシリーズも華はやりこんでいたからCPU相手では少し物足りないのかも。
今度はレティシアの操作キャラへ移すと、一歩移動し、ガードし、攻撃と操作を確認している様子。しかし、CPUはそんな事お構いなしに襲いかかる。
「あ、待って、違うこれじゃーーああ! 飛ばされちゃった! えっとジャンプーーってこれ回避だったわ!?」
空中回避してしまい、そのまま落下してしまう。
復活したレティシアは、今度こそ操作を覚え、先ほど落とされたCPUへ向かう。べしべしと攻撃をして、相手の攻撃をガードする。少しずつ慣れてきたレティシアは、不敵な笑みを浮かべ、攻めていく。すると、背後から華の相手をしていたはずのCPUが迫ってきた。
挟み撃ちにされ、なぜかCPUは執拗にレティシアを狙う。二対一でリンチを受けるレティシアは「二人なんて卑怯よ!」「なんでこのキャラは魔法が使えないの!?」「あ、ダメ落ちる落ちる!? ああああ!?」と一人騒いで、敗北を味わって涙ぐんでいた。
華は一人レティシアのリンチを傍観していた。なんて酷い妹だ。
「この私が負けるなんて・・・・・・ぐすっ。私は冥界の死神で主席で卒業したのよ! こんな、ことで、負けられないわよ! もう一戦! 次は勝利を掴んでみせるから!」
と再戦するが、またもや真っ先にやられる。
さっきチラッと見えたが、CPUのレベルが9になってたな。ちょっとそれは初心者に優しくないぞ華。
俺はそんな二人を眺めていると、胸が締め付けられ、切ない気持ちになった。二人に悟られないように気持ちを落ち着かせて、先ほどの気持ちに蓋をする。ダメだこんなことでは。ふとしたときに弱音を吐露してしまう。
俺は手に持ってたケーキが入った箱を机に置く。
「華、レティシア、ケーキ買ってきたぞ」
「えー? こんな時間に? まあ食べるけどさ。てかケーキなんか買ってきて今日って何かあったっけ?」
「たまにケーキが食いたくなったから買ってきたんだ」
「ソラ兄って甘いもの好んで食べなかったよね?」
俺の言い訳に、鋭い指摘をしてくる。確かに好んで食べないが、たまにそういう気分になってもいいだろ。
レティシアが箱の中を覗き込み。
「これがケーキという食べ物なのね。これは初めて食べるわ。 それぞれ形や色が違いようね。味が異なるの?」
「定番のショートケーキ、チョコケーキ、チーズケーキになる。どれか好きな物を選んでくれ」
「どれも美味しそうで迷うわね・・・・・・」
「なら三等分して、味を比べたらいいんじゃない?」
華の提案に包丁でそれぞれ三等分にしたケーキを皿に移して、俺たちの目の前へ置く。
「それで? ソラ兄がわざわざケーキを買ってくるなんて何かありそうなんだけど?」
疑り深い華が、俺の目を覗き込んでくる。
目を逸らすと余計に怪しまれる。かといって目を合わせたままだと、適当な理由で誤魔化しても嘘がバレる。俺の癖を見抜いた幼馴染みだから、華だって見抜いているはずだ。
「ただケーキが目について、レティシアに買ってあげようって思っただけだ。確かケーキを食ってみたいって言ってたしな」
「ふーん」
もっともらしい理由を言ってみたが、まだ疑いが消えてなかった。ただこれ以上は追求してこなかった。
俺はフォークを手に、ケーキを口に運ぶ。甘い。けど美味しい。
「!? 甘いわね。このケーキパないわね」
確かにケーキ美味しくてパないけど、レティシアが言うと違和感しかない。まあこれも地上に浸透してきた証拠だろう。
「ねぇソラト」
幸せそうにケーキを食っていたレティシアに呼ばれて顔を向ける。
「明日はアルバイトなのよね?」
「そうだな」
「ケーキも美味しかったけど、ソラトがアルバイトしている所に美味しいパフェがあるって聞いたのだけど」
ああ。確かに有名なパフェがある。ウチの生徒や他校の生徒から好評なパフェ。まさかレティシアはそのパフェ目当てでバイト先に来るって事はないだろうな?
「私そのパフェが食べてみたいわ」
「あ、ウチも久しぶりに食べたいかも。それじゃ明日はソラ兄の働きっぷりを見に行こっか」
予感的中。
知り合いにバイトしている姿を見られるのって、なんか恥ずいんだけどな。
でもまあ、別にいいか。
「俺が何か言ったところで来るんだろうな・・・・・・。ま、冷やかしに来なきゃ、別に来たって良いぞ」
「ソラ兄がミスしたとこ写メっとこ」
「冷やかしじゃねぇか」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
翌日。
学校でもないのに朝早く起きた俺は準備を終えて、外へ出た。
今日も太陽がおはようと元気に暑さを主張してくる。連日の猛暑日に俺はもう家に帰って、涼しいクーラーをつけてだらだらしたい衝動に駆られる。
なんでこんなクソ暑い日に外へ出なきゃならん。外に出ずに、バイト先まで瞬間移動できないだろうか。
そういえば瞬間移動できる魔法とかないのだろうか。あればこんな暑い中歩かずに済む。今度レティシアに聞いてみるか。
数歩歩いて直ぐに汗が流れる。そん蒸し暑い中を三十分歩いていると、ようやくバイト先まで着いた。更衣室で軽く汗を拭いてから制服に着替え終えて休憩室へ入った。椅子に座った黒沢が俺に気付いて、手を伸ばす。その行為に疑問に思っていると。
「アーイースー」
「食べてる暇はないぞ」
「お兄ちゃんなら妹の心情を予測して、直ぐにアイスを渡せるくらいにならなきゃダメだよ~」
「お前の兄じゃないから、残念ながら分かってやれないな」
「いつになったらソラトパイセンの妹にしてくれるんですか~。あ、それとも恋人がいい?」
「どっちもいらん。お前はただのうるさい後輩だ」
「ひど~い。さゆ泣いちゃうよ? お兄ちゃんに胸とか足を触られたって、大声で泣いちゃうよ~? セクハラでソラトパイセンの立場悪くなっても知らないよ~?」
「あーはいはい。もうすぐ時間だからな」
いつものくだらない会話で時間を潰してホールへ向かった。
昼前は特にお客さんは少ないため、暇な時間ができると、黒沢から声をかけてきて時間を潰していた。ベルが鳴ると、俺達は「いらっしゃいませ」とハモらせると、可愛い妹と銀髪美少女が来店してきた。
暑いから大人しく家にいると思ったんだが、まさか本当に来るとは・・・・・・。
「あ! 華にレティパイセンじゃん! 席に案内しま~す」
黒沢は二人を連れてテーブル席へ案内する。俺は冷えた水が入ったコップを運び、二人の前へ置いた。
「よくこんな暑い中来たな」
「本当は家でだらだらクーラーで涼みたかったよ。でもレティがパフェ食いたいって言うから。まあウチも食べたかったし・・・・・・。それにソラ兄のおごりだから別に良いかなって」
おごるとは一言も言った覚えはないのだが、まあ仕方ないおごってやるか。
しかし、この頃妹に甘くないか俺? まあいいけどさ。
「ここがソラトがアルバイトしている所ね。ソラトは一体ここで何をしているの?」
暑そうにだらける華に対して、レティシアは暑さを感じていないように涼しい顔をしていた。最初会ったときに、暑さとかでバテてたような記憶があったが、なぜこんなにケロッとしてるんだろうか。
そんな疑問を余所に、俺たちの所に店長が近寄ってきた。
あ、サボっていると注意しに来たんだろうか。と、そう思っていたが、何やら深刻な顔で口を開いた。
「春田くん。ちょっとばかしヤバいことになる」
「ヤバいこと?」
何やら緊急性のある話らしい。華達の前で話していいのか?
「昼間に入る予定の子が、二人とも熱中症で倒れたんだ。このままだとお昼にドッと来るお客さんに対応できずパンクしてしまうかもしれん」
それは確かにヤバい。
今ホールは俺と黒沢の二人しかいない。客が多く来る昼間に、二人だけだと対応できない。万事休すか。
「さすがに相性ぴったり息ぴったりのソラトパイセンと二人ではお手上げだね~」
「そちらの方は・・・・・・春田くん達の知り合いだよね? 春田くんの妹くんは以前から知っているが・・・・・・ふむ。君可愛いね。よし、二人とも臨時として今日だけ手伝って貰えないだろうか?」
さっきの話を聞いていた二人。レティシアは興味津々な顔をして、二つ返事で引き受けた。それに追随するように華も了承した。
二人を更衣室へ案内して数分後、フリフリの可愛い制服に着替えた華とレティシアが登場する。見慣れない姿に、二人の制服姿は眩しく見えた。まあ可愛いということだ。
「アルバイト初体験だわ。これから私は何をしたらいいの?」
レティシアはワクワクした気持ちで尋ねてくる。お昼まで少し時間がある。短時間で教えられるのは限られている。とりあえず簡単なオーダーの取り方、片付けくらいを教えれば、あとはこっちでフォローすればいい。
俺は二人にオーダーの取り方を教えた。
「お客さんの注文を入力したら、確認のためにお客さんの注文内容を復唱する。問題ないようなら送信ボタンを押して終わり。そんな難しくないから後は慣れだ」
一通り注文の取り方をレクチャーし、練習がてらまずは俺相手。そして実際にお客さん相手にして貰った。
二人とも飲み込みが早く、短時間でマスターしていた。これならレジの方も教えても構わないだろう。
一通り教え終わった時、もうすぐお昼の時間になる。これからが本番である。
「これがアルバイトね。ふふ、少し楽しくなってきたわ」
「面倒事は全てソラ兄に任せていいんだよね?」
もしもトラブルが起こったときは、俺に投げるように伝えてある。まあ、そんな頻繁にトラブルなんか起こらないし、月に一、二件程度だ。
「ソラトパイセン! そろそろ来ますよ~」
黒沢の声に頷いて動いた。
次々とお客さんが来店してきて、華とレティシアは席に案内し、コップを運び、オーダーを取ったりと、動きっぱなしだった。
「ソラト先輩! 5番テーブルのオーダーお願いします!」
普段パイセンやらお兄ちゃんと呼ぶ黒沢は、この忙しいときだけ真面目モードとなってしっかり者の後輩となってくれる。普段からそうだと、可愛げもあるんだけどなと心の中で思いつつ、オーダーを取りに行く。
「ねぇねぇ君可愛いね? 良かったらバイト終わりに一緒に遊びに行かない?」
そんな声を聞こえた俺は振り返ると、華が男二人に絡まれていた。
「注文決まりましたらベルでお呼びください」
一瞬冷ややかな顔をしたが、お店に迷惑をかけると思い、ぐっと堪えて作り笑顔で接客をする。その場から即刻去ろうとした華の手首が掴まれる。
「で、返事は? 俺達と遊びに行ってくれんの?」
「すみません、今仕事中でーー」
「そんなんいいじゃん? もっと話しようよ?」
華は手を振りほどこうとするが、離れてくれない。男どもを睨んで訴えても、へらへらと笑う。強気でいる華の足は少し震えていた。
なぜ今日に限ってこんな輩が来るんだ。しかもこんな忙しい時にナンパ?
俺の中に怒りが沸々と沸き起こる。我慢の限界に達しそうになった俺は華の元へ近づく。
「あーー」
俺が来たことで安堵した華。
「お客様、すみませんが当店ではナンパ行為を禁止しています」
「あ? ただ話しかけてるだけじゃん?」
華の手首を掴んでいる男の手を無理矢理引き剥がし、華を俺の背に隠す。
「いっーーてめぇ! こんな事ーー」
これはヤバいな。このままだと揉め事を起こして、この店に迷惑をかけてしまうと、冷静な部分の俺は思うが。華にこんな事して冷静ではいられない俺はーー。
「お客様、何かありましたか?」
店長が登場して、俺は徐々に冷静になっていく。正直助かった。あと少しで手を出すところだった。揉め事を起こした事は、後で怒られるだろうが店長に感謝した。
「おい、こいつ客に手ぇ出してきたんだぞ? どういう教育してんだよ!」
「これは教育不足で申し訳ございません。ーーしかし、この従業員の申した事は本当でございます」
「・・・・・・あ?」
「当店ではナンパ行為を禁止しております。規則を破るお客様はお客様ではありません」
ドスの利いた声、男二人を威圧する目、こんな店長を見るのは初めてだった俺はぶるぶる震えた。マジで怖いんだけど? アレ絶対人殺してそうな目してるって。
男二人もきっとそう思っているだろう。店長に睨まれて、冷や汗を掻いていた。そして、席を立ち上がり、逃げるようにして店の外へ出て行った。
「春田くん」
あの声で俺の名前が呼ばれる。
背筋を正して返事をすると。
「この店で従業員が揉め事起こすなんて言語道断」
「す、すいません」
「しかしーー妹くんを守る行為は正しい事だよ」
肩をぽんぽん叩かれて、店長が去って行くそのかっこいい背中を眺めた。すると今までの場面を見ていたお客さんから、なぜか拍手された。
「・・・・・・仕事すっか。大丈夫か華?」
こくりと頷いた華は少し頬が赤くなっていた。
「・・・・・・・・・・・・ありがと、お兄ちゃん」
「・・・・・・」
久しぶりに「お兄ちゃん」と言われた俺は照れくさくって、華の頭をぽんぽんと優しく触れる。誤魔化すように「仕事すっか」ともう一度声に出して、お互い仕事を再開した。
一難去ってまた一難。
客足が途切れそうになく、店内をあっちへこっちへ歩き回る俺は、レティシアがフラフラしているのを目にした。危なそうな足取りで近づいてきた途端。
「わわーー!?」
足が絡まって倒れそうになったレティシアを抱き留めた。
「お前大丈夫か? もしかしてまた生命酔いか?」
「う・・・・・・ソラト・・・・・・ごめーー。うぅ、ダメ・・・・・・」
「もうちょっと我慢してくれ」
限界が近いレティシアをお姫様だっこする。これは緊急性を要する事だから仕方ないことだ。というか周りの視線が痛い。
「お姫様だっこいいなー」
「でもイケメンならもっといいかも」
イケメンじゃなくて申し訳ないな。
俺は華と黒沢に直ぐ戻ると言い残して、その場から離脱する。
休憩室のソファーでレティシアを寝かせる。
「うぅ・・・・・・ソラト、いつもありがとうね」
「それは仕方ない。それにこうなること分かっていたはずなのに、気付いてやれなくて悪いな」
「地上の事は少しづつ慣れてきたのだけれど・・・・・・。生きてる人間だけはまだ慣れないわね」
まだピークは過ぎていない。さすがに華と黒沢二人では回しきれない。俺は立ち上がろうとすると、袖を引っ張られた。
「どうした?」
「・・・・・・ソラトは優しいよね。見ず知らずの私の事を助けて、さっきのハナの事も助けて。それにいつも通り生活を過ごして何でもないように虚勢を張る。ソラトは本当にそれでいいの?」
レティシアの言いたいことはわかる。
余命を宣告されてから確かに俺はこれまで通り、いつもの日常を過ごしていた。そうすることが一番だと思っていた。今でもその気持ちは変わらない。みんなから同情されたくなくて、いつも通り接して欲しいと俺は願っているから。
「別にそれでいい。知らなくて良いんだよ」
「ハナにも?」
「華には絶対に知られるわけにはいかない」
「それは・・・・・・何も告げずにハナの前からいなくなるって事? それはハナが悲しむわよ」
「・・・・・・余計な心配をかけたくないんだよ。それにまだ死ぬわけじゃない。死を避ける方法がきっと見つかる」
「・・・・・・」
俺はこれ以上この話をしたくなくって休憩室を出た。
「・・・・・・私はどうしたいのかしら」
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