第9話 化け物級の胃袋
「いらっしゃっせい~。何名様で?」
「4名で」
「テーブル席ご案内いたしゃす」
厳つく野太い声の店員に案内され、俺と華はそれぞれ奥側へ。俺の隣に黒沢が真っ先に座り、レティシアは華の隣へ座る。
ニヤニヤと黒沢が口元を緩ませて、俺をチラチラと視線を送る。さっきからこいつ何がしたいんだ?
というかさっきまでバスケしてたんだよな。汗はもう引いていて、ほのかに漂う柑橘系の香りが匂ってくる。女子ってそれぞれ個性的な匂いがあるよな。
黒沢が柑橘系。華はシャンプー系。レティシアは甘い花の香り。霧山は甘ったるい匂い。
それぞれの個性が彼女たちから漂う匂いから表れている。どうして女性はこんなに良い匂いを身体から出せるんだ? そういうフェロモンが匂いとして分泌されるのか?
・・・・・・しかし女子の匂いに詳しいって俺変態かよ。別に匂いフェチでもないんだが。
さて、そんな事は置いといて、メニュー表を開いてそれぞれ何を食べるかシンキングタイム。
「う~ん、今日はがっつり系で行こうかな~。部活で結構動いたしめっちゃ腹減ってるし! それにソラトパイセンのおごりだし♪」
「ウチはどうしようかな・・・・・・醤油・・・・・・あ、でもウチもがっつり系の豚骨も・・・・・・うーん迷う」
「ソラトこれは何かしら? 読めないわ・・・・・・。地上の言語も勉強する必要があるわね」
各々どれにするが迷いに迷っている。レティシアは初めてだからあっさり系がいいんじゃないかと思うが・・・・・・、本人が何が好みか全く知らない。何にしたらいいのだろうか。
「よし! あたし決まり!」
「ウチも」
「私はソラトと同じものでいいわ」
それならあっさり系にするか。
黒沢が店員を呼ぶ。直ぐに駆けつけると、黒沢がなぜか息を吸ってから。
「メンバリカタカラメヤサイトリプルニンニクアブラマシマシ」
「ーー!? それは魔法の詠唱!?」
「どこに魔法の要素が・・・・・・?」
呪文のような羅列だろうが、魔法の要素なんてこれっぽっちもない。出てくるのは野菜が山盛りの油とニンニクが増した麺がバリ堅い豚骨ラーメン。というか黒沢の奴普通に頼んでいたが食べられるのか? 俺でさえ胸焼けする程で食い切れない多さだぞ?
さっきバスケで動いていたとはいえ、彼女の胃袋に入りきれるか心配だ。ただそれを注文したということは、問題ないのだろう。その証拠に、黒沢の表情は余裕な顔をしてドヤっている。
「あーウチは豚骨」
華は普通の豚骨ラーメンを選んだ。無難な所だな。
次に俺が注文しようとした途端、レティシアが一つ咳払いして「私も」と呟いた。
え? 私も? 何が?
俺の困惑を無視して少し息を吸って胸が膨らむ。いや、そこを凝視している場合ではない、彼女が一体何を注文しようと理解した俺は止めようとーー。
「メンバリカタカラメヤサイトリプルニンニクアブラマシマシ」
一瞬の静寂。言い終えたレティシアは満足そうに頷いていたが、本当にいいのか? 店員は戸惑っているぞ。
「? これで合ってますよね?」
俺たちの戸惑いに気付いたレティシアが、「詠唱は間違っていたかしら?」と首を傾げる。
合ってるが、最初聞いただけでスラスラ言えるのも凄いが、レティシアは勘違いしている。それは魔法の詠唱ではない。それは強者だけが頼むラーメン界での呪文と言っても過言ではない。
「レティパイセンもそれいっちゃいますか?」
「ええ、これを唱えたからには責任を持つわ。それでこれはどんな魔法なの?」
「それは来てからのお楽しみです♪」
本当に食べきれるのか不安で仕方ない。一応俺はあっさり系の醤油ラーメンを頼んだ。
「黒沢ってバスケ部だったんだな」
ラーメンが来る間に雑談。
「あれ? 言ってませんでしたっけ? てっきりあたし目当てでーーあたしの身体目当てで視姦しに来たかと思っていました」
「何で言い直す。俺が変態みたいじゃないか」
「え? ソラ兄って変態じゃないの? それは驚き」
おいおい妹の中の兄ってどんな風に見てるんだ。そんなに変態的な発言をしてきたか?
・・・・・・・・・・・・。
心当たりがあったので考えるのをやめた。
「あれはレティシアを案内してたんだ」
「あ、それでレティパイセンと一緒だったんですね。でももう一人侍らせてましたよね?」
ツッコムのも面倒でスルーした。
「霧山の事か。あいつは俺のクラスメイトで幼馴染みなんだ。そういえば面識ないんだっけ」
「ちょくちょく名前は聞くんですけど、言われてみればまだ喋った事無いですねー。今度会わせてください!」
「ああ、今度な」
「それでそれで? あたしがバスケしてた姿見てたでしょ? 惚れた?」
「レティシアがバスケに興味があるっぽいから、今度教えてやってくれないか?」
「ソラトパイセンったら照れ隠ししちゃって、きゃっ♪」
「ばすけ? あの体育館で見た遊びの事ね。私も是非その遊びをしてみたいわ。サユキ今度教えて頂けるかしら?」
「もっちのろんろん♪ レティパイセンって何かスポーツとかしたことあるんですか?」
「スポーツ? 確かその言葉はルリナから聞いたわ。あのバスケやバレーもスポーツの事なのよね。私はずっと図書館でこもって書物を読み漁っていたから、身体をあまり動かすことはなかったわね」
「へぇ~なんか頭良いっぽい感じですごい!」
黒沢の発言は頭悪いっぽい感じだけどな。
「魔法の事なら何でも聞いてちょうだい」
「さっきから気になってたんだけど、その魔法って何なの?」
ちょっとちょっとレティシアさん? 何言っちゃんてんの?
俺は華に目配せして、頷いた華は口を開く。
「レティって外国暮らしだから、日本のアニメ文化が好きってヤツ? だから中二病的な発言しちゃう系で、よくソラ兄と一緒に痛い発言しちゃってんの」
それはいらない情報だろ。なぜ俺まで中二病扱いになるんだよ。
「ソラトパイセン中二病とかウケるw えーちょっと見てみたいー」
「また知らない言葉ね。ソラト? そのちゅうにびょうってどういう意味なの?」
「ソラ兄が実際にやってくれるから」
やらないって。
ちょレティシア、そんな興味津々に瞳をキラキラさせて俺を見るな。それに黒沢、ニヤニヤとスマホを手にムービーを撮ろうとするな。
そんな俺がやる空気になっていると、店員がやってきた。難を逃れて助かった。
華の前には豚骨ラーメン。俺の前には醤油ラーメン。
そして・・・・・・黒沢とレティシアの前に麺が隠れた野菜のタワーが盛られたラーメンが置かれた。それを見ただけで胃がキリキリしてきた。
本当にそれを全部食べきれるのか・・・・・・?
「これは・・・・・・なんなんのかしら?」
レティシアは目をパチクリと、目の前の野菜タワーに視線を上下に、驚愕していた。
「レティパイセン、先ほどの呪文でこのラーメンが出てくるんです!」
「レティシア、ムリそうなら残してもいいんだぞ?」
「いいえ。これは私が責任もって詠唱したのよ。少々驚いたけど問題ないわ」
それぞれ割り箸を手にして「いただきます」と口にする。ちなみに最初に出会った日に、レティシアは「いただきます」という意味を華から聞いていたので、自然と口にしていた。
俺は箸を持ったまま、レティシアの様子を見ていた。
まずは野菜タワーを減らすために、もやしを掴み口に運んだ。もぐもぐと咀嚼して「おいしいわ」と言葉にして次々と口へ運ぶ。
次に黒沢へ視線を移すと、ぱくぱくと手を止めず野菜タワーを崩して減らしていく。
さて食べるか。
数十分後。
麺を完食し、スープをズズズッと飲んで腹いっぱい。
食べ終わった俺は黒沢の方へ目を向けると、野菜は既に無くなっており、麺をズズッと啜って咀嚼していた。手は一向に休めておらず、まだ腹の中へ入れていく。お前の胃袋どうなってんだよ。
そんなツッコミを心の中でして、今度はレティシアの方へ。
そして俺はポカンと口を開けて、何度もレティシアとラーメンの器を往復する。あ、あり得ない。既に麺を完食しているだと!?
レティシアは器を持ち、スープをごくごくと喉を鳴らして飲み干していく。
やがて器を置いて、その中身は空となっていた。
「ふぅー、ごちそうさまでした。美味しかったわ」
「よく食べたな・・・・・・」
「責任は持つって言ったのよ。それに残すなんてもったいないでしょ? でもさすがにお腹は膨れたわ」
「レティパない」
華も驚いていた。
「ぷはーー、ごちそうさま!」
今度は黒沢も食べ終わったようだ。レティと同じくスープまで飲み干して器は空。お前らホントどういう胃袋してんだよ。
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