第8話 学校の案内
外国人の美少女が転校してきた話は瞬く間に広まり、昼休みには彼女の周りに人集りができていた。これでは学食の案内ができない。さて、どうしようか。
「凄い人だね。でも空斗の親戚に外国人の女性がいるなんて知らなかったよ」
俺もビックリだよ。なんて言えない。その設定を考えたのは俺だからな。
しかし、レティシアが転校生って話が広まるのは早いな。これが魔法の力か。恐るべし。
ただ幼馴染みには少し怪しまれている。俺にレティシアのような親戚がいない事は知っているから。魔法ならその認識も変わると言っていたが・・・・・・。
「春田君、あの転校生の子は一体春田君とどんな関係なの? 親戚なんてそんな嘘だって知ってるんだからね」
どうやら霧山に、俺が外国人の親戚がいないことを認知しているから魔法の効果が薄かったようだ。これは厄介な事になった。
どうしようか悩んでいると、夏也の顔に疑問が浮かんでいた。
「親戚じゃない? どういうことだ?」
「それが私が一番聞きたいことなのよ。春田君、私に何か隠していることは分かるんだからね。白状しなさい」
幼馴染みに隠し事はムリそうだ。冥界から来た死神だって言うのは信じて貰えないだろうが、その辺はぼかしつつ話をするか。
その前にレティシアに学食を案内しないと。
人集りの中へ入っていくと、レティシアの手を掴んだ。
「悪いが転校生の質問攻めは昼飯の後にしてくれ」
そう声を上げてから何とか連れ出して教室を出た。
その際、女子から不満を声が漏れて、男子から舌打ちをされ、殺意の視線を投げられる。
「誰だあいつ?」
「さあ?」
おい、同じクラスメイトの顔くらい覚えとけよ。
というかお前らこそ誰だよ? ここのクラスじゃないだろ?
教室を出ると、後から夏也と霧山も付いてきた。
さて、レティシアに学食へ案内しようと、声をかけようと思ったが、妙に大人しい事に気付いた。さっきは声を出すこともできないほど困惑していたと思っていたけど・・・・・・嫌な予感がする。
「レティシアだいじょーー」
「うっぷ・・・・・・ヤバい。命が・・・・・・命がわらわらと・・・・・・・・・・・・気持ち、悪い・・・・・・。あ・・・・・・ソラト、吐き・・・・・・そう」
「ちょっと待って落ち着けレティシア。まずは深呼吸しろ。それと俺の方へ顔を向けるな。ってなぜ俺に顔を向ける。待てよ? マジでやめろよ?」
俺の腕にしがみつくレティシアの胸が当たる。谷間が近くに見える。微かに甘い香りが漂ってくる。しかし、俺はそれらを堪能している暇はない。レティシアの背中を撫でて、少しでも気持ちを和らげようと、ゆっくり上下に擦る。
「やっぱり怪しい・・・・・・。もしかして春田君の恋人・・・・・・? でもそんな甘々イチャイチャな感じは・・・・・・する。もう何年も付き合ってる感じのアレだもん。もうダメ私泣く泣いちゃう。ぐすっ」
霧山が何か言っているが、今はそれどころじゃない。まずはレティシアの吐き気を引かせるのが先決だ。
しばらくして、レティシアは落ち着いて、顔色がいくらか良くなっていた。俺は安堵して、二度目の吐瀉物をぶっかけられるのを回避した。
「・・・・・・私が悪いのねそうねそうよこんなに長く何もなかったらそうりゃそうよねあははまったく私何やってるのよどうぞお幸せに私の屍を踏んで踏んで? うわああああん!! 春田君のバカ! アホ!」
「いきなりどうした霧山?」
「空斗、そっとしてやってくれ」
今度は霧山がおかしくなって、俺はどうしていいのか分からず、夏也の言うとおりそっとすることにした。
そんなこんなでレティシアを学食に案内すると、券売機の前でキョロキョロとボタンを行き来していた。俺は一通り説明するが、冥界にはない食べ物ばかりで困惑するレティシア。とりあえず、俺と一緒の焼きそばを選ぶことに。
お盆を手にして待っている間、レティシアは興奮した様子であれこれと聞いてくる。少し難しい事でも、何とか伝えて答えると、食べ物が運ばれてくる。
香ばしい匂いが食欲をそそり、レティシアはうずうずしていた。
俺たちは席を取って貰っている霧山がいる席へ向かう。夏也は先に来ていたようだ。
軽い雑談とレティシアに質問をしながら、食べ終わり、レティシアも満足していた。焼きそばが結構気に入っていた。
「それで春田君! ふ、二人は・・・・・・ぐすっ」
いきなり泣き出す霧山をスルーして、昨日公園で出会ったことを話した。
さっきまで目に涙を溜めていた霧山は、すっかり調子を取り戻していた。さっきから感情が不安定で忙しそうだな。
「そういうことなら、早く私にそれを伝えなさいよ。幼馴染みならホウレンソウは当たり前でしょ?」
幼馴染みにそんな常識なんてないだろ。幼馴染みでも隠し事の一つや二つある。
「でも凄い偶然だよね。空斗が昨日助けた女性がまさか聡高の転校生だなんて」
「まあ俺もビックリ仰天って感じだ。別に二人が怪しむ関係じゃない」
「昨日はソラトにご迷惑をおかけしたわ・・・・・・。二人はソラトのご学友ですの?」
「俺は川宮夏也。よろしくな」
その大半の女性は落とせる微笑みで返す。しかし、レティシアは淡々と「こちらこそよろしくお願いしますね」と、少し距離があるような言葉で返す。いや、レティシアにとってはその丁寧な返しが普通なんだろう。なんたって育ちが良く、主席で卒業するほどの才女だからな。
「私は霧山瑠理奈。春田君とは小学校からの”幼馴染み”なの。よろしくね」
なぜか幼馴染みを強調する霧山。何に対抗しているのか分からん。時々霧山のキャラがぶれるときがあるから、霧山の気持ちがさっぱり分からない。もしかすると生理でちょっとおかしくなっているのだろう。
「最初に紹介したけれど、もう一度紹介するわね。レティシア・フォン・ダイヤモンドよ。レティシアもしくは、レティと呼んで構わないわよ」
「レティシアさんの住む外国ってどんな所なんだ?」
夏也のその質問に俺は頭を抱えた。外国人ということは良いが、どの国に住んでいたのかすっかり設定を忘れていた。
「そうね、私が住む場所は、この場所と比べると少々暗い感じになるでしょうね。何もない場所だわ」
「そうなんだ。外国って活気があって楽しそうなイメージはあったけど、レティシアさんの住んでいた場所は静かな場所って感じなんだね。俺は自然に囲まれて静かに過ごせる場所も悪くないと思うよ」
「自然? 冥界ーー」
「そうそう! レティシアって田舎育ちだから結構日本の事が全然分からないんだよ!」
余計なことを口走りそうになったレティシアの言葉を遮って、何とか誤魔化した。
「あ、だからさっきから春田君に色々と聞いていたのね。それなら何か分からないことがあれば私も教えてあげるよ」
レティシアは霧山と夏也と他愛ない話で盛り上がり、すっかり仲が良くなってきた。華や黒沢とも打ち解けていたし、冥界の死神はコミュ力も高いそうだ。
「・・・・・・うん、ソラトのご学友なら大丈夫みたいね」
その安堵した呟きが何を指していたのか理解した。
「ん? 何が大丈夫なんだ?」
「実はレティシアは人混みというか、人が苦手なんだ。ほらさっきレティシアに集まっていただろ? ああなると、レティシアは気分が悪くなって吐きそうになるんだ」
本当は生きている人間が近くにいるだけで気持ち悪くなるなんて、さすがに言えないけど。しっかし、魂を導く死神がそんなんでいいのか? それとも死神にとって生が苦手なのか? 生と死って表裏一体だし、お互いを弱点になる構図になるということか。その辺関係がありそうだな。でも死神であるレティシアと一緒にいて、俺は別に気持ち悪くなったりしないけどな。
「それで顔色が悪かったのか。でもしばらくは質問攻めが続くかもしれないよ?」
「確かにレティシアさんって外国人で美人だから、また人集りができちゃうかも。うん、それなら委員長の私が何とかしてあげる!」
「本当に? それは助かるわ。ありがとう、ルリナ」
親睦が深まったところで、教室へ戻ると、早速レティシアに話しかけようと近寄ってくるクラスメイトと別クラス。それを委員長の霧山が注意をして、レティシアに迷惑をかからないよう人数制限と制限時間を設けた。何だかどこぞのアイドルみたいな扱いだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
放課後。レティシアに学校の案内するため、時間も限られているので一先ずよく行く場所から案内を開始した。
メンバーは俺、レティシアの予定だったが、ここでなぜか霧山も加わった。理由は委員長の役目だそうだ。確かにそうだ。
「ここが更衣室。体育の日とかはここで着替える事になるけど、その時は私も一緒に行ってあげる」
「体育? とは一体何をするのかしら?」
「え? そ、そっか。外国では体育なんてないの・・・・・・かな? えっとね体育とはーー」
俺たちの常識だと思っている言葉の意味を聞き返したりして、霧山は戸惑っていたが、それでも丁寧に説明する。その時間も総合して、一つ案内するのに数十分以上浪費している。この分だと今日の案内だけでは不十分になるだろう。でもまあ徐々に慣れてくるはずだ。
次に体育館へ向かう。中からボールが弾む音やボールを叩く音が響いてくる。バスケ部とバレー部が練習しているのだろう。
猛暑日が続く中、室内で運動とは地獄でしかない。中を覗くと、むわっとした熱気に襲われる。暑くない・・・・・・? よくこんな場所で運動なんかできるな。
俺は体育館の中を見ていると、汗水流して動き回るバスケ部の女子の方へ視線が行った。バスケットボールをドリブルし、胸もドリブル、スラリと長い足を動かしてディフェンスを避けながら進む。後ろに結ったポニーテールが左右にゆらゆら。前髪が汗で張り付いている。練習着も汗で肌に張り付いて透け透け。下着が透けて見えているが、多分見せブラだろう。それでも歓喜せざるを得ない。男は単純である。
3年だろうか? あの人から妙にエロさを感じる。確か夏也に、女バスの3年に胸が大きく、エロかっこいい先輩がいるって聞いたことがあった。名前は・・・・・・忘れた。おっぱい先輩(仮)と名付けよう。しかし動くたびに揺れる胸。俺もあの胸をドリブルしたい。
「ちょーっと春田君? なんでそんなに凝視してんのかな?」
「みんな熱心に練習してるんだ。見入るに決まっているだろ?」
「ごめん質問言い換える。どうしてあの先輩の胸ばかり見てるの?」
「・・・・・・そこに胸があるからーー」
「そんな邪な春田君はここから退場!」
おっぱい先輩の姿を遮って、霧山が厳しい目で俺を監視する。俺が何気なく横へずれると、キッと霧山に睨まれ、一緒にずれる。俺の目の保養が・・・・・・。
「広い場所。みんな好きなことに夢中なのね。何かに夢中になることは良いことだわ。私も魔法の勉強をするために、一日部屋に籠もって夢中になっていたわね」
おいおい、魔法の事は話さないって注意したのに、口にしないでくれ。チラッと霧山を窺うと、どうやら俺の監視で忙しく、聞いてなかったようだ。昼間も何か口を滑らそうとしてたからな。後で釘を刺しとくか。
「あら? あの人は確か・・・・・・、そう朝に会った人だわ。サユキね」
レティシアの視線の先に黒沢の姿があった。
あいつバスケ部だったか?
俺はしばらく後輩の姿を目で追っていく。
味方からパスを貰って、ドリブルする黒沢。おちゃらけた印象とは違い、真剣な表情でゴールまでドリブルして進んでいく。迫る相手をフェイントで躱しつつ、ゴールとの距離を縮めると、黒沢はゴールを睨み付けて、シュートを狙う。放物線を描いたボールは吸い込まれるようにゴールの中へ。
意外に上手いな。動きも胸が無い分俊敏で、よく周りを見ている。そんな一面を見て、俺は黒沢の評価を少しだけ上げた。
「霧山は黒沢がバスケ部だって知ってたか?」
「さも知り合いのように聞いてこないでよ。その黒沢さん? って子と面識ないのよ。確か春田君のバイト先の後輩だよね?」
「そうだ。それと華の友達でもある」
「ふーん? 春田君は仲・・・・・・よさそうね」
霧山に胡乱げな目を向けられ、俺は黒沢の方へ目を向けて納得した。
黒沢が俺に手を振ってぴょんぴょん跳ねていた。
「ソラトパイセンーー! あたしのために会いに来てくれたんですか!? マジうれぴっぴ! やーーんもーーソラトパイセンも可愛いとこある~! あ、あれあたしのお兄ちゃんなの!」
うるさい・・・・・・。そんな大声で叫ばれると注目されるじゃないか。あとお兄ちゃんではない。
ってほら、言ってる側から俺の方に訝しげな視線が集中してきた。というか今気付いたが、体育館の中には女子しかいないんだが? あ、視線が痛い。なんか睨まれてる。覗きだと思われてる。違います。レティシアの案内で来たんです。だから、そんな敵意の目を向けないでください。ごめんなさい。おっぱい見てごめんなさい。
「レティパイセンもあたしの練習見に来てくれたん? って案内か! あはは、見てって見てって!」
相変わらず騒がしい後輩だ。
「可愛い後輩からも慕われているのね」
不機嫌な声で呟く霧山。一体何をそんなに機嫌を悪くしてるんだ?
「・・・・・・あのボールで、あの輪っかに入れる遊びなのね。あっちはボールを網の向こう側に飛ばすのね。あ、地面に落ちたらダメなのね。なかなか面白そうな遊びだわ」
レティシアの方はバスケとバレーの観察をして、ルールを把握しようと熱心にボールの後を目で追っていた。
体育館を後にすると、移動教室に使う場所やこれからの季節に使うプールの案内をして、空は燃え上がるような朱色に染まっていた。
色んな場所で、レティシアの好奇心は刺激され、何度も俺と霧山の元に質問をしていた。今日だけで多くの知らない事を吸収できたんじゃないのだろうか。
その証拠にレティシアは軽くスキップして、機嫌が良かった。
「もうこんな時間なのね。ごめん春田君、今日これから打ち合わせがあるから先に帰るわね」
打ち合わせということは少女漫画の事だろう。
何を隠そう、実は霧山はプロの漫画家なのだ! 読ませて貰った事があるが、霧山の描く漫画の話はあっまああっまな砂糖たっぷりの恋愛漫画。出会って3秒で一目惚れ。からの告白。からのイチャイチャ。からの濃厚なアレのシーン。
イチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャ、と場所もはばからず、チュッチュしてるし、青姦してるし、髪に芋けんぴまで。
ちょっと・・・・・・いやかなり意味が分からない展開が数十ページまで及ぶ。
よくそんな話が連載されるなって思うが実は人気がある。うーん、本当謎だ。
「じゃあな」
「ルリナ、今日はありがとう」
「うん、また明日学校で」
霧山が帰った後、華から通知が来ていた。
『今どこ? 駅前にいるから早く来て。ナンパされる』
俺の可愛い妹をナンパだと? こうしてはいられない。
俺たちは急いで駅前へ向かった。
空斗の余命まで残り2週間。
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