第7話 転入生
今日は久しぶりに華と登校。レティシアも一緒である。ただいつもより進みが遅い。
その理由はもちろんレティシアだ。
何もかも目新しく映るレティシアにとっては、自動販売機や道路の標札、自動車、バイクなど、好奇心をくすぐる物ばかりで、逐一俺に「アレはなに? これはなに?」と小さい子供のように何度も質問をしてくる。無限にも等しい質問攻めは終わる気配もなく、俺も時間を忘れて真摯に答える。このままでは遅刻する事を懸念した華が袖を引っ張られ、スマホの画面を見せてくる。
このままでは遅刻確定してしまう時刻だ。
「悪いがレティシア。学校に遅刻してしまうから、質問は後にしてくれ」
「そう・・・・・・。分かったわ。学校へ行くことが目的なのだから遅刻できないわね」
今度は立ち止まらず足を進めるが、レティシアはあっちへチラ、こっちへチラ、と身体がうずうずして、今にも聞きたそうに口を開きかけるが我慢していた。何だか猫じゃらしの動きを気にしている猫みたいな反応で、思わず可愛いと思ってしまう。実際可愛いけど。見ていて飽きない。うずうず。チラ。うずうず。チラ。
可愛いなこの生き物。
「うわ、ソラ兄キモっ」
ぼそっと呟かれる華の声に俺は傷ついた。
最近華が冷たいような気がするんだけど、もしかして生理なのかな?
そんな事を聞けば軽蔑の眼差しを向けられ、兄から他人へ降格されるから言えない。特に今の反抗期を迎えた今は。
反抗期って親だけだと思っていたけど、兄に対してもあるんだね。ちょっと悲しい。
「せっかく久しぶりに一緒に登校してんだ。兄妹仲良くしようじゃないか」
「兄妹仲良くとか、そんなハズイ事できないし。それにこんな兄と一緒なんてマジムリ。今日はレティも一緒だからいいけど、二人はムリ」
これは「お兄ちゃんと二人っきりなんて、みんなに変な噂されちゃうよ!? 恥ずかしくってムリ!」って照れ隠しだって翻訳してもいいのだろうか。
・・・・・・うん、あの冷たい目は絶対に違うね。
「あ!」
突然声を上げたレティシアは、立ち止まって別の場所に目を向けていた。俺はレティシアの視線を追ってみると、道の端に歩く白黒の猫がいた。首輪をしてないのを見ると、野良猫のようだ。
「猫が珍しいのか?」
「そうね、冥界ではあまり見かけないわ。それに猫は死神の眷属の証なのよ」
「けんぞく? ソラ兄それなに?」
聞き慣れない単語に、スマホから顔を離した華が俺に聞いてくる。漫画とかでは耳にしたことがあったけど、確かその意味は・・・・・・。
「従者とか、家来とか、そんな感じだったはず」
「ええ、それで合ってるわ。死神の眷属になると、主の命令には逆らえず、主の許可がない行動は制限されるのよ。ただ眷属は主の魔力が共有され、主の許可さえあれば自由に魔法を扱えたりはするわ」
「え? それって魔法習得に100年は修行が必要だけど、眷属になることで、努力もせずに魔法が扱えるって事か?」
「主の補助が付くから感覚だけで使えるようになるわ。それでも少しコツはいるけど、100年は必要としないわね」
「何それめっちゃ良いんだけど? 俺も眷属になれるのか?」
「それはなれるけど・・・・・・半分猫になるわよ?」
半分猫になる?
って事はあの白黒の猫のように、自由気ままな生活を半分過ごすって事になるのか? それは魅力的だが・・・・・・俺は人間として過ごしたい。
「ウチの兄が猫って・・・・・・なしよりのなしじゃない?」
「そ、そうか」
華がなしって言うんならなしなんだろうな。まあ俺も猫になりたくはないけどな。
俺と華が歩き出すと、レティシアはまだ立ち止まってさっきの猫を見ていた。その冷たい瞳をしたレティシアに俺はゾクリと寒気を覚えた。
いつもと違うその目は、猫を『視て』いると予想ができた。
俺は声を掛けることができず、レティシアはポツリと言った。
「・・・・・・あの猫はもうすぐ死ぬわ」
「ーーっ!?」
その言葉を聞いた瞬間、俺の胸が締め付けられそうになった。
「ソラト? 大丈夫かしら?」
いつの間にかレティシアが側に来て、顔を覗き込んできた。俺は居心地悪く、直ぐに目を逸らして「だ、大丈夫だ」と答えた。
華が少し離れた場所で立ち止まって、俺達の事を訝しんでいた。俺は密かに呼吸を整えてから、レティシアと共に華の所へ小走りで追いつく。
それから三人は歩いていると、華がスマホを片手に、俺に一瞥してくる。
「さゆからラーメンのお誘い。今日行こだって」
「そんなにラーメンが食いたいのか黒沢。まあ別に構わんが。華は大丈夫か?」
「ソラ兄のお金で食うラーメンは美味いし♪」
黒沢と同じ事を宣う。バイトで貯めた貯金もあるし、一日ぐらい構わん。それに美味しそうに食べる妹が見られるんだ、安いものだろ。後はレティシアも行くことになるだろうな。今日だけで大きい出費になる。
「そのらーめん? というのは一体何なのかしら?」
「脂っこくてギトギトの身体の悪い食べ物よ」
その食べ物を夜食べるんだぞ? 確かにあってるが、言い方を考えろ。それじゃあ食べたくなくなるだろ。
「それは・・・・・・本当に人間の食べ物なの?」
「華の説明はちょっとアレだが、美味いから夜楽しみにしてろ」
「本当かしら?」
まだ疑いの眼差しを向けるレティシアだが、ラーメンを啜るレティシアが美味いと言うのを楽しみに待つ。
なんだかんだ話をしていたら学校の校門が見えてきた。正門を跨ぐと、レティシアは感極まったように「ほわあああー」という謎の声を出して聡翼高校を見上げる。
「ここが地上の学校! 地上の人間もこんなに! みんな生きてるわ・・・・・・」
興奮したようにテンションを上げたと思ったら、突然黙り込んで俺の顔をジーと見つめてくる。嫌な予感がする。
「ちょっとレティシアさん? 顔色が悪そうだけど、なぜ俺の顔をそんなに見つめてんだ? 待て待て、こんなところでやめろよ?」
「すぅーーはぁーー。うん、いくらか落ち着いたわ」
深呼吸していたレティシアを余所に、身構えた俺は直ぐにその場から離れる準備をしていた。しかし、レティシアの言うとおり、先ほどの青い顔が引いていく。一体どういうことだ? 深呼吸した効果だろうか。それにしても、俺の顔を見つめるのは意味が分からない。俺にかけるき満々だったし。
「レティって、人混み苦手系?」
「人混みというより、生きている人間が群れているのが苦手なのよ」
「あー・・・・・・そういう系。ウチらといるのは大丈夫なん?」
「ハナとソラトは大丈夫みたい。慣れてきたからかな?」
「ここでそんなんだったら、教室じゃあ終始気持ち悪くなるんじゃないのか?」
「ソラトがいれば大丈夫よ」
なぜ俺がいると大丈夫なのか理由を聞きたい。さっき俺の顔を見つめていたのも、吐き気が引いたからなのか? 俺は吐き気抑止できる清涼剤か何かかよ。
「教室行く前に、職員室に行くだろ? 一応転校生って形で来てんだからな。というか、さっきからチラチラとレティシアの事を見てるな」
外国人の銀髪美少女が聡翼高校の制服を着て、気品溢れるオーラを放ってれば嫌でも目立つ。特に男子はレティシアの美少女っぷりが気になるはずだ。俺だってそっち側になっていたはずだ。
「その職員室はどこにあるのかしら?」
「そうだな、俺が案内するよ。華はーー」
と華の方へ振り返ると隣には黒沢の姿があった。レティシアに興味津々で、華から色々と聞いていたのだろうか。近づいて自己紹介をした。
「初めまして! あたし黒沢紗雪です! って近くで見るとやばばばばば!? 握手いいですか?」
「こちらこそよろしくね。私はレティシア・フォン・ダイヤモンド。レティシアもしくは、気軽にレティと呼んで構わないわ」
黒沢と仲良しの握手をして、テンション上がった黒沢がマシンガンのように質問攻めをする。困惑したレティシアは苦笑いを浮かべて、俺の方へ視線が投げられる。
仕方なしに二人の間に入ると。
「ちょ、ソラトパイセン邪魔ですよ! 今はソラトパイセンに構ってあげられないんだからシッシッ」
「そんな事言ってるとおごってやらんぞ」
「えへへ♪ ジョーダンだよお兄ちゃん♪ もう構って貰えないからってお兄ちゃんも可愛いところあるじゃない♪」
「やっぱおごる気がなくなった」
「ちょっと待っち。いつもソラトパイセンにあんなことやこんなことを手取り足取り腰振りしてるじゃないですか? あ、腰振ってるのはソラトパイセンね。ってそれセクハラですからね? 訴えたらあたし勝てますよ?」
相変わらずウザいくらいに元気な娘だ。おっさんのようなセクハラまでしてくる。そのちっぱい揉んでやろうか。
「ソラ兄、あやにセクハラ発言なんかしてるの? あ、昨日ウチの下着姿穴あくほど凝視してたし、ちょっと、かなり引くわ・・・・・・。絶縁を考えようかな」
「え? 華っちの下着姿で興奮してたんですか!? ソラトパイセン・・・・・・さすがにあたしでもそれは引くよ? 妹に欲情しちゃ終わりっすよ」
二人の姦しい声が右から左から俺の鼓膜に攻撃してくる。ついでに通りかかる女子から冷たい視線が突き刺してきて、精神的ダメージも負う。これ以上俺の評価が下がったらどうするんだ。ただでさえぼっちの俺に誰も声をかけてこなくなるぞ。
というか華、絶縁はやめてください。俺泣いちゃうから。
「という感じのキャラなんで、ヨロぴーレティパイセン!」
黒沢が目の横で横ピース。
レティシアは首を傾げて、黒沢を真似て横ピース。その姿、可愛いじゃないか。
騒がしかった黒沢と華は一年の教室へ、俺とレティシアは職員室へ。
俺達は先生が職員室を出入りする様子を物陰から様子を眺めていた。レティシアへ顔を向けると、瞳を閉じて、銀の鈴ような音色を奏でる綺麗な声で詠唱を口ずさんでいた。
「ーー有象無象に私の声を聞き届けよ、私の言葉を記憶に深く刻みなさい。私の言葉に盲信し、全てを肯定しなさい」
しばらくして詠唱が終わると、レティシアは職員室へ歩き出した。その後を俺も追う。ちょうどドアが開くと、運良く俺のクラスの担任が出てきた。
「ん? 君は?」
「『私はこの学校に転校してきました。手続きは事前に済ませてあります。今日は転校初日で先生の所へ来たところです。私のクラスとなる教室へ案内してください』」
「ん? ・・・・・・あ、ああ」
レティシアの言葉を聞いた先生は一瞬だけ目の焦点が合わず、数秒してから瞳がレティシアに向けられる。最初不審な目をしていた先生は、生徒の面倒を見る教職者のそれへと変わっていた。
「うちのクラスになるからな。えっと、名前は確か・・・・・・」
「レティシア・フォン・ダイヤモンドです」
「そうだ、ダイヤモンドさん。外国暮らしが長かった割には日本語が流暢みたいだよな」
「はい。ソラトに教えて頂いたおかげですので」
「春田? ・・・・・・ん?」
そこで先生が俺とレティシアを交互に見て、戸惑っていた。
「えっとソラトとは・・・・・・」
俺との関係をどう表したら良いのか分からず、俺に振り返って困った顔をしてきた。
「親戚でいいんじゃないか?」
「そう、ソラトとは『親戚』なんです」
「そうかそうか。しかし、春田に外国人の親戚がいるなんてな、驚いたぞ」
俺も驚いてるけどな。
それにしても魔法って本当便利だな。記憶まで改竄させちまうんだから、恐ろしい。と、俺はふと気付いて、レティシアに耳打ちする。
「今使ってる魔法って目の前の先生にしか効かないのか? 他の先生にもレティシアが転校生って事を知らないと辻褄が合わないぞ?」
「大丈夫だわ。私の魔法はこの学校全体に使用しているの。私から先生、先生から別の人へ伝播して、私が『転校生』という認識が刷り込まれるのよ」
やっぱりヤバいな魔法。
「そういえば俺には効かないのか?」
「ソラトは事前に認知しているから効果は薄いわ」
「ふーん」
「そうだ春田、学校の案内は任せたからな」
「え? 俺がですか?」
「親戚だからいいだろ。それに同じクラスになるんだ。色々と教えてやってやれ」
こうして俺がレティシアの学校の案内を任命された。
そのつもりだったし、別に構わんが。今日はバイトもないし、飯まで結構時間があるからな。
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