第6話 制服姿のレティシア

 アラームが鳴る10分前に目が覚めた俺は、アラーム設定を解除してから起きる。

 カーテンを開けると、今日も太陽が元気に自己主張している。最近暑いから控えてくれないかな・・・・・・。

 愚痴と欠伸が出ると、制服に着替える。

 ぼんやりと俺は昨日、レティシアの言葉を思い出していた。

 死の宣告を受けた俺は特に狼狽せず、黙って聞いていた。

 妙に俺を真剣に凝視していたから、何となく、そうなんじゃないかって悟っていた。死神の目を持つ彼女は、俺の死が近いことを視ていたんだ。


「・・・・・・実感が無いな」


 病気に患っているとか、不治の病ではない。至って健康的な身体。


「もうすぐ死ぬか」


 昨朝レティシアは大丈夫と答えていたはずだ。それがなぜ、昨夜になってもうすぐで死ぬと言われたのか。レティシア自身も原因が分かっていなかった。ただ今すぐに魂を回収するワケではなく、猶予があるという。

 2週間後。

 それが俺の余命となる。

 その間俺はどうすればいいのか。

 そんな事を考えている途中で俺は寝てしまった。


「そうだ」


 俺は自分の事ばかり考えて気付かなかった。このことは華には内緒にしておかないと。

 部屋を出ると俺は、しばらくレティシアの部屋となるドアを開ける。部屋の中に入ると。


「レティシーー」


 デジャヴを覚えた俺は、自分の学習能力のなさに感謝ーーもとい呪った。

 目の前には黒いレースの下着を身につけ、扇情的なレティシアの下着姿が目に映る。手にはブラウス。ベッドの上には聡翼高校の制服が置かれていた。


「あ、ちょっとソラト。せっかく驚かせようと思ったのに、これじゃあ台無しじゃない」


「あー・・・・・・悪い。って怒られることそれ? いや、それも気になるが・・・・・・どうして制服に着替えてるんだ?」


 下着姿とはいえ、隠そうともせずに説明し始めた。


「今日は地上の学校へ行こうと思うの。こんな機会滅多にないじゃない? だからハナにお願いして制服を譲って貰ったの。ただサイズが合わなかったけど、それは魔法でどうにかしたのよ。ふふ、結構楽しみにしてるのよ」


「そ、そうか・・・・・・。いや待て、制服だけ着てもいずれうちの生徒じゃないってバレるだろ?」


「あら? そんなのは既に対策済みよ。私を『今日から転校してくる生徒』として、魔法で認識を刷り込ませるのよ」


 それなら問題・・・・・・ないのか?

 というか魔法万能だな。


「それでソラトは私に何か用があるの?」


「ああ。昨日の話なんだが、他の人に内緒にしてくれないか?」


「それは構わないわ。だけどいいの?」


「いい。誰にも知られちゃいけないことだ。それに俺はこのまま自分の死を受け入れない。その死を避ける方法だってきっと見つかるはずだ。別に病気で死ぬワケじゃないのだろ?」


「そうね。病気ならわかりやすいわ。けど病気以外の死なら何が原因で死ぬのか分からないわね。死神の目はそこまで視えないから。ただ死神の目は絶対よ。助かる方法なんてないわ」


 それでも俺は死を回避する方法を見つける。

 俺までいなくなると、華はどうなる? 華を残して逝けない。華がひとり立ちできるまで面倒を見るって母さんと約束したんだから。


「それよりソラトはいつまでここにいるつもりなの? さすがに恥ずかしいわよ」


 少しも恥じらっていなかったが、レティシアのジト目が突き刺さる。

 確かにこれ以上は失礼だ。それに十分目に焼き付けたし、眼福眼福。

 話は終わり部屋を出て、両親の仏壇がある部屋へ入る。既に華が瞳を閉じて手を合わせていた。俺は静かに隣へ行き、手を合わせた。


「(ごめん、父さん、母さん。俺はもしかするとーー)」


 謝辞を述べようとしていた俺は途中で中断した。まだ確定した未来じゃない言葉を並べても不安にさせてしまうだけだ。それに俺はさっきレティシアに死を回避する方法を探すと息巻いたばかりだ。ここで弱音を吐くワケにはいかない。


「(レティシアがしばらく家に泊まることになりました。彼女は冥界から来た死神で、ちょっと変な奴です。多分悪い奴じゃないと思う。好奇心が強く、地上に興味がある良い奴?)」


 まだ会って一日。さすがに彼女のことはまだ分からない。ただ何となく悪い奴ではなさそう。

 あとは他愛ない話を続けて目を開ける。隣にいた華は既にいなくなっていた。


「華の面倒は任せてくれ」


 それだけ伝えると、部屋を出てリビングへ。

 華はスマホを弄りながらトースターに食パンを入れていた。その隣にレティシアが物珍しそうに、トースターを眺めている。


「中が突然赤く光り出したわ。これは何の魔法なの?」


「違う違う、これは魔法じゃないよ。んーと何だろ・・・・・・なんか熱(?)を出して、食パンを焼いてんの」


「熱。火の魔法? でも魔法じゃないのよね? 魔法がなくても熱を出すなんて不思議ね」


 何だか家族が増えたみたいで、不思議な感じがする。

 華の方もレティシアの事を気を許しているし、端から見ると姉妹のように見えなくもない。しかし、1日だけでその距離感は仲良すぎない? 女子って、男子と違って直ぐに仲良くなるから不思議だ。


「そのハナが持っているのは何なのかしら? 確かソラトも同じような物を持っていたわよね」


「ん? これ? んー、これは遠くの人と連絡とかできる機械・・・・・・?」


「遠くの人・・・・・・テレパシーの魔法が使えるのね!」


「いやいや魔法じゃないって」


「これも魔法じゃないの? 地上の人間って凄いのね」


 俺は二人に挨拶を交わして、ソファーに腰掛けると、レティシアが目の前に寄ってきた。そして、その場をくるっと一回転すると、背筋を伸ばしてスカートを少し持ち上げる。軽くお辞儀をして挨拶。確かその行為はカーテシーって言葉だったはず。

 普段見慣れた制服をレティシアが着ると、一段と華やかに見える。


「どうかな?」


「あ、ああ。似合ってるよ?」


「ふふ、ありがとう」


「ソラ兄デレデレしすぎ。普段からキモい顔が、一段とキモさが磨きかかってるし」


「華の制服姿だってもちろん似合ってるぞ」


「はいはい」


 嫉妬してると思って褒めたのに、軽くあしらわれた。妹心は習得しているはずなんだが、その反応がイマイチ分からない。最近俺の目が曇ってきたぞ。

 華は焼き上がった食パンにマーガリンを塗って、俺とレティシアに渡す。

 受け取ったレティシアが俺と華を交互に視線を行き来する。食パンを咥えて「どうしたんだ?」と目で伝える。


「あ、手で持って食べるのね」


 そういうことか。ナイフやフォークで食べるのかと思っていたのね。逆に食べづらくないか?

 食パンを手に、カリッという音を鳴らして、レティシアは食パンを口に入れる。もぐもぐと咀嚼すると、目を見開いて「おいひいわぁ」と言った。

 食べ物口に入れて喋るのはお行儀悪いぞと注意すると、再び「おいしいわ!」と言葉にした。

 それは何より。


「あ、そうだ」


「?」


 のんびりし過ぎて伝え忘れる所だった。


「レティシアはウチの学校に転校するんだよな? それなら自分が魔法が使える事、冥界から来た死神って言うのはやめた方が良い」


「レティ、ウチの学校に転校するの? てか手続きとかどうすんの?」


 どうやら転校することは、華には話していないらしい。それともさっき決めたばかりなんだろうか。


「それは問題ないわよ。魔法で相手の認識を刷り込ませるの」


「うわー、めっちゃ魔法便利じゃん。ウチも魔法使いたいなー」


「そうね・・・・・・。一応この地上でも魔法が使えるみたいだから、練習次第で習得できると思うわ」


「え? ホントに? ウチ魔法習いたい!」


 マジか。俺もできるなら習っとこうかな。


「いいわ! ただ、魔法が使えるようになるまで100年は要するわ」


 レティシアが少し興奮した様子で、俺たちにキラキラした目を向ける。人に教えるのが好きなんだろうな。

 ただ俺と華は、100年と聞いて顔を引きつっていた。


「あーこれ無理なやつ。絶対ウチ生きてないよ」


「魔法パネェ・・・・・・ん? って事はレティシアって100歳超えてるとか・・・・・・?」


「冥界と地上では時間の流れが異なるわ。地上の年齢に換算すると、そうね・・・・・・ソラトと同じ年齢になるわね」


「ん? 確かレティシアって主席で卒業したとか言ってなかったか・・・・・・?」


「あら? 覚えててくれたのね。そうね、本来ならまだ学生の身分だけど、飛び級して卒業したのよ。だから今は学生ではないの。毎日勉強ばかりだったから、いつの間にか卒業した感覚なのだけれど、でもこうして地上の学生生活を送れるのも何か得した気分になるわ」 


 それで主席で卒業したってことになるのか。

 昨夜、日本語を覚えようと聞いてきた事もあるし、自分の知らないことを聞いてきたり、勉強熱心な所もある。冥界ではレティシアは有名な死神なのか? 


「話が脱線したが、魔法と死神ということは他の人には口外しないように」


「そうね、ソラトとハナの反応からして、やめた方がいいってのはわかったわ」

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