第5話 死神と居候

 それから放課後になると、夏也はサッカー部へ行き、霧山が鞄を持って俺の席までやってきた。


「春田君はこれからバイトだよね?」


「ん? そうだな」


「それじゃあ途中まで一緒に帰ろ」


 俺と霧山は下駄箱まで一緒に歩き、校舎を出ると、グラウンドから掛け声が聞こえてきた。自然と目を向けると、グラウンドの周りをサッカー部が走っている。その中には爽やかイケメンーー夏也の姿もいる。

 離れた場所には女子達の姿を見かけた。あれは夏也の勇姿を見るために集まっている集団。夏也ファンクラブ。今日も黄色い声援を上げて夏也の名前を呼んでいる。

 俺もあんな風に女子にモテたいな。


「川宮君結構女子にモテるんだね」


「霧山はどうなんだ? 夏也の事気にならないのか?」


「確かにイケメンで優しくて、良いと思うよ? でも川宮君の事はただの友達」


「あのイケメンを前にしても霧山は惚れないなんて、さては他にも好きな人がいるのか?」


「川宮君に惚れてないから他に好きな人がいるなんて安直すぎよ」


 ジト目を向ける霧山。

 そうか他に好きな人がいるワケでもないのか。

 二人で学校を出て、俺のバイト先まで歩いて数十分。

 霧山と別れて俺は喫茶店の裏口へ入る。従業員に挨拶をしてから更衣室へ入る。荷物をロッカーに入れて、バイトの制服に着替えた。

 休憩室へ向かうと、椅子に腰掛けてスマホを弄るイケてる系の女子がいた。俺に気付くと、スマホを仕舞いニヤニヤ顔を浮かべる。


「おはろー、お兄ちゃん!」


「はいはい、おはよー。それに俺はお前の兄ではない」


「えー? だって華のお兄さんなら、あたしのお兄さん同然でしょ?」


 どういう理屈なんだこの後輩は。妹は一人で十分だ。


「ねぇねぇーお兄ちゃん、今度ラーメンおごってー」


「なぜおごらなきゃならん。一緒に行く分には構わんが」


「こんな可愛い妹と一緒に行けるんだよ! 役得役得♪ はい、じゃあ今度ね♪」


 まだおごるとも言ってないのに、勝手に俺がおごることになった。まあ今月はまだ余裕あるし、別に一杯くらいいいか。


「というか誰が妹だ」


「えへへ~お兄ちゃんだーいすき!」


 黒沢が俺の腕を取ってくっついてくると、その空しい胸を押しつけてきた。まだ実らないその果実は、まだ食べ頃を向かえていない。ぺたぺた。

 脳裏に華の下着姿が過ぎって、黒沢と比較してみる。

 うん、華の方が少しだけ大きい。ドングリの背比べだろうけど。

 今度はレティシアの裸が思い浮かべる。うん。圧倒的にでかい。


「ちょっとちょっと? 今あたしの胸に不満抱いてたでしょ? 確かに小さいし、華より小さいかもしれないけど。でも小さくても需要はあるし、お兄ちゃんも小さいの好きでしょ?」


「俺はどちらかというとでかい方がーー」


「ダウト! それダウト! お兄ちゃんは小さいのが好きなの! ほら揉み揉みしてみて?」


「お前、俺が揉んだ瞬間、脅迫するだろ?」


 胸を差し出し、手にはスマホを握りしめシャッターチャンスを狙う。狙いを見破られた黒沢は、舌打ちをして俺から離れる。


「ざーんねん。せっかくソラトパイセンの脅迫ネタゲットできると思ったのに。きゃーソラトパイセンに貞操が奪われちゃうー。慰み者になっちゃうー」


 黒沢の頭部にコツンと拳で叩くと、「いたっ!?」と頭を抑えて上目遣いで訴えてくる。


「バカ言ってないで仕事行くぞ。今日はレジとホール全て黒沢に任せる。俺は黒沢に指示する。それでいいな?」


「それ、あたししか動いてないんだけど? ソラトパイセンのパワハラー。あ、それなら一生あたしに甘い物とラーメンをおごってくれるんならやりますよ?」


「ほら、冗談言ってないで行くぞ」


「先にソラトパイセンから冗談言ったじゃないですかー」


 ぷんすかとひまわりの種を頬に摘めたハムスターのように頬を膨らませる黒沢。その膨らみに指で突っつくと、「セクハラ! セクハラ!」とうるさく訴える黒沢を残して、ホールへ向かった。

 朝のことで何か忘れていることがあったような気がするが、今は仕事の事に集中しないと。ホールを出ると、ベルの鳴る音が聞こえて「いらっしゃいませ」と仕事モードへと切り替えた。

 淡々と仕事をこなして、そこそこ忙しく動いていると、そろそろ上がる時間に差し迫ってきた。最後にレジを済ませて「ありがとうございました」と言ってから、他のバイトに任せて更衣室へ向かった。俺は直ぐに着替え終わり、帰り支度を済ませると休憩室を覗く。既に制服に着替え終わった黒沢が待っていた。


「お疲れ様でした」


「おつおつ~って、ちょっと待ってソラトパイセン。これからラーメンおごる約束でしょ?」


「そんな約束した覚えないが?」


「はいはい、とぼけても無駄で~す。えへへ~ソラトパイセンのおごりのラーメン一杯は格別にうめーぜ!」


 仕事前のアレって今日の話だったのかよ。

 それなら華を呼ぶ必要がありそうだ。

 スマホを取り出すと。


「あ、華に連絡しといたよん」


 どうやら、連絡不要だった。それなら大丈夫かと、スマホの画面を目にして、華から通知が来ていることに気付く。

 開くと、メッセージが来た時間が18時過ぎだった。


『ソラ兄大変!? 家によく分からない女の人がいる!? ソラ兄の事知ってるっぽい口ぶりなんだけど・・・・・・』

『え? 彼女? 外国人の彼女? いやソラ兄に彼女ができた兆候なかったし、誘拐!?』

『・・・・・・ソラ兄、バイト終わりに出頭してね』


 というメッセージが三件だけ。

 それで俺はレティシアの事を思い出して、華に連絡するのを忘れていた事に気付いた。あーどうしよう。今どういう状況になってんだ?


「黒沢、悪いが今日は用事があるからラーメンはまた今度な」


「え~せっかく楽しみにしてたのに~。ま、いいか。そうそう、華から連絡が来ないんだよね。既読もついてないみたいだし・・・・・・。あ、もしかして何かあったのかな? ソラトパイセン、早く帰ってあげて」


 先ほどまで俺をからかうような顔が陰り、その表情から不安の色が見える。華とは仲の良い友達だから心配してくれてんだろう。だがおそらく心配はないだろう。


「華に何かあったとかじゃないから大丈夫だ。俺の方に連絡が来てたみたいだし、とりあえず心配無用だ」


「本当に?」


 言い友達を持ったな華。

 黒沢の頭部に手を置いて安心させるように、髪を乱してやると「にゃー!?」と猫語を発する。俺の手から逃れた黒沢に睨まれ、威嚇してくる。


「もう! お兄ちゃんはホント、お兄ちゃんだよ!」


「お前の兄じゃないから」


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 あの三件以降メッセージが来ていない。レティシア相手なら大丈夫だと思っていたが、よくよく考えると、レティシアは人間の魂を回収するのが目的の死神。寿命が近い人間の魂だけを集めているとレティシアは言っていたが、それは本当に信じてよかったのか。もしかして、華の魂を取られてないか。そんな不安が襲ってきた。

 駆け足で俺は家の前へ辿り着く。リビングに明かりが点いていて安堵する。

 いや、まだ油断はできない。

 鍵を解いて玄関を開けると、リビングから華とレティシアの声が聞こえてきた。なんだか楽しげな声だったので、どうやら俺の杞憂だったようだ。


「ただいまー」


「あ、ソラ兄! ちょっとレティってば魔法使えるんだよ! しかも死神だって! あの大きい鎌? 見せてもらったけど、本物だよ! ソラ兄凄い人誘拐してきたんだね」


「誘拐じゃない。色々とあって拾ってきたんだ」


 どうやら二人はいくらか打ち解けているみたいだ。

 魔法や死神の事も知っているみたいだし、俺が説明するまでも無かったようだ。


「やっと来たわねソラト。あなたから教えて貰った書物だけど、文字が読めなくて困っていたのよ。だからソラトが帰ってくるまで待っていたのだけど、ハナから色々と教えて貰ったから助かったわ」


 レティシアは机の上にある書物に目を落とした。釣られて俺も何の漫画あるいはラノベなのか、その書物へ視線が行くと。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 それを目にして俺は冷や汗が流れた。なぜそれが置いてある?


「これ『えろほん』って言うのね。ハナから説明を受けたけど・・・・・・、ソラトも男だから仕方ないわよね。これに似た本がいくつも発見したのよ」


 メイド服で胸を露出したイラストや全裸で白い何かをかけられたイラスト、女子高生が縄で縛られたイラストまで、机の上に置かれていた。

 華は軽蔑した瞳で、レティシアは興味津々でキラキラした瞳で、俺に視線が向けられる。

 人生初、俺の持っていたエロ本が赤裸々に公開される!

 おかしいな・・・・・・目につかないところに隠したはずなんだが、なぜ見つけられた?


「レティシアの言うとおり、仕方ないんだ。思春期の男子高校生なら10冊や20冊くらい持ってるのがデフォなんだ」


「ソラ兄ってこんなのが趣味なんだ・・・・・・。あ、これなんか結構使われてるエロ本じゃない? ちょっと汚れがあるし、ってこれアレじゃない? ちょっとソラ兄キモいし。マジウケる。さゆにメッセ送ろ~」


 おい、写真撮るな黒沢に送るな。それをネタにからかわれるだろ。

 しかし、俺の声は華に届かず、黒沢にメッセージを送りやがった。からかわれたら、何か仕返しするか。


「・・・・・・ねぇソラト」


 さっきまでキラキラと輝かせた瞳は真剣味を帯びて、俺を見つめてきた。

 今度は一体何だとレティシアに問い正そうと思い止まった。


「飯は?」


「んー? ウチとレティはもう食ったよー。ソラ兄の分は冷蔵庫」


「はいよ。レティシア、話なら後で聞くよ」


「そう」


「そんでレティシアは冥界に帰ったりするのか?」


「使命を頂いているから、しばらく地上にいるつもりよ」


 そう考えると、レティシアが出て行ったとしても泊まる場所もなく、最悪野宿してしまう。死神とはいえ、女の子が野宿させるのは心が痛む。これも何かの縁ではある。幸い部屋はあるし、一人増えたところで問題はない。それに華はレティシアをこの家に泊めようと考えているだろう。


「ならしばらく家に泊まればいいよ。部屋は後で用意するよ」


「いいの?」


「いいに決まってんじゃん。もしソラ兄が反対したら、ソラ兄をこの家から追い出す所だったし」


「いや、なぜ俺が追い出されるんだよ」


 こうして、冥界から来た死神のレティシアが家にしばらく泊まることになった。

 飯と風呂を済ませて部屋へ戻った俺はベッドに横になってぼーっと虚空を見つめていた。今日は冥界から来た死神に出会って、魔法を使う場面を目撃し、吐瀉物をかけられ、ひょんな事からレティシアを家にしばらく泊まることとなった。何だか濃密な一日だった。


「レティシアの裸はインパクトあったな・・・・・・」


 銀髪美少女のグラビアスタイルは本当に破壊力が凄かった。数秒とはいえ、脳裏にまだ焼き付いている。ちなみに華の下着姿はもう思い出せない。格差社会だ。仕方ない。許せ華。


「ソラト、失礼するわ」


 ノックした後、レティシアが部屋の中へ入ってきた。

 そういえば何か話がありそうな雰囲気を醸し出していたが、一体なんだろうか。レティシアに目を向けると、神妙な顔で俺の事を凝視していた。さっきもそういう目をしていた。


「やっぱり、そうだわ」


 そんな呟きが聞こえた。

 上体を起こして、レティシアの方へ体を向ける。


「何か話があるんだよな?」


「ええ」


 それっきり、沈黙するレティシア。

 俺は急かさず、話すのを待っていた。

 それから数分、レティシアは口を開いた。


「ソラト・・・・・・あなたもうすぐで死ぬわ」

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