第3話 肌色100%

 家に戻ってきた俺は、自室で着替え終えてからリビングへ降りる。

 一緒に連れてきたレティシアは子供のように瞳をキラキラと輝かせて、部屋の中を歩き回っていた。

 キッチンにある電子レンジや冷蔵庫を開閉させたり、テレビの前に立ち、手で触れて首を傾げたり、色んなものを珍しそうに眺めていた。冥界にはやっぱり存在しないものなんだろうな。


「レティシア、シャワーを浴びたら・・・・・・ってもう乾いてるんだっけ?」


「シャワー? そうね。せっかくだから頂いてもいいかしら?」


「ああ」


 レティシアに浴室へ案内をしてから、俺はリビングに戻ってソファーに腰掛けるとぼーっと天井を眺めた。

 死神の美少女を拾ってきてしまった。

 冥界から来たという彼女だが、見た感じ普通の外国人の女の子だ。魔法を使えるから普通とは言い難いが。


「・・・・・・これは夢か?」


 現実味がない状況なので夢だと疑う(二回目)。自分の頬を抓ってみる(二回目)。痛い。これ現実だ。


「きゃあ!?」


 浴室からレティシアが驚くような声を聞いて、急いで脱衣所へ向かう。中に入ると視界に下着のような布が映ったが、極力見ないようにして扉越しに声をかける。


「大丈夫か?」


「ソラト! ここから水が出てきたわ! これって魔法よ! 詠唱無しに魔法が使えるなんて凄いわ!」


 どうやらレティシアはシャワーという存在を知らなかったらしい。

 いやでも、さっきシャワーという言葉が通じたよな? 俺はてっきり冥界でもシャワーが存在すると思っていた。それとも俺とレティシアの認識が違っているということか?

 それはいいとして、使い方を教えるべきなんだが、今レティシアは裸だ。中に入って教えるわけにもいかない。


「レティシア、横に蛇口あるよな?」


「じゃぐち? ってどれのことかしら・・・・・・。もしかしてこの細長いの?」


「ああ、それだ。その左側に赤い印のあるハンドルあるよな? それを捻るとお湯が出る」


「えっと・・・・・・これを捻るのね? んっ。・・・・・・きゃ! ・・・・・・あ! 暖かい! さっき冷たい水が出てきたのに今度はお湯が出てきたわ! 凄いわ、ソラト!」


 がらがらという音を耳にすると、目の前の扉が開いていた。そこから現れるのは、当然肌色100%の水滴が滴るレティシアの全裸姿。興奮したように「すごい! すごい!」と感激している。

 確かにすごいと思った。

 あ、いや違う。これは不可抗力で、俺は悪くないはず・・・・・・だよな?

 レティシアから視線を逸らす。


「あの・・・・・・レティシア、裸のままだぞ?」


「こんな魔法見たこと無いわよ! やっぱり地上ってすごいのね。詠唱も無しで魔法が使えるのよ? 魔法の概念がないなんてソラトの嘘つきね」


「それも魔法じゃないし、とにかく服を着るか、中に戻ってくれよな。・・・・・・目のやり場に困る」


 本当はガン見したい気持ちを抑える。

 目の前の壁を穴が空くくらい凝視するが、それでも視界の端にチラチラと肌が見えたり見えなかったりするから困る。

 それにしてもレティシアの裸を数秒目に焼き付けてしまったので、たわわな大きな胸、引き締まった腰、スラリと伸びた脚線美が脳裏にちらつく。グラビアに負けないくらいの煽情的スタイルだったな。

 レティシアはまだ興奮した様子で中へ入ってシャワーを浴びる。俺は早々にリビングへ退散すると、ソファーに座り再び天井を見上げた。

 脳裏には先ほどのレティシアの裸体の映像が浮かび上がってしまう。あの状況なら普通『ソラトのエッチ! 出て行きなさい!』って、顔を真っ赤にして、魔法で追い出されてもおかしくない場面だろう。ラノベならきっと、そんな展開になっていたに違いない。

 俺は必死に忘れようとするが、焼き付いてしまったものはしばらく忘れる事ができない。こうしてレティシアの面倒を見て上げてるから、そのご褒美にしてもらおう。

 そして俺は今日、ラブコメイベントが続けて発生している事に気付いた。

 華の下着イベント。

 レティシアの風呂場イベント。

 どちらも不可抗力の上、ご褒美イベントだ。今日は運が良すぎて、俺死ぬのか?


「あ、レティシアって死神なんだっけ。・・・・・・マジでこの後魂取られないだろうな?」


 今更になってレティシアを連れてきてしまったことを後悔した。

 そんな事を考えていると、レティシアがリビングに入ってきた。


「ソラト、シャワーありがと」


 レティシアが眩しい笑顔でお礼を言われて、俺は先ほどの後悔という言葉を撤回した。単純だな俺。でも仕方ないよな。思春期な男子高校生だもん。

 でも聞く事は聞いてみないと。


「レティシアは死神って言ってたよな? 大変聞きにくい事なんですが・・・・・・俺の魂を取ったりとかするんでしょうか?」


 できるだけ刺激させないよう、丁寧な言葉で聞いてみる。

 そんな俺の言葉にキョトンとしたレティシアは、「ふふっ」と笑いを零して首を左右に振った。俺は内心ほっとした。


「確かに私は魂を導くよう女王様から使命を頂いたわ。けれど、出会い頭に人間の魂を取るワケじゃ無いの。私たちは寿命を向かえそうな人間の魂だけを回収するのよ。そうね、ソラトなら・・・・・・? ・・・・・・ん?」


 俺の事をジッと凝視するレティシアが疑問符を浮かべて、首を傾げていた。その様子に俺は不安に思うと、レティシアは目と鼻の先まで近づいてきて、俺の瞳を覗いてきた。

 近い近い。

 目の前にレティシアの整った顔が視界いっぱいに映される。彼女から漂う甘い花の香りも鼻孔をくすぐってくる。

 彼女いない歴=年齢の思春期男子高校生には刺激が強すぎる。今までこんなにも近づかれた事はない俺は動揺してしまう。心臓もドックンドックンうるさいくらいに鳴り止まない。


「あ、あのー。俺に何かあるのか?」


「・・・・・・気のせいかしら。・・・・・・うん、やっぱり気のせいみたい。死神の目には寿命が見えるのだけど、ソラトを『視た』時に何だかおかしかったのよ」


 俺から離れたレティシアは神妙な表情をする。


「え? なんだそれ怖いんだけど? 大丈夫なんだよな?」


「今は普通に『視えてる』から今すぐに魂を回収する必要はなさそうね。初めて地上に来て、初めて死神の目を使ったからかもしれないわね」


 なら安心して良さそうだ。今日は良いことばかり起こっているから、今日俺は死ぬかと思っていた。安心安心。


「本当に死神なんだよな? 死神といえば大鎌とか持ってるイメージなんだが」


「それなら持ってるわよ」


 レティシアが手を前に突き出すと突然黒い鎌が出現し、それを掴んだ。禍々しさのある大鎌を目にしたが、俺は大して驚きが無かった。魔法を実際に目で見ていたからか、ちょっとやそっとじゃ驚かない自分がいる。

 しかし、本当に死神なんだな。ただ彼女からは死神っぽさが微塵も感じられない。外国人がコスプレをしているようにしか見えない。


「あ!」


 時計が目に入り、9時を過ぎていたのに気付いた。着替えてから直ぐに行く予定が、のんびりしてしまった。


「悪いレティシア、俺はこれから学校に行かなきゃならん。だからレティシアは・・・・・・好きに寛いでも構わん」


 レティシアが何か悪さをするようには思えなかったし、初めて地上に来たということはおそらく行く当てもないということだ。何だか放っておけないと感じた俺は、一旦家に居座ってもいいだろうと判断した。


「学校? 地上の学校・・・・・・興味あるわ!」


「いや、待て学校には付いてくるなよ? 今のレティシアには常識が欠けてるから。何をするか分からん」


「ソラト、私の事子供扱いするわね。言っときますが私は主席で卒業し、女王様から認められているのよ? 節度はちゃんとわきまえているわよ」


 節度をわきまえている人は噴水の中に入らないけどな。死神だけど。

 日本での常識を教える必要がありそうだと考えながら、俺は玄関へ向かい扉を開ける。


「それじゃあ俺は行くが、レティシアは留守番しろよな?」


「仕方ないわね。ソラトには色々とお世話して頂いたし、大人しくしているわ。あ、その前にここには何か書物はないの?」


「書物? 俺の部屋に漫画とかラノベがあるが・・・・・・それでいいなら」


「? よく分からないけど、書物があるのなら読んでもいい?」


「好きに読んで構わんよ」


 俺の部屋の場所を口頭で教えると、今度こそ家を出て学校へ向かった。

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