第2話 死神少女と出会い

 7月の初旬。

 殺人的暑さの太陽に悪態を吐いて、進むこと数分。

 俺は近道の公園を歩いていた。俺の視界に噴水が見えて、同時に人影のようなものも映った。

 いや、明らかにそれは人だったかもしれない。俺は素通りしようか迷う。


「・・・・・・」


 朝の占いを思い出した。もしこれが運命の出会いなら、放っておけない。それに女の子が困っている場合は助けるべきだ。これがおっさんなら間違いなく素通りする。

 噴水に近づくと、水の上に浮かんでいたのは女の子。もう少し近づいて覗き込み、俺は驚愕した。

 銀髪がゆらゆらと水面を漂い、太陽の光で反射して輝くその様が綺麗だ。顔立ちも整っていて、スタイルも悪くない。胸もでかい。しかも外国人で美少女だった。


「・・・・・・なんか険しい顔してんな。暑さにやられて思わず噴水の中に飛び込んだ。まあそんなところだろう。熱中症なら救急車呼ぶ必要があるかもな。おーい、大丈夫か?」


 一度声をかけてみる。

 その美少女の口が動いた。「うぅ、」と呻いて、ゆっくり瞼を上げると俺と目が合った。しばらく見つめ合う。


「人間・・・・・・地上の人間?」


 ん? ちじょう? にんげん?

 もしかして地上の人間って事か? まあ確かに合っているが、外国人がそんな事を口にするのか? 普通なら『日本人?』と口にするはずだ。

 もしかしたら日本語にまだ不慣れなだけかもしれない。とりあえず頷いてみせると、銀髪の美少女は死にかけだった瞳に生気が宿り、急に立ち上がる。驚いた俺が見たのは、肩を露出した黒い衣装のコスプレのような服。水の中にいたから、もちろん濡れて、水滴が落ちていく。

 俺はその姿に目を奪われていた。だから彼女が近づいてきたことに反応が遅れて、突然抱きつかれた事も遅れて認識した。


「ちょ、ちょっと!?」


 濡れた衣装で抱きつかれた結果、俺も濡れてしまう。

 というか、Yシャツが濡れたなんて気にしてる余裕はなかった。

 今、俺は、銀髪美少女に、抱きつかれてる。大きな胸が、形を変えて、俺の胸板に「ふにょん」という音が聞こえるくらいに密着してる!

 俺の胸板に柔らかい胸がっ、密着っ!!

 これ大事。

 あ、やべっ、ちょっと反応してきた。


「これが地上の人間なのね! 私たちと違って生きてるわ。しかも暖かい。・・・・・・あ、ダメよ。冥界の住人である死神の私が、生きた人間に触れてしまうと・・・・・・あ、気持ち悪くなってきた・・・・・・うぅ」


 何か不吉な事を言う彼女に、俺は嫌な予感を覚えた。しかし、俺の中の欲望が訴えてくる。

 もっとこの大きな胸を堪能したい!

 いや、やめろ俺。

 俺はこんな煩悩にまみれた奴じゃないだろ? 俺は紳士的で、例え胸の大きな美少女に抱きつかれても決して狼狽せず、勃起せず、平常心を保てる人間だ。

 ・・・・・・だから静まってくれよ、な?


「あの、大丈夫か?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・うっ」


「う?」


 というか今は興奮してる場合ではなかった。冷静になった俺は、目の前で顔色が悪くなっていく美少女を見て、段々と嫌な予感が確信へ変わっていく。。まさか・・・・・・な? いやマジでまさかな?


「とりあえず俺から離れような? そうゆっくり」


 彼女を慎重に、刺激を与えず、肩に手を置いて引き離す。肩とはいえ、勝手に肌に触れて良かったのだろうか。そんな戸惑いを見せたのは一瞬。彼女の顔色が青くなっていたので、このさい許可がなくても触れてやる。今は緊急事態なんだ。


「・・・・・・あ。ダメ。これ、以上・・・・・・」


「待て。我慢しろ! せめて俺から離れてからーー」


 俺は咄嗟に、口元を抑える彼女から無理矢理引き離して、この場から避難する。・・・・・・が、彼女は俺との距離を縮めて、なぜか俺にしがみついてきた。ちょっと待て。なんで近づいてくるんだよ!

 おい! なんで俺の方に顔を向けてくる!? 手で抑えてろよ!?

 ちょ、ちょっとーー!?


「ダメ・・・・・・・・・・・・。げろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろ」


「うわぁああああああ!?」


 あー・・・・・・あー・・・・・・。


 俺達の間にはお見せできないほど大惨事となっていた(主に俺が大惨事)。はぁー・・・・・・泣きたい。

 しばらくして落ち着いた少女と一緒にベンチへ移動して座った。

 俺は大惨事になったYシャツを脱いで、一応無事だったTシャツ姿になったが、先ほど濡れたまま抱きつかれたから湿っぽくなってる。一度家に戻る必要がある。これは完全に遅刻確定じゃん。

 溜息を吐く。俺は横に目を向けると、いくらか顔色が良くなった彼女が、濡れたコスプレ衣装を気にしていた。


「濡れたままだと気持ち悪いわね」


 そう呟いて瞳を閉じると、突然彼女の頭上に魔方陣のようなものが浮かび上がり、すると全身に光が覆っていく。俺はポカンと間抜けな口を開けて見ていると、さっきまで濡れていたコスプレ衣装が・・・・・・乾いた?

 え? ちょっと待て。


「な、なんだよそれは!?」


「ん? 魔法よ? 地上でも使うでしょ?」


 さも当たり前のように答える。


「いや使わないし」


「え? そうなの? 魔法が使えないなんて・・・・・・もしかして地上って結構不便な場所なのかしら?」


「魔法が無くても別に困らないし・・・・・・って待て待て。その魔法って何だよ?」


「魔法は魔法よ。それ以外に説明の必要があるの?」


 それはこの娘にとっては当たり前なのだろう。しかし、どこの世界に当たり前のように魔法を使う国なんかあるんだ?

 まあ魔法がなんなのか俺は、漫画やアニメの知識で得ているから知ってると言えば知っている。さっきの魔方陣が出現したのも、他にも火を出したり、風を起こしたりなどそんな事ができるんだろう。

 だがそれはフィクションの世界であり、現実世界では魔法なんて存在しない。

 ならさっきのは一体なんだ? 当然のように魔法を使ったこの娘は一体何者なんだ?


「えっと・・・・・・君は?」


「私は冥界から来た死神。レティシア・フォン・ダイヤモンドよ」


 あっさりとご丁寧に自己紹介する少女に、俺も同じく名乗ることにした。


「俺は春田空斗はるだそらと。・・・・・・・・・・・・ん? 冥界? 死神?」


 名前以外に聞き慣れない単語を口にしたレティシアという少女に、疑問が口に出していた。

 魔法を目の当たりにしただけでも、目を疑うのに、冥界? 死神? もしかして俺はまだ夢の中にいるんじゃないかって自分を疑い始めた。


「そう。冥界とは死後の世界と言った方が納得するかしら? そこの住人が死神である私。地上の人間の魂を導くのが使命なのよ」


 自分の頬を抓ってみると痛みがあった。信じられない話だ。レティシアの魔法を目にする前だったら一蹴していただろう。これは関わってはいけないと、その場を立ち去っていたはずだ。ただこの目で魔法を見たら信じざるを得ないだろうな。

 というかこれはもう関わってはいけない範疇を超えているのでは?

 人間の魂を探してるって事は、今俺は命の危機なのでは?

 俺は立ち上がる。


「そ、そっか・・・・・・。まあ頑張れよ」


 これは早々に立ち去った方が賢明な判断だ。ということで俺は一度家に帰るため踵を返した。・・・・・・が、レティシアに手首を掴まれる。


「待ちなさい。私は初めて地上に来たの。辺りは興味を引くものばかりで・・・・・・。そうよ、あの水が溜まっているアレはなんなの?」


 レティシアが指した方向は、先ほどレティシアが中に入っていた噴水だ。


「噴水の事か?」


「ふんすいって言うのね。あれは魔法で水を呼び起こしているの?」


「いやいや、この世界に魔法の概念ていうのはないよ。俺もどういう原理なのか知らないが、どっかの池から噴出してんじゃないか」


「アレが魔法で動いているわけじゃないのね。・・・・・・不思議ね」


「それより、もう行っていいか?」


 手首を掴まれたまま、離してくれない。


「私もっとこの地上を見てみたいわ。ねぇソラト、私に地上のこと教えてくれない?」


 俺の言葉をスルーしてとんでもないことを言ってきた。俺の中に面倒だと思う心もあるが、レティシアの好奇心溢れる瞳を向けられると、教えてあげたい衝動に駆られる気持ちもあった。というか現金なもので美少女に言い寄られると後者に若干心揺られている。

 だって美少女に頼まれたら誰だって揺らぐだろ? それが例え相手が死神と名乗った変な美少女でも、きっと同じだ。

 いや、待て。相手が美少女だからって、なぜ関わろうとする? 明らかに地上を知りたいとか口実で、俺の魂を奪うに決まっている。もしかして俺は精神を操られる魔法でも掛けられているのか?

 それにさっき俺はレティシアに嘔吐物をかけられたんだよ?

 まだ俺が正常のうちに、他を当たってくれるよう断ろうと口を開く。


「悪いがレティシア、ほかーー」


 と、そこで俺はこれ以上言葉が続かなかった。

 今俺の視線の先には柔らかそうな果実がある。見下ろしたその谷間は凄かった。語彙力とか乏しくなるくらい凄かった。

 そういえば、俺はさっきその柔らかさを体験したばかりだ。

 確か朝の占いで素敵な出会いがある日とか言っていた。ラッキーアイテムは噴水とも。ラッキーカラーのシルバーは、レティシアの銀髪を指しているのだろうか。ここまで星座占いで当たるとは思いもしなかった。せいぜい、今日は100円拾ってラッキー程度にしか思っていなかった。


「ソラト? ダメかしら?」


 少女が一瞬だけ垣間見せた寂しげな瞳に、俺は気になってしまった。先ほどまで思っていた断ろうという気持ちは薄れて。


「わかったよ」


 妙にレティシアの事が気になった俺は引き受けることにした。

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