第1話 義妹との会話

 耳元にアラームがけたたましく鳴っている。

 うるさい音の発生源へ手を伸ばすと、スマホに設定したアラームを止め、ついでに時間を確認する。

 5時30分という表記に俺は、誰がそんな早くに設定したんだよと心の中でぼやいた。それから数秒後、自分で設定した事を思い出す。確か今日は俺の当番だったはずだ。

 この家には俺ともう一人妹の華と一緒に住んでいる。炊事洗濯掃除などをそれぞれ当番制にして、ルールを取り決めている。

 今日は俺が炊事をする事になっている。だから朝食を作るために早起きしなければならない。そもそも食パンにマーガリン塗って簡単に済ませれば、こんなに早く起きる必要性がない。

 それなのに、なぜか華は俺に朝食を作れと要求してくる。そのくせ自分の当番の時は、食パンにマーガリンと簡単に済ませてしまう。理不尽だ。

 眠い。体がまだ寝かせろと訴えてくる。脳もまだ起きる時じゃないと訴えてくる。

 うん、俺も同じ意見だ。そうだ寝よう。

 寝過ごしたことにして、『ごっめ~ん♪ 朝食作れなかったから今日は食パンで我慢して♪ てへぺろ☆』って言えば許して貰えるだろう。うんそうしよう。

 このまま・・・・・・ぐっすり・・・・・・寝よう。

 ・・・・・・。


 ジィリリリリリリリリリリリリリ!


「!?」


 突然鳴り響いた音に俺はビックリして、閉じていた瞳を開けた。

 目覚まし時計? 

 そんな物を設定した覚えが無い。そもそも俺は目覚まし時計を持っていない。一体誰がこんなことを? って一人しかいないか。

 未だに遠くから鳴り響くうるさい音の発生源を探すと、ドアの前に目覚まし時計が置いてあった。


「華のヤツ・・・・・・。俺が二度寝する事を予想して置いたな」


 仕方なく起き上がって、目覚まし時計まで歩いてスイッチをオフにして音を止めた。見事、華の策略にハマって悔しくなった俺は目覚ましを設定を変えて、スイッチをオンに切り替えた。

 それからカーテンをスライドすると、朝日の陽光が部屋の中へ侵入してくる。軽く伸びをする。

 着替えを済ませ、欠伸をした俺は目覚まし時計を持って部屋を出る。隣の部屋の前に立ち止まり、『華の部屋』と書かれたネームプレートを目にする。俺はそっとドアを開けて、目覚まし時計を置いた。


「これでよし」


 階段を降りて、リビングへ向かう前に両親の部屋の中へ足を踏み入れた。中へ入ったとき嗅ぎ慣れた線香の匂いが鼻孔をくすぐった。

 部屋の中は俺と華で掃除をしているため、あまり埃もなく、綺麗になっている。

 仏壇の前へ正座すると手を合わせて挨拶をする。習慣となっている両親の挨拶。

 俺の両親が他界して、しばらく経つ。今では見慣れた光景となってしまった、その二人の笑顔の写真を眺めた。父親の腕に絡める母親の姿。いつも恋人のように仲良しな二人だったと今でも思い出す。

 俺は母親に目を向ける。

 母親は俺の実母では無く、父親の再婚相手である。そのため、華は母親が連れてきた娘となる。俺とは血が繋がっていない義理の妹。

 両親が亡くなる前は、華が妹になるなんて実感はなかった。一人っ子だった俺には兄になるということが、当時の俺には全然わからなかった。

 だけど両親が亡くなってから、兄としての自覚を持つようになった。そのきっかけは母親が最後俺に華の事を託し、約束した事である。その約束で俺は妹を守ろうと決意を固めた。まあ華は俺の事をうざがっているようだけど、それでも俺にとってはたった一人の家族であり、華にとってもそれは同じ事でもある。だからひとり立ちができるまで華の事を面倒見て守るって決めている。

 挨拶を終えると、リビングへ向かいテレビを点ける。

 朝のニュース番組をBGMにキッチンで朝食の準備をする。

 朝食を作り始めて数十分、オーブンで焼いた食パンの中に、卵焼きとキャベツを挟んで、特性のソースをかけて完成。

 たまごとキャベツのサンド。略称は『たまキャサン』と華は呼んでいる。

 以前、華に作ってから好評となり、俺が当番になったとき、作るようになったものである。気に入って貰えたのは嬉しいが、朝早く起きて作らないといけないため怠い。


「華を起こしてくるか・・・・・・そういえば目覚まし鳴ってないよな?」


 華の部屋に置いたはずの目覚まし時計が鳴らないのが気になったが、もしかして俺の行動を予測して先に止めたのか?

 2階に上がって華の部屋を俺は躊躇なくドアを開けた。するとそこには着替え途中の華の姿が目に映った。

 少し膨らんだ胸、引き締まった腰、スラリと伸びた足。水玉の下着姿のまま、固まって華の瞳の中に俺の姿が映っている。


「・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・」


 本来なら『お兄ちゃんのエッチ!』って言葉を投げかけられ、追い出されるだろう。これは完全に俺が悪い。

 とはいえ華の身体をこうして見るのは、これが初めてだった。意外と華がモデル並みのスタイルだった事に俺は驚いていた。いや、妹相手にジロジロ見るのは・・・・・・さすがに失礼じゃないか? というかそもそも義妹なら、これは犯罪になる可能性もあるんじゃないか?

 俺に落ち度があったとはいえ、役得だ。うん。このまま脳内に保存しても罰は当たらんだろ・・・・・・なんて妹相手にそんな変態的な発言をしてはいけない。

 だって、相手は妹だよ? 義理とはいえ、妹だよ?


「・・・・・・・・・・・・」


「いつまで見てんのよ、ソラ兄。てか、さっきからジロジロと妹に欲情してんの? うわーマジ引くんだけど? さっさと出て行きなさいよ」


「あ、すみません」


 戸惑いや恥じらいもなく、俺を非難して睨まれる。

 うん。さすがに妹の下着姿をジロジロ見るのは悪いよな。変態だよな。

 ドアを閉めてリビングへ戻った。

 数分してから、制服姿の華が降りてきた。


「おはよ」


「おはよう、変態兄さん」


「兄を変態扱いするとは、俺はそんな妹に育てた覚えはないぞ」


「・・・・・・キモい」


「こらこら、キモいとか俺泣くよ?」


 俺の対面に座ると、俺との会話のキャッチボールをスルーして、「いただきます」と手を合わせる。華がたまキャサンを食べるとテレビへ顔を向けた。

 父さん、母さん、妹が反抗期です。どうしたらよろしいでしょうか?

 そんな答えが返ってこない質問を心の中で呟いて、「いただきます」と言葉にしてから俺も食べた。

 基本的に兄妹のコミュニケーションはこれでも悪くない。おそらくどこの家庭も同じ一般的なレベルのはず。


『今日の気温は32℃という真夏日です。熱中症に気をつけましょう』


 今日も暑いのか。


「・・・・・・この人胸でかいな」


「・・・・・・」


 思っていたことと、実際に口にしようとしたことが逆になってしまった。しかし、華は俺の呟きをスルー。

 まあ突然胸でかいなって呟いても、実際反応に困るだろう。というか妹相手にそんな話をするのが間違いなんだろう。

 ただ口にしてしまったものは仕方ない。俺は挫けず、会話を続ける。


「華の胸も昔よりかは膨らんでるよな?」


「は? マジ無い。朝から発情してんの? ごめん、妹に発情しないでくれる? マジキモい」


「これは兄妹の仲をより高めようというスキンシップだ。さっきのお天気お姉さんの胸から、先ほど華の下着姿を連想して、何となく思ったことを口にしてしまったんだ。・・・・・・普通の会話だろ?」


「それ違くない? そもそもさっきの天気予報で『今日も気温高いな』って会話の流れになるでしょ? え? バカなの? キモいの?」


「兄をそんな罵らない。本当に泣くから。そもそもな? 『今日も気温高いな』っていかにも普通の会話なんて楽しくないだろ? さっきの映像見て、最初に気付くのはあの胸の大きさでしょ? 実際大きかったし」


「それソラ兄だけでしょ。統計でも取ってんの? お天気映像を観て、最初に話題すべき会話はなんでしょうって? まず妹にお天気お姉さんの胸の会話を振るのは絶対にありえないでしょ」


「あ、あるんじゃない?」


「あっそ」


 華は呆れて会話が終わった。兄妹の会話って難しいな。

 再びテレビの画面へ視線を移すと、さっきのお天気から星座占いに変わっていた。


『ーー1位は牡牛座のあなた。今日は素敵な出会いがある日。ラッキーカラーはシルバー、ラッキーアイテムは噴水ーー』


「お! 今日は一位だ。ってラッキーアイテムが噴水ってどういうことだ? まあそれより素敵な出会いってアレか。俺にもようやく運命の恋人に出会えるって事か」


「ソラ兄って時々乙女っぽい事言うよね。ぶっちゃけキモい。てかキモい」


「二回も言うな・・・・・・お兄ちゃん泣くぞ。・・・・・・華は占いとか好きじゃないのか? ほら女子ってそういうの好きそうじゃん?」


「3位以内なら今日は良いことあるかなって思うけど、それ以外は信じてない」


「都合の良いところだけ信じるのかよ」


「ソラ兄だってそうじゃん」


「何言ってんだ華。世の中、そんな都合が良いことばかりでは無いんだぞ。例え運勢が悪くても素直に受け止めろ。そんでラッキーカラーやラッキーアイテムを身に付けて、できるだけ悪いことが起こらないようにする。これ大事」


「あ、明日のソラ兄のランキング10位だって」


「うっわ、絶対に信じねー。そんな運勢信じねー」


「・・・・・・」


 華からのジト目が突き刺さる。

 俺は目を逸らし、知らん振りして、たまキャサンを租借した。

 という具合で兄妹のスキンシップはいつもこんな感じである。まあこんなバカ話を言い合えるほど良好ということだ。

 お互い朝食を終えると、俺は皿を洗ってからそろそろ出る準備をする。部屋に戻り鞄を取りに行き、玄関へ向かうと華を呼ぶ。

 ・・・・・・・・・・・・返事がない。

 あれ?


「・・・・・・あ」


 あるはずの華のローファーが無かった。どうやら先に行ったらしい。

 せっかく今日は一緒に登校しようと思っていたんだが、一足遅かった。

 全く華の奴、兄妹で登校がそんなに恥ずかしいのだろうか。もしかすると華は内心『お兄ちゃんといると学校で変な噂されるもん』とか思ってるんだろうか。別に俺は噂なんて構わんがな。あ、でももし華に気になる男がいた場合は、勘違いしてしまい、申し訳ないな。

 ・・・・・・待て華に彼氏・・・・・・だと? そんなもんお兄ちゃんが絶対に許さん!


「・・・・・・行くか」


 今度、華に彼氏はまだ早いと伝えよう。うん。


「いってきます」

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