死神の眷属(白猫)になりました

凉菜琉騎

第一章 死神と白猫

プロローグ

 冥界の女王様に呼ばれたレティシアは、厳かな雰囲気のある玉座の間へ足を踏み入れた。一歩ずつ進んで行くと、女王様が腰掛ける玉座から少し離れた場所で立ち止まると、その場で一礼する。

 この場に訪れたのはこれで2回目。レティシアはこの場所に苦手意識を抱いていた。

 別に一回目の謁見の時、ここで何か女王様に粗相をして怒らせたワケではなく、レティシア自身の気持ちの問題である。この張り詰めた空気、女王様からの冷酷な視線や威圧感が苦手だった。

 そんなレティシアも女王様に似て、冷酷な瞳に人を寄せ付けない独特な雰囲気があると周囲から噂されている。

 だけど、そんな事はない。レティシアは好奇心旺盛で、自分の知らないことを知っていく探求心を満たすことが、楽しく胸が躍るような気持ちになるのだ。それに実は面倒見が良く、一緒に考えたり、教えたり、彼女の意外な一面もある。

 でも今まで一人でいることが多く、ほとんど図書館に籠もって探求心を満たしていたため、誰も本当のレティシアを見てくれる人なんていなかった。だから冷酷で近寄りがたいと噂されるのだろう。

 レティシアの視線の先に女王様の姿が目に映る。

 最初ここに訪れたのは、冥界の学校で優秀な成績を収めたレティシアが主席で卒業し、女王様直々に賞状と身に余る光栄なお言葉を頂いた時だった。

 その時と全く変わらず、女王様の心の中を見透かすような冷たい瞳(死神だから心はないけど)。その瞳を向けられると畏怖の念を抱く。

 さて今回呼ばれた理由に関して、レティシアには思い当たる節がない。学校を卒業してからも魔法の勉強を欠かさず、時には実践で魔法の精度を高めたりして、常に勉強する日々だった。


「レティシア・フォン・ダイヤモンド」


「はい」


 名前を呼ばれて返事をするが、しばらく女王様の口は開かなかった。

 女王様の冷たい瞳がレティシアを映し、時には愛おしそうに微笑みを向けられる。

 その初めて見た表情にレティシアは目を丸くして困惑した。


「貴女には、これから地上に行って、魂をこの冥界に導いてほしいの。これは私達死神の重大な使命よ。だけど・・・・・・優秀な貴女ならきっと問題ないと思うわ。できるわね、レティシア?」


「はい、問題ありません。いつの日か、地上に降り立つ日が来ると思い、魂を回収する方法や魔法の練習をしていました。必ずやこの私が、人間の魂を導いて差し上げます!」


「ふふ、勉強熱心なのね。それは心強いわ」


 地上で人間の魂を冥界に導く重大な使命。

 いつの日か、レティシアも担うと思っていた。まさか卒業して間もないレティシアにそんな使命を頂けるとは思っていなかった。嬉しく思い、僅かに弾んだ声を上げてしまった。女王様の前だというのに、恥ずかしい事をしてしまい反省する。

 それにもう一つ、レティシアの中で嬉しいことがあった。

 それは地上である。

 書物でしか読んだことがない地上には、レティシアの知らない言葉や物など、興味をそそられるものが沢山あるそうだ。いつか行ってみたいと思っていた場所だった。

 これもまさかこんな早く叶う日が来るとは思わなかった。


「あら? 嬉しそうね」


「え? ・・・・・・あ、し、失礼しました」


 どうやら無意識に頬が緩んでいたらしい。

 女王様の前でなんて失礼な事をしてしまったのだろうと再び反省する。

 何だか反省する事ばかり。

 いくら主席で卒業したからって、こんな弛んだ姿を女王様に見せては失礼である。


「別に構わないのよ。貴女が地上に行きたがっていた事を知っていたからね」


「覚えていらっしゃったのですか?」


「ええ。だから貴女にこの重大な使命を与えたのよ」


「あ、ありがとうございます!」


 まさか地上に行きたかったことを女王様が覚えていたとは思わなかった。

 最初に玉座の間に訪れた時、レティシアは地上に憧れて行ってみたい旨を述べた事があった。あの時は我を忘れるくらい、自分の思いを熱心に告げてしまった。話し終わってから、一人舞い上がって勝手に熱弁して、女王様に対して失礼な事をしてしまったと顔を青くしていた。おそらくレティシアの苦手意識となった原因の一つとして、それもあったからだろう。

 しかし、それはレティシアの勘違いであったと再認識する。

 女王様に対して苦手意識を抱いたこと、今このときレティシアは感じなくなった。女王様の瞳は冷たいなどと、そんなの全くの嘘だ。

 だって女王様はこんなにも優しく、慈愛に籠もった目を向けてくれているのだ。

 レティシアは今までの自分を魔法で焼き尽くしたいとさえ思った。

 女王様からの話が終わると、彼女は女王様に一礼をしてから、玉座の間を立ち去った。

 向かう場所は地上へと繋がる門。

 城を出て、しばらく進んでいくと、その門の前まで辿り着いたレティシアはワクワクした気持ちで高揚していた。

 女王様から死神としての重責を頂いたのだから、もっと緊張感を抱かなきゃいけないはずだ。

 だけど緊張感より高揚感の方が勝っている。


「地上、一体どんなところかしら」


 門が開き始め、レティシアは深呼吸してから完全に開かれるまで眺めていた。

 しばらくして門が完全に開ききって、一歩ずつ前へ進んだ。

 そして門の中へ第一歩を踏み入れた。少しの間、中を歩いていると、一瞬にして地上へ転移していた。

 初めて地上の地に足を着いたレティシアは、目の前の光景に息を呑んだ。

 そこは緑豊かな木々に囲まれた広場。中心に噴水が鎮座し、ちらほらとランニングしている人など見かけた。


「ここが地上」


 レティシアの目から映るものは興味を引くものばかり。

 冥界は常に夜のため、朝や昼という概念は存在しない。そのため、燦々と輝く太陽の日に当たることもないし、どこまでも広がる青空を目にしたこともなかった。


「明るいわ。それに眩しい」


 次に目を移したのは、そよ風に揺れ、心地よい音色を奏でる緑芽吹く木。生に溢れて、こんな沢山の葉を見るのは初めてだった。冥界には枯れ木しかなく、死を連想するものばかりで物寂しい感じである。

 ステップを踏んで目移りする景色をレティシアは、女王様に任された重責を忘れて、次々と目に焼き付けていく。

 木々に囲まれた広場の中心にある噴水へ近づく。それを初めて目にするレティシアは何だろうと、中に溜まっている水に手を入れてみた。


「きゃ! 冷たいわ。こんなにも水が溢れて、それに綺麗ね」


 太陽の光に反射する水はキラキラと輝いている。レティシアは水をパシャパシャと、小さな波を起こす。

 そしてしばらく一人ではしゃいでいたレティシアは、地上の空気と照りつく太陽の熱さに体力をどんどん消耗していき、最終的には噴水の縁に項垂れていた。

 気温は朝だというのに30℃を超える暑さに、冥界とは異なる空気に触れているのだ。はしゃいでいれば、徐々に体力が奪われるのは明白だろう。

 顔を上げれば、太陽の光に焼き尽くされてしまいそうで、顔を下に向ける。しかし、顔を下に向ければ、吐き気が催しそうでどっちみちダメだった。

 木陰へ移動できれば、太陽の光を遮って多少は楽になると思うが、今のレティシアに移動する体力も残されておらず、動けなかった。

 ぼんやりとした瞳に映るのはキラキラと輝く水面。


 ーー水の中に入ると楽になるのだろうか。


 そんな事を考えていたレティシアは、迷わず中へ入った。服が濡れる事も気にせず、日の光を腕で遮り、水の中でしばらく大人しくする。


「あー・・・・・・やばい・・・・・・段々意識が、・・・・・・」


 その言葉を最後に意識が途切れた。

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