凝望:我が弟

とおくをみる。


弟と、我が同級生の女子生徒が並行して自転車を漕いでいる様子である。

特に疚しい気持ちで家から付いてきた訳ではないが、この様子はとても奇妙だ。

これから何をするのだろう?今はもう夜になってしまったが、それでも二人きりで標挟などという僻地へ何故に向かうのか。性的な行為を行うのだろうか?いや、それはあり得ないだろう。幼少期から我以外の人間は弟を侮辱...ではなく卑下し、肉体的にも精神的にも犯してきたが、そのストレスを性的な行為によって満たすのはまずあり得ないだろう。向かう理由を「ストレスの解消ではなく解放」に固定するならば、自殺か?それは面白いな。だが、この推測を否定する「弟はマザコン」と「弟にそこまで手伝ってあげる親身な人物がこの世に存在しないという確信」があるから却下だ。

情報が少なすぎてつまらない派生の仕方しか出来ない。


もう少し近づこう。


粘着性があるというより滑らかでどこかクリームを彷彿とさせ、コンクリートの凹凸による痛みを緩和させる為のトマトジュースを道端でで踏んづけてきて正解だった。

されど、足に加える力や体重移動を意識しなければ微々たる音が発生し、加えてその影響で呼吸や関節の動かし方で気配が感じ取られてしまう場合がある。

まぁ、その程度の些細なリスクは我が技術の前では問題ないが。


なにもともあれ、現在の時間帯が「夜」に移行し、虫の音も森に多く木霊している。


母親を正確に誘導させた甲斐もあり、情報収取、渇望する未知への欲求もある程度は満たされるので良いものだ。


美味しいなぁ。


我が身体を意のままに操作し、完璧な動作で二人に接近する。

自転車の車輪の回転音を筋肉の動作、呼吸音の制御のベースとし、上手く重なるように動かす。

この変則的な動きが原始へと帰った真の人を体現するが如く、「母」を感じる。

道具の「母親」ではない。

我ら人間の根源たるモノ(仮)だ。

実際に存在しなくても構わず、唯我が本能が感じ取っていれば全て良いのである。

道具といえば我も道具であったな。

ただ、道具と設定したといっても弟、同級生の女子、男の混沌とした人間性のぶつかり合いを垣間見ることを目的としたものだ。


興奮する。


妄想に耽りながら、凡そ二人との距離が5mの所まで難なく接近した。

何やら雑談をしているようなので聞き耳を立てるとする。


「なぁ、一応同じ考えだから付き合ってるという妄想というか浸り方...?...チープな距離の詰め方って......まぁいいや。というか、何でニヒリストって聞いて同じ考えっていうように至ったんだ?お前ってニヒリストなのか?」

弟はまともに人と会話出来たのか...教育が怠ったのだろうか。


「ワイは能動的なんだ。根っこはそうなんだけど区別が違う。そう聞くなら貴方は受動的なのね。というより、そもそも区別を知らない。貴方は......どちらが自分に近い思う?受動的か能動的か」

この女、一人称がワイとは...学校では私であり、上品な言葉遣いをするのだが。


「前者だ。でもまぁ......場合によってだ。例えばお前に接触した時なんかは違うようだった、なので擬き。少し話題を変える。あの男のロードバイクに大きな機械が付いていたが、あれは何だ?気になって仕方がない」

「あ~補助装置の事ね。道路の影響による反動を軽減したり、ペダルを踏む力や音を軽減したりするのよ」

女の発言を聞くと、弟は何かを勘ぐるように右手に顎を乗せた。

考え事なんて気持ちが悪い。お前は馬鹿のままでよい。


「そういえば、お前のそのトマトジュース。それは開けたのか?」

捻った聞き方だ。やっぱり頭は悪いようだ。安心する。


「ん?飲んでもないし、開けてないわよ」

この女も返し方は滑稽だ。バカップルだろうか。死んでくれないか?


「そうか......」

弟がそう返したのを境に会話が途切れた。


なんかつまんないなぁ。あきた。


追跡を止め、後ろを振り向く。

想定通りにロードバイクに乗った人影が遠くに微かながら見える。

ロードバイクは我が視認した瞬間に止まった様子。

音を立てないように素早く走り、人影に接近し、人影の左肩に手を置きつつ告げる。

「気が変わった。カメラは月曜日の昼間に家に届くように手配しろ」

男はソプラノボイスで小声に返答する。

「利き手が左なので、まぁ右肩のカメラなら乱れずに映せると思う。では」

高い声だが不愛想なのはギャップか。


肩から手を離すと、男は去っていく。


寂寥感がする。家に戻ろう。


・・・あ、足どうしようかな。








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