滑稽な即興デート
夜が嫌いだ。単純に視認出来なくなるものが増加するからである。
あれ程好きな「自然」は見えなくなり、あれ程嫌いな「人間」は見えなくなることで恐怖を増幅させる。
だから、なるべく早くに標挟に到着したかったのにも関わらず、無駄な思考の泥に足をハメられ、このザマだ。
とても怖いが、この状況からは逃げ出してはならない。
現実逃避に区切りを付ける。
兎にも角にも、自分の保身を考えた現状の観察をするのは当然か。
こんな現実世界に侵食してきた魔境なんて妄想したら...
まずは、あの少女と道具。加えて男性と周辺状況。取り敢えず、上手く回転しない頭で考えてみるか。
小説の真似事だ。しかも本格的ではない。
たかが偏差値の低い高校生一人。それぐらいで良いだろう。
そんな言い訳で纏めたくはないが。
最初はあの血痕の付いたスレッジハンマーと少女、付近に男性が倒れているということで少女が殴打したことは何となく分かる。加えて、家を出ていく前に聞いた地方のニュースと道中見かけた金槌を持った女性。単独犯か複数犯か、又は死人が出ているかは知らないが、事件性はアリ。
ただ、この事には興味が無く、非常にどうでもいい。人は何時でも、何人でも死ぬのが世の法則だ。
スレッジハンマーに付いている血痕といっても、ハンマーから血液が下に垂れている状態ではなく、しっかりと付着している。このことから、ある程度は時間が経過していることが理解できる。
更に、少女は虚ろな目をしており、未だに微動だにしない。
根拠は無いが、仮にあのニュースで扱った事件の犯人がこの少女なら、死人が出た出ないにかかわらず、猟奇的だ。
更に、少女が虚ろな目をしている事から、ただの狂人、あるいは薬をやっているなどの経緯や可能性も考えられる。
ただ、
だが、この時間との因果関係を考えるのには情報が少ない為、今は放棄する。
次は男性と周辺状況。
男性は白銀のフルフェイスヘルメットを頭部に着けており、服装は薄い革ジャンにジーパンと初夏にしては暑苦しい服装だ。
ましてや、この装いはバイクに乗るようなものだが、乗っていたと思われるのは自転車だ。
・・・ある意味では一致しているのだが。
フルフェイスヘルメットをよく見ると、周りにはコンクリートを蝕むような、深紅の血液の水溜りが広がっている。
血液は凝固しておらず、言葉が悪いが新鮮だ。
次は周囲に倒されている2台の自転車。
マウンテンバイクは男性の前方かつ男性に平行になるように、ママチャリは佇む少女の左方に縦に...正確には、道路とママチャリが平行にらうように倒れている。
特に破損や傷があるのではないが、マウンテンバイクは塗装やタイヤからしてアスリートが使うような高価さが感じられ...何やら黒い箱の形をした機械がチェーンホイール付近に付いているようだが自転車はあまり詳しくなく、付いている部位の名称が浮かばない。
機械とギアやタイヤの位置関係からして、機械の名称は反動制御装置(仮)のようなものだろうか。
ママチャリには目立った特徴がなく、自分の通学用の自転車と同類の造りであり、自転車に付属する金属製の籠にはトマトジュースの缶が入っており、今にも籠から落ちてしまいそうだ。
ここで現状の確認は終了・・・かぁ。
俺、何でこんな無駄な事をしているんだろう。
当然って誰にとってだ?
確かにこの状況は危険だが、別に自殺を愚行だと軽蔑しても、他殺は許容できるのだろう?
俺は自然が好きなのだから、自然に殺される事なら本望ではないのか?
まぁ、どうでもいいか。
それで済ましたくはないが、時間は時間だ。
行け、行こう。無視すればいい。自然に、好きなように。
面倒くさいんだからさ。
スピードを落としながら、倒れた男性に衝突しないように道路の左端ギリギリを通過する。
「待って」
ある程度は予想はしていたが、位置からして少女の横を通り過ぎる瞬間に声をかけられた。
低めでハスキーな声だが、どこか儚さを感じさせる。
あくまで偏見だが、大抵の人々はたじろいでこの場から逃げ出したり、即座に携帯電話を取り出して救急車と警察を呼ぶのだろうか。
そんな事してこんな鬼女の反感を買うより、見なかったふりをして通り過ぎてから連絡した方がセーフティだ。
右手の親指以外の指でブレーキを引く。
ただまぁ、
「何?」
この加速がついていない状態で全力で自転車を漕いでも、何かを投擲される危険性があるので、無関心を装った不愛想な顔で少女に顔を向ける。
ハッとした時にはもう遅かったが、不意に少女の外見を注視してしまった。
自分がこの女性を少女と初見で判断出来なかった理由である高い身長、台風の雲のように荒れたショートカットの黒髪。そしてある程度接近して気付いた少女の判断材料である童顔とは中らずと雖も遠からずといった顔立ち、少女ならではの丸みをあまり帯びていないボディーラインがしっかりと確認出来る。
少女といっても、高校生ぐらいだろうか。それも同学年ぐらい。
辺りは暗くなっていくが、少女の目には確かに生が籠められていた。
――止めとけ。もう入るな。
――分かった。
ここで中断できた。今日はもうあんな思いをしたり、像を見たくない。
「いや、何ってナニ?ワイ...ううん、私が何をしてたか分かってる?初対面で悪いんだけどさ」
意地の悪そうに少女は履いている黄褐色の値の張りそうなローファーの爪先を、地面にぶつけながら上体をこっちに逸らして聞いてくる
少女の一人称がワイだとは心底驚いた。
「正当防衛」
そう俺は即答する。ここで時間を省くのは無駄だし、恐らく話題を展開させるつもりだと推測されるので、受け答えは素直に手短に。
「ふぅん......で、貴方は何をするの?ここから逃げて通報?救急車?」
と彼女は怪訝そうに聞いてくる。
此方もすぐさま
「どれも行わない」
冷徹に返す。
蜩の声も薄くなりつつある宵にコツコツという少ししっとりした音が少し近くなる。
少女は死相を思わせるような真顔で問いかける。
「へぇ。非情なんだ」
それは違う・・・・・・本質的にはその通りなのだがな。
「どうでもいいんだ、あんまり言いたくはないが。言いたくない理由......分かるだろう?」
この少女の頭のキレに全てを賭ける。
状況こそが前は明るくて、今は暗くなりつつある俺のbetだ。
覚えているだろうか?
音が更に近くなっていく。
少女は引きつったように笑いながらスレッジハンマーをぶらつかせて近づいてくる。
「はは!分からないね。君は変人だなぁ。ペシミスト?それとも」
「はあ...」
これ以上話題を展開させても少女は様々な主義者の種類を当てずっぽうに言っていくだけなので、即座に判断を下し母音を強調したため息で割り込む。
期待外れ......まぁ、単に道化を一貫していることからシンパシーを感じ取っただけか。
何が期待だ、馬鹿馬鹿しい。そんな思考の余力があるなら、自分に期待するべきだ。
無駄な事なら、もっと無駄な事に力を使った方がお得だ。
冷静になると、俺は彼女に対して初めて見た時の表情からは予測の出来ないぐらいに奇妙で馴れ馴れしい感じで、ましてや学校外の見知らぬ人物なので素で対応してしまった......今更繕うのもかえって気分が悪くなるのでやめておこう。
「ニヒリスト.........擬きだ。行くところがあるので邪魔をしないでくれ」
抽象的でいい。少女に線引きを理解させるように誘導する。
他人の道化は本当に面倒くさいからここまでだ、と少女の持つスレッジハンマーを使ってこの道路に標識を打ち込んでやりたい気分だ。
そうすると彼女は残念と好奇心を同時に表しているような中途半端で気持ちの悪い顔をしながら返す。
「擬きね。私の下位互換......と言っても穿ち過ぎる部分を何とかすればなぁ。更には行くところがあると。自さ......それはないか。そうすると標挟に用があるね」
これ程のことを返すとはよっぽど関わりたいのか......
全くさっぱりだ。下位互換とは?この女は何がしたいんだ?
気味が悪い、というか本当に邪魔だ。
次に少女は熱だかなんだか分からないが頬を赤らめて問いかける。
「えーと...ワイ、標挟のアパートに住んでて、今から帰るんだけど...付いてく?」
道化が完全に確定された。今ここではないが、今夜最悪警察沙汰になるだろう。
そこは少女の技量に任せるか。
「どうする?」
少女は至近距離まで近づき、上目遣いで淫靡に問いかける。
「・・・行く」
女性に近寄られた事がないので嫌悪感というよりも条件反射で首を左に逸らしつつ首を縦に振って答える。
決して性的な雰囲気だったので首肯した訳ではなく、もしも俺が拒否するのであれば、そのスレッジハンマーを用いて従わせるという脅しで接近したという理由が読み取れるので従ったまでだ。
この俺の自転車に跨っている状態なら遠くからでもソレを投げれると思うが、あくまでも最初は暴力的に接しないという訳か。
疑似的な情だな。
「分かった!うーんと......夜だけど、デートだね!一応、同じ考えだから...えへへ」
暗がりでも明るく見えるような眩しい笑顔と、照れくさそうな顔で大声を上げる。
特殊なタイプだなぁと一般人は思うはずだ。だが少女のやっている事は完全な道化だと分かる以上、負け犬なタイプだなぁと俺は解釈する。
とはいえ、少女と俺はまるっきりな同類であり......と言っても少女の表面上の発言の中でだが。
ただ、少女の度胸や行動力、感情の上がり下がりが激しすぎる。ベクトルが根本的から真逆なのだ。
俺自身も愚者な一面として、この表か裏かの分からない説明と派生した発言に本当に!心から!シンパシーを感じてしまったのだ。
よって、殺しきれない興奮が泉の如く溢れだし、
「デートって予定立ててやるものだから即興でしょ」
こんな発言をしてしまったのだ。
屈辱的だと分かりつつも、矛盾しているがどこか本当に楽しさを感じさせられた。
元から矛盾しつつ、人として破綻しているのだろうからこれが正しくても間違っていてもどうでもいいだろう。
だから、本当にどうでもいい。
どうでもいいんだ。
もういいんだ。
そういうの飽きてるんだ。
いいんだよ。
俺は旅がしたい。
彼女は俺からたたたと可憐に離れつつ、道端に横たわるママチャリを起こして漕ぎ出す。
俺もそれに合わせて自転車をゆっくりと漕ぎ出す。
目的地は標挟。
横たわる男性は置き去りだが、振り返らなくても十分だろう。
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