第19話 一旦、局に戻ってもイイですか?(前編)
翌日。撮影の準備を済ませた柳瀬Dが一階へ下りると、AD白崎が困った様子で話しかけてきた。
「あの柳瀬さん。テープの残りがあと一本しか無いんですけど……」
「ああ、もう使い切ったのか。さすがにここまでロケが長引くのは想定外だったからな」
ポーチの中に入った大量のテープは、昨日までの撮影でほぼほぼ使い切ってしまったらしい。もしもに備えて二、三日の地方ロケにも耐えられるよう余分に用意していたつもりだが、異世界ロケはあまりに撮れ高が多かった。
「どうします?」
「どうするも何も、カメラが回せないんじゃロケは出来ないだろ」
それに、溜まった素材を編集する必要があることも考えると、ここで一度局に戻りたいところ。
しかし、それをするにはクラリスの力を借りなければならない。次期国王選が一週間後に迫っている状況で、変に迷惑をかけたくないが……。
するとそこへ、フィリップが通りかかり声をかけてきた。
「おはよう、ヤナセ君、シラサキさん。何やらお困りのようだが、一体どうしたのかな?」
「おはようございますフィリップさん。実はですね、テープを使い切ってしまいまして、一度元の世界に戻りたいんですけど……」
柳瀬Dがそう説明すると、フィリップは軽く首を傾けた。
「テープとは?」
そうか、この世界の人にはテープも伝わらないのか。
別の単語で言い換えられないか柳瀬Dが考えていると、先にAD白崎が口を開いた。
「最初の日にカメラって黒い箱を見せたじゃないですか。で、そのカメラには映像を撮影する機能しか無くて、中にテープを入れないと記録はされないんですよ。ほら、これですこれ」
AD白崎は一つだけ残っていた未使用のテープをポーチから取り出し、フィリップに見せる。
「ほう。こんなに小さな箱に声や風景が記録されるのか。異界は本当に技術が進んでいるようだね」
「いやぁ、私たちの世界じゃマイクロSDって薄っぺらい板が普及してて、テープは一昔前の技術なんですけどね」
「薄っぺらい板……。私にはもう想像すらつかない代物だ」
テープをポーチに戻しつつそんな発言をするAD白崎。
当然フィリップにマイクロSDが伝わるはずもなく、彼は戸惑いの表情を浮かべている。
「こら白崎。フィリップさんを困らせてどうする」
柳瀬Dは余計な話をして混乱させるなと新人ADを小声で叱った。
そして、「すみません」とフィリップに一度頭を下げる。
だが、フィリップは優しく微笑んで顔を上げるよう促した。
「いやいや、ヤナセ君が気にする必要は無いよ。私の理解力が足りなかっただけだ。と、そんなことより」
ここで何かを思い出したようにフィリップが両手をパンと合わせる。
何だろうと柳瀬DとAD白崎が顔を見合わせていると、彼はこう言葉を継いだ。
「ヤナセ君とシラサキさんに、大事なお願いがあってね。元の世界に戻りたいという話とも繋がっているから、悪い話ではないと思うよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます