第18話 ご当主様、一つ質問イイですか?

 柳瀬DとAD白崎、クラリスが屋敷に戻った時、すでに日は沈んでいた。

 メイドのロニエとクロエが夕食を用意してくれていたので、急いでダイニングに向かう。


「お疲れ様、ヤナセ君、シラサキさん。クラリスは迷惑をかけなかったかな?」


 フィリップの問いかけに、柳瀬DとAD白崎は手をひらひらと動かして否定する。


「迷惑なんてそんな。むしろ助けてもらった感じです」

「クラリスさんは本当に優秀なので、是非ともヘッドハンティングしたいくらいですよ」


 それを聞いたクラリスは照れた様子で頬を掻く。


 新人ADがヘッドハントとは?

 柳瀬Dは首を捻りつつ、フィリップに視線を戻す。


「そうかそうか、それなら良かった。では、夕食を頂くとしましょうか」


 フィリップが笑顔で言う。

 柳瀬DとAD白崎も椅子に座り、両手を合わせた。


「いただきます!」


 並べられた料理はまるで高級洋食店のメニューのような見た目で、どれも美味しそうだ。

 柳瀬Dはローストビーフを切り分け、小皿に乗せる。


「そちらはジューデンバイク草原で育った牛を使用した、最高品質のロースト肉でございます」


 ロニエの説明を聞きつつ、それを口に入れる。

 すると、甘い脂が口の中に広がり、肉の旨味が一気に伝わってきた。


「うん、すごく美味い……!」


 呟く柳瀬Dに、ロニエは「それは何よりでございます」と微笑んだ。


「シラサキ様も遠慮せず、お好きなものをどうぞ」


 クロエがAD白崎に料理を薦める。

 AD白崎は「う〜ん」と唸り、顎に指を当てて考える。


「そしたらえっと、まずはサラダで……」

「かしこまりました。シラサキ様はお野菜がお好みですか? ご希望ならとっておきのお野菜料理のフルコースをご用意しますよ?」


 クロエがサラダを取り分けながら話しかける。


「いや、別にそこまで野菜好きって訳じゃないので、それは大丈夫です」


 AD白崎が答えると、クロエは不思議そうに首を傾げた。


「そうなんですか? ではどうして、いの一番にサラダを?」

「私、太りやすい体質なんですよ。だからその、最初に野菜食べた方がいいかなって……」

「そうすると、太らないのですか?」

「太りにくくなるって、昔なんかのテレビで見ました」


 クロエは彩りよく盛ったサラダをAD白崎に手渡す。

 そして、そのままAD白崎に顔を近づけ、耳元で囁いた。


「シラサキ様。私も最近体重の増加に悩んでおりまして、後でアドバイスなど伺ってもよろしいですか?」

「了解です。お仕事終わったら部屋に来てください」


 AD白崎が小さく頷くと、クロエは「では後ほど」と少し嬉しそうな表情を見せた。




 食事も終わりに近づいた頃、AD白崎がフィリップにふと問いかけた。


「そういえばフィリップさん。一つ質問いいですか?」

「ん? 何かな?」

「今日の取材で国王選の話が出たんですけど、フィリップさんもそれに関わってるんですよね? 国王選ってどんな感じなんですか?」


 AD白崎の問いに、フィリップは少考してから口を開く。


「まあそうだねぇ。貴族同士で話し合って、立候補者ないし推薦者の中から次期国王に相応しい人物を決めるといったところかな」

「フィリップさんは誰か推してる人はいるんですか?」

「それは……。機密事項とさせてもらおうかな」


 やはり、誰かを推薦するつもりのようだ。

 柳瀬DとAD白崎がクラリスの方を見遣る。


「ご当主様。私にも、教えて頂けないのでしょうか……?」


 クラリスも何かを感じ取った様子で、そんな質問を投げかける。

 しかし、フィリップは申し訳なさそうにこう答えた。


「すまないね。今は誰にも教えられないんだ」

「そうですか……」


 やはりブノワを推薦するつもりなのだろうか?

 柳瀬DとAD白崎、クラリスは三人で顔を見合わせ、不安げな顔を浮かべた。




 柳瀬Dが自室に戻ろうと二階へ上がる。

 すると、階段の先にセリーヌの姿が見えた。


「セリーヌさん、どうしました?」


 首を傾ける柳瀬Dに、セリーヌが手招きする。


「柳瀬殿、早く大書庫室へ。誰かにバレては困る」


 一体何だろう?

 柳瀬Dは疑問に感じつつも、階段を駆け上がり大書庫室へ入る。

 セリーヌは廊下に誰もいないことを確認すると、バタンと扉を閉めて本棚の前に立った。


「国王選の話。柳瀬殿には知っておいてほしい」

「セリーヌさん、何かご存知なんですか?」

「当然。私は唯一の観測者。この世で起きた事象は全て把握している」


 セリーヌはそう言うと、本棚から一冊の本を取り出した。


「フィリップはブノワを推薦するつもりであると、柳瀬殿は考えている。この前提は合っているか?」

「はい」


 セリーヌの言葉に、柳瀬Dはこくりと頷く。


「だとしたら、それは間違い。確かにフィリップはブノワに秋波を送っている。だがそれはパフォーマンス。ブノワは絶対に選出されない」

「そうなんですか? じゃあフィリップさんは誰を推薦しようと?」


 柳瀬Dが声を潜めて問いかける。

 それに対し、セリーヌは静かに首を縦に振る。

 そして、本のページを柳瀬Dに見せた。


「えっ? もしかして……!」


 柳瀬Dは思わず大声を上げそうになり、慌てて口を押さえる。

 そのページには、ある人物の顔写真とプロフィールが書かれていた。


「そう。フィリップが国王に推薦するのはこの人」

「まさか、それ本当ですか?」


 信じられないといった様子の柳瀬D。

 セリーヌは本を閉じ、もう一度首を縦に振る。


「柳瀬殿、この話は誰にも口外しないこと。絶対に内緒だよ」

「わ、分かりました……」

「では、おやすみなさい」

「失礼します。おやすみなさい」


 柳瀬Dは踵を返し、大書庫室から出ようとする。

 その瞬間、ガラガラガッシャンと大きな音が響いた。

 ぱっと振り返ると、セリーヌが本棚から崩れた本に埋もれていた。


「柳瀬殿、助けてほしい……」


 本の山の中から聞こえる苦しそうな声に、柳瀬Dは呆れた表情でため息を吐いた。

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