第16話 実績、アピールしてもイイですか?

 クラリスは柳瀬Dに会釈してから、男性に向き直る。


「それで、今は何をされていたんですか?」


 再び問いかけると、男性は穏やかな微笑みを浮かべて答える。


「市場の視察です。政治に関わる者として、流通や物価について調べていたのです」

「あなたは政治家なのですか?」

「はい。テレート王国貴族院議員、ブノワ・マルティネスと申します」

「ブノワさん……。確か、パラビー条約の交渉を担われた方ですよね?」


 クラリスの言葉に、柳瀬DとAD白崎は顔を見合わせる。

 それが事実なら、かなりの有名人ということになる。


「いかにも。このブノワこそが、パラビー条約締結の立役者でございます」


 自慢げにドヤ顔をするブノワ。

 クラリスはやっぱりといった表情をして、話を進める。


「貴族院議員でありながら、国民の生活も考えていらっしゃるのですね?」

「当然です。庶民が幸福に暮らしていることこそが、ブノワにとっての幸せなのです」


 まるで貴族の鑑のような発言。

 クラリスの後ろで、AD白崎は柳瀬Dにひそひそと囁く。


「日本にもこんな国会議員がいればいいのに。知らないだけでいるかもしれないですけど」

「ま、まぁな……」


 どう返せばいいのか戸惑い、とりあえず曖昧な返事をする柳瀬D。


 そんな会話をしていると、クラリスが初めてあの質問を口にした。


「それは素敵ですね。その辺についても詳しく教えて頂きたいので、もし宜しければ『家、ついて行ってイイですか?』」


 スタッフ以外がその質問をしていることに妙なむず痒さを感じるが、クラリスにとって恐らく人生初の密着交渉だ。失敗してほしくはない。

 祈るように見守っていると、ブノワは眼鏡をクイっと上げてから、こくりと頷いた。


「いいでしょう。政治家ブノワについて、たっぷりと特集して頂きたい」

「ありがとうございます」


 クラリスが頭を下げる。


 ただ、このまま対価を払わずについて行く訳にはいかない。

 柳瀬Dが横から割って入る。 


「すみません、ブノワさん。密着させて頂く代わりにお買い物の代金はこちらでお支払いするって企画なんですけど、ブノワさんは今日は特にお買い物は?」

「はい。こんな所で買い物なんてしません」

「ですよね。そしたらどうしましょうか……」


 困っていると、AD白崎が道を走る馬車を指差した。


「あれってタクシー的な乗り物じゃないんですか?」


 それを聞いて、クラリスはポンと手を打った。


「そうでした! 白崎さんの言う通り、荷運びの馬車はそちらの世界で言うタクシーのようにも使えます」

「では、ブノワさん。馬車の代金をお支払いする代わりに『家、ついて行ってイイですか?』ということで大丈夫ですか?」


 柳瀬Dが確認すると、ブノワは満足そうに頷いた。


「一銭も払わずに馬車に乗せて頂けるなら、文句はありませんよ」

「では、早速行きましょうか」


 クラリスが道端で手を挙げて馬車を停める。

 まず最初にブノワが荷台に乗り込み、続けてクラリスと柳瀬D、AD白崎も乗り込んだ。


「王宮そばの住居区まで」


 ブノワが告げると、すぐに馬車が動き出した。

 石畳の街路からガタガタと振動が伝わってきて、体が大きく揺さぶられる。

 AD白崎は軽く酔っている様子だが、王都内を少し移動するだけなのでここは耐えてもらおう。


「王宮のそばということは、議会に出席されるのも便利そうですね?」

「はい。今度の次期国王選出会議にも出席予定です」


 クラリスはブノワにカメラを向け、インタビューをしている。

 絶対映像ブレブレで使えないだろうな。

 柳瀬Dはそう思っていたが、よく見るとカメラは全く揺れていない。

 あの構え方でどうして?

 だが、その謎はすぐに解けた。


「そういえば君、名前は?」

「えっ? 私はクラリスですけど……」

「クラリス……。どこかで聞いた気がするが、思い出せないな。かなり高位の魔導師のようだが、ティービスとの戦いには参加を?」

「いえ。でも、どうして私が魔導師だと?」

「その機械を持つ手、ずっと魔法を発動させているではないですか。ブノワの目はごまかせませんよ」


 なるほど。魔法で手ぶれ補正をしていたのか。

 しかし、このブノワという政治家は一体何者なのだろう。

 クラリスの身元がバレて、昨日のような事態にならないかと少々不安になる。


「停まってくれ。ここでいい」


 ブノワの指示で、馬車が路肩で停まる。

 柳瀬Dが運賃を支払うと、ブノワは荷台からさっと降りた。

 急いでクラリスと柳瀬D、AD白崎も馬車を降りる。


「これこそがブノワがこだわり抜いた自慢の我が家です。実績をアピール出来るなら、何時間でもお話し致しますよ」


 そう言ってブノワは、広い前庭を進み奥に建つ豪邸へと向かう。


「フィリップさんの家に負けないくらい大きい家ですね」


 呟くAD白崎に、クラリスが小声で言う。


「マルティネス家は貴族院の中でも力が強くて、ご当主様でさえ忖度するほどなんですよ」

「へぇ。そんな人が庶民の味方なら、頼もしいですね」


 するとクラリスはAD白崎に顔を近づけ、より一層声を潜めた。


「白崎さん、騙されないで下さい。あの人は庶民の味方ではありません。自分さえ良ければそれでいい、傲慢で自己中心的な優生思想の持ち主です」


「皆さん、どうされました? どうぞ中へお入り下さい」


 玄関から呼びかけるブノワ。

 クラリスは「すみません」と慌てて前庭を走り、豪邸の中へと足を踏み入れた。

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