第15話 インタビュー、私がしてもイイですか?

 柳瀬DとAD白崎、クラリスの三人は、昨日もロケを行った市場にやって来た。


「白崎、テープチェンジ済んでるか?」

「すみません、まだです」


 柳瀬DとAD白崎のやり取りに、クラリスが声を上げる。


「あの……!」

「どうしました?」


 ポーチからテープを取り出しつつ柳瀬Dが問いかける。


「私、お手伝いしなくていいんですか?」


 クラリスの言葉に、そういえばそんな約束だったなと思い出す。


「別に僕としてはどっちでもいいんですけど、やりたいですか?」


 柳瀬Dは別に無理に手伝う必要はないというつもりで言ったのだが、クラリスは前のめりで大きく頷いた。


「はい、やりたいです。やらせて下さい!」

「あっ、寧ろやりたかったんですね……」


 予想以上のやる気に気圧される柳瀬D。


「私は何をすればいいですか?」


 目を輝かせながら訊いてくるクラリスに、AD白崎が答える。


「そしたら、テープチェンジお願いしますかね」

「てーぷちぇんじ?」


 首を傾げるクラリスに、AD白崎はカメラを手渡した。

 そして、一つずつレクチャーする。


「まずは入ってるテープを取り出してもらえます?」

「えっと、これをこうするの?」


 クラリスが持ち手の横からテープを取り出す。

 ただ、テープと言っても家庭用のビデオテープとは違い、HDCAMテープという放送業務用の特殊なものだ。


「そうです。そしたら新しいのをそこに入れて下さい」

「分かりました」


 AD白崎から新しいテープを受け取り、カメラにセットする。


「そしたらそこ閉めて、三十秒くらいカラーバー入れて回してもらえれば」


 新しいテープに替えると最初が少し撮れていないことがあるので、カラーバーを入れてテープに残しておくのが業界のセオリー。


「……二十九、三十っと。これで大丈夫ですか?」


 AD白崎の言いつけを守り、きっちり三十秒で止めたクラリス。

 カメラを確認し、AD白崎はサムズアップで答える。


「はい、バッチリです!」

「良かったです。失敗してないかずっとヒヤヒヤしてました……」


 ホッと胸を撫で下ろすクラリス。

 その隣で柳瀬Dは、そいつも新人なんだけどなぁ、と心の中で呟いた。


「カメラ、お返ししますね」


 クラリスがカメラをAD白崎に渡そうと差し出す。

 その時、AD白崎がとんでもない思いつきを口にした。


「そうだ。何ならクラリスさんがインタビューしてみます?」


 その提案に、柳瀬Dが慌てて間に入る。


「いやいや、ちょっと待て。ってか何の権限で言ってんだよ?」


 しかし、AD白崎は悪びれる様子もなく言葉を続ける。


「でも、この世界について一番詳しいのはクラリスさんですし。それに、クラリスさんが撮るVも見てみたくないですか?」

「そう言われると、確かに……?」


 素人にカメラを任せるなんて前代未聞だが、それはそれで面白い気もする。

 さすがに他のキー局だとまずいかもしれないが、東京セブンチャンネルならセーフか?


『コンプラばかり気にしていては、面白いテレビは作れない』

 ふと、昨日のセリーヌのセリフが頭をよぎる。

 柳瀬Dは意を決したように深く頷いた。


「クラリスさんには、次のロケを任せようと思います。自分で声を掛けて、密着交渉もお願いします。もちろん僕たちもフォローするので」

「え、いいんですか? そんな大役を私がしても……?」


 別に大役ではないのだけど。

 柳瀬DとAD白崎が笑顔で首を縦に振ると、クラリスはキリッとした表情になった。


「分かりました。やってみます!」


 クラリスはカメラを構え、撮影を開始する。

 後ろから見守るAD白崎が、時折アドバイスや注意を与える。


「タイムコード、気にしておいて下さいね。二、三十分で交換しないとなので」

「そ、そんなに短いんですか?」

「まあ、私も最初知った時は驚きました」


 もはや雑談に近い会話を交わしつつ、インタビュー出来そうなお客さんを探す。


「あの人とかどうですか?」


 柳瀬Dが見つけたのは、派手な装飾が施された服を着た男性。丸い眼鏡をかけ、何やら物色している様子だ。


 クラリスはゆっくりと近づいて、横から声を掛ける。


「あの、東京セブンチャンネルと申しますが、少々お話を伺うことは可能でしょうか?」


 すると男性はじろりとクラリスの顔を見て、冷笑を浮かべた。


「聞いたこともない新聞社だな。底辺の報道機関に用はない」

「新聞じゃありません。テレビです」

「何だって? こっちは忙しいんだ。どっか行ってくれ」


 しっしっと追い払うように手を動かす男性。

 しかしクラリスは諦めずに食い下がる。


「忙しい? 買い物をされてるのではないのですか?」

「あぁ。大事な職務中だ」

「あなたは何のお仕事をされているのですか?」

「ったく、しつこいな……」


 男性はイライラした様子で頭を掻く。

 そして、怒鳴るように声を上げた。


「テレビだか何だか知らないが、お宅には一体どれだけの影響力があるんだ? 言ってみろ! 大して宣伝にもならない報道機関の取材なんて受けないからな」


 クラリスは柳瀬Dに視線で助けを求める。

 柳瀬Dは「ちょっとすみません」と男性に話しかける。


「お前が責任者か? お宅の影響力はどれほどなのか、お前なら分かるだろ?」


 腕を組んで怒りをあらわにする男性に、柳瀬Dははっきりと告げた。


「大体九十万世帯くらいです」


 それを聞いた途端、男性は急に態度を改め、礼儀正しく挨拶した。


「これは失礼。取材、謹んでお受けいたします」

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