第13話 アタシ、家なき子だけどイイですか?
続いて公衆浴場から出て来たのは十二、三歳くらいの少女だった。
服はつぎはぎで、靴もボロボロになっている。貧しい家庭の子なのだろうか?
「すみません。東京セブンチャンネルなんですが……」
柳瀬Dが近づくと、その少女は不機嫌そうにこちらを睨みつけた。
「あ? アタシに何か用?」
「えっと、取材してもいいですか……?」
「はぁ? アンタらに話すことなんて無いし」
取り付く島もない少女の態度に、どうしていいか戸惑っている柳瀬D。
それを見兼ねたAD白崎が、代わりに話しかける。
「お姉ちゃん、ちょっとだけお話ししてくれないかな? 私たち誰かとお話しするまで帰れないんだよね」
すると、少女はAD白崎の顔を見てぼそっと呟いた。
「それどんな仕事だよ……」
訝しんでいる様子だが、少しだけ心を開いてくれたように思える。
AD白崎はその場にしゃがんで、少女と目の高さを合わせる。
「私の名前は白崎麻依。お姉ちゃんの名前は?」
「……ノエミ」
「何歳?」
「多分十二」
多分?
首を傾けるAD白崎に、ノエミが口を開く。
「アタシさ、物心ついた時には親がいなかったんだ。だから大体の歳しか知らねぇの」
「えっ? そしたらどうやって生活してるの?」
「路地裏で貧民同士助け合って、何とか暮らしてる。まあ、アンタらみたいな金持ち貴族には到底理解出来んだろうけど」
「いや、お金はさほど持ってないよ?」
そう返すAD白崎に、ノエミは顔を顰める。
「それ。随分と高そうな機械持ってんじゃん」
カメラを指差すノエミに、AD白崎は「違う違う」と笑う。
「これ会社のだから。自分の物じゃないよ」
「そ、そうなのか……。まあ、そんな気はしてたけどな」
ノエミは強がっているが、その顔は真っ赤になっていた。
「この密着は白崎に任せる」
柳瀬Dの囁きに、AD白崎は小さく頷く。
そして、あの質問を投げかけた。
「ノエミちゃん。私たちね、お風呂の回数券あげるから『家、ついて行ってイイですか?』って企画やってるんだけど、ついて行っていいかな?」
するとノエミは困ったような表情を浮かべた。
「まあ、それ貰えんのは嬉しいし、ついて来んのはいいけどさ。アタシ家無いよ?」
どうしましょう?
AD白崎は一言も発していないが、そんな言葉が伝わってくる。
家が無いのは想定外だったが、ノエミ自身が密着をオッケーしてくれている。
それにきっと、回数券は喉から手が出るほど欲しいはずだ。
柳瀬Dは頷いて、ゴーサインを出した。
「大丈夫。いつも寝てる場所でいいよ」
AD白崎が言うと、ノエミは嬉しそうにぴょんと跳びはねた。
「マジでいいのか? よっしゃあ!」
ノエミがAD白崎から回数券を受け取る。
「これでしばらく風呂には困らないってもんだ。よし、ついて来い。寝床はこっちな」
歩き出すノエミとAD白崎。
その後ろを、柳瀬Dとクラリスは見守るようについて行った。
案内されたのは、ユーワナニシニ川に架かる橋の下だった。
そこには木の板で囲われた空間があり、中に布やら道具やらが散らばっている。どうやらここがノエミの寝床のようだ。
「これ、アタシの家な」
ノエミが囲いの中に入る。
AD白崎は「お邪魔しまーす」と恐る恐るその空間に足を踏み入れる。
「意外と物多いね?」
地面に置いてある物を見ながら問いかけるAD白崎。
ノエミは公衆浴場の回数券を麻袋にしまいながら答える。
「まあな。毛布とか鍋とか、生きるのに最低限必要な道具は揃えたつもりだ」
「夜はそれにくるまって寝るの?」
「ああ。さすがに夜中は冷えるからな」
するとノエミは、毛布を自分の体に被せて実践してみせた。
「ほら。こうすれば外気を防げるだろ?」
ミノムシのように毛布を巻きつけ、地面で丸まるノエミ。
AD白崎はその様子を微笑ましく眺めている。
その後ろで、柳瀬Dは小声でクラリスにこんな質問を投げかけた。
「クラリスさん? この世界にはホームレスの人って多いんですか?」
それに対し、クラリスは少し考えてから答える。
「貧困層の割合自体は少ないとは言えません。でも、ここまで困窮している人はあまりいないと思います」
「国とかは手を差し伸べないんですか?」
「テレート王国は低予算なので。社会福祉政策が大分疎かになってるんですよ……」
つまりノエミは、これからも自力で生きていくしかないということか。
十二歳にして一人で這い上がっていかなくてはならないなんて、いくらなんでも過酷すぎる。
しかし、この世界ではそれが当たり前なのだろう。
日本は恵まれた国なのだと、改めて認識する。
そんな考えを抱く柳瀬Dをよそに、AD白崎のインタビューは続く。
「そういえばノエミちゃん、貧しい人たちで助け合ってるとか言ってたよね?」
AD白崎の問いかけに、ノエミはこくりと頷く。
「言った」
「それってどういう助け合いなの?」
首を傾げるAD白崎。
ノエミはため息を吐いてから面倒そうに説明を始めた。
「簡単に言やぁ物とか情報の交換会だな。いらねぇ物とか拾った物を欲しい物と交換したり、食料とか水が手に入る場所の情報を共有したり。あとは警備の緩い金持ちの家の住所なんかも出回ってる。まあアタシは犯罪に手を染めるつもりは無ぇけどさ。とにかく、アンタらには無縁の世界だ」
「そういうコミュニティのおかげで、貧しい人たちは生きていけるんだね」
AD白崎が憂いを帯びた表情で言うと、ノエミは「そうかもな……」と遠くを見つめて呟いた。
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