第11話 その発言、撤回してもらってイイですか?

 帰り道、クラリスは柳瀬DとAD白崎に自身の境遇について話をしてくれた。


「ハーフエルフって、人間とエルフの悪い所を合わせたようなものなんですよ。寿命は短いし、知能も高くないし。でも、寿命はどうしようもないにしても、勉強すれば賢くなれるし、鍛錬すれば魔法だって使えるようになります。だから私は頑張って、Sランク魔導師になったんですけど……。やっぱり差別とか偏見はそう簡単に無くならないみたいですね」


 自虐的に笑うクラリス。

 しかし柳瀬Dからしてみれば、日常的な会話は成立するし、頭が悪いのかなと思ったことも無い。むしろウチの新人ADの方が馬鹿だとすら思う。


「じゃあ仕事終わりに東京に遊びに行くのは現実逃避的な感じなんですか?」


 馬鹿がまた何か質問している。

 AD白崎の問いに、クラリスは小さく頷く。


「ええ。向こうに行けば蔑まれることはないですから……」


 吉祥寺で会った時、クラリスはモデルのような可愛くて綺麗な女性だった。

 あの見た目なら蔑まれるどころかモテモテになりそうだ。


「だったらずっと日本で暮らしたらどうですか?」


 柳瀬Dが提案すると、クラリスは楽しげな笑みを浮かべた。


「それは良い案ですね。でも、無理なんですよ」

「どうしてですか?」

「あの姿でいるには魔力を使わなければなりません。しかし、向こうの世界には魔力が存在しません。だからと言って元の姿に戻れば、こちらの世界よりも酷い扱いを受けてしまいます……」


「じゃあせめて、誰も見てないところで元の姿に戻ったらどうです? 例えば家の中とか?」


 首を傾げるAD白崎。

 だがクラリスは、そのアイディアに対してかぶりを振った。


「それも難しいですね。向こうの世界で元の姿に戻った時のもう一つの問題。それは感染症です。こちらの世界と向こうの世界では物質の構成が異なります。この体ではインフルエンザでも即死でしょう」


 柳瀬DとAD白崎がこの世界に転移した時、クラリスは『環境に適応させておきました』と言った。

 つまりクラリスの魔法が無ければ、柳瀬DとAD白崎は病に倒れていたかもしれないということだ。


「僕たちにかけた魔法って、どれくらい持つんですか?」


 少し不安になった柳瀬Dが問いかけると、クラリスは微笑んで即答した。


「それは安心してください。私が解かない限り効果は持続します」


 柳瀬DとAD白崎はホッと胸をなで下ろす。

 しばらくして、クラリスが「それに……」と口を開く。


「この世界にはご当主様がいて、クロエとロニエがいて、セリーヌもいる。私だけ別の世界に逃げるなんて、したくないんですよ」


 その目からは想いの強さが感じられた。

 柳瀬Dはこくりと頷く。


「クラリスさんなら、きっと評価を覆せますよ」

「ありがとうございます。柳瀬さん」


 その時のクラリスは、とても清々しい表情をしていた。




 お屋敷に戻った柳瀬Dが二階の廊下を歩いていると、クラリスがすごい勢いで駆け寄って来た。


「ねえ柳瀬さん!」

「何かありました?」

「セリーヌが外に出たって本当?」

「はい。午前中、王都まで案内してもらいましたけど……」


 柳瀬Dが答えると、クラリスは信じられないといった顔を見せた。


「あの引きこもりのセリーヌをどうやって? 何で釣ったの?」


 捲し立てるクラリスに、柳瀬Dは「一旦落ち着きましょうか」と言ってから答える。


「白崎が持ってたライトノベルです。それ見た途端に態度が変わりました」

「らいと、のべる……?」


 首を傾けるクラリス。


「まあ小説の一種です。それにしても、セリーヌさんって普段あの部屋から一歩も出ないんですか?」


 訊き返すと、クラリスは困ったような表情で首をすくめた。


「ええ。セリーヌったらずっと大書庫室で本を読んでるのよ」

「働いたりとかは?」

「お金を得るという意味で言ったら働いてはないかしらね」


 するとその時、横の扉が開いてセリーヌが顔を覗かせた。


「クラリス、柳瀬殿。私は《唯一の観測者》として、ちゃんと世界を見守っている。決して怠けている訳ではない」


 この扉も大書庫室に繋がるのか。これは油断ならないなと感じる柳瀬D。

 その隣で、クラリスはセリーヌに必死に謝っている。


「ごめんなさい。別にセリーヌを悪く言ったつもりはないの」

「私はお金を得る以上に大切な役目を果たしている。働いていないという発言は撤回してほしい」

「分かった、それは無し。セリーヌはしっかり働いてるわ」


「あの、クラリスさん。セリーヌさんってそんなに偉いんですか?」


 二人のやり取りを見ていた柳瀬Dが質問を投げかける。


「まあ、私の保護者みたいなものなので」


 クラリスが答えると、セリーヌが不服そうに呟く。


「私はクラリスを産んだ覚えも育てた覚えもない。監視しているだけ」

「監視? それはクラリスさんが周りから良く思われてないからですか?」


 柳瀬Dが質問すると、セリーヌは首を振った。


「違う」

「じゃあどうして?」


 するとセリーヌは柳瀬Dを睨みつけて、こう言い放った。


「柳瀬殿にも忠告しておく。万が一クラリスに何かあれば、私は世界を滅ぼす。それは柳瀬殿の住む世界も例外ではない」


 バタンと扉が閉まる。


「今、世界を滅ぼすって言ってましたけど……?」


 首を傾げる柳瀬D。

 クラリスは真剣な顔をして、真っ直ぐに柳瀬Dの目を見つめた。


「柳瀬さんと白崎さんが私に関わる以上、この話はしておかないとですね。明日の朝、ダイニングに来てください。白崎さんには私から伝えておきます」

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