第10話 大戦の話、訊いてもイイですか?

「クロードさんのご職業は騎士でしたよね?」

「ああ、そうだ」

「主にどういう任務を?」


 柳瀬Dの問いかけに、クロードが一瞬眉を顰める。


「貴殿は余をご存知でないと?」

「すみません、知識不足で……。もしかして有名な方なんですか?」


 すると、クロードはこう訊き返した。


「十年前、テレートとティービス共和国が争ったことは覚えているな?」

「いや、えっと……」


 首を傾げる柳瀬D。

 それを見て、クラリスが慌てて口を開く。


「ええ、もちろんです。あの大戦は国民全員が苦しみましたもの」


 これはこの国では常識なのだろうか?

 柳瀬Dは話を合わせるようにこくこくと頷く。


「あの時、最前線で指揮を執ったのが余である。国境の町で敵軍と激しい攻防を繰り広げ、多くの犠牲者を出しながらも必死にテレートを守った」

「クロードさん、この国の英雄じゃないですか」

「確かにそう持ち上げる人間もおるが、実際はどうだろうな。かつて番外地と呼ばれたテレートの地位を上げるために戦ったのに、何も変わっていない。それどころか、パラビー協定によってティービスに農産品を献上せねばならなくなった」


 クロードは腕を組み、難しい表情を浮かべる。


 柳瀬Dの後ろで、AD白崎は口元を隠しながらクラリスに質問を投げかける。


「クラリスさん、パラビー協定って?」

「内容としては『テレートとティービスで手を取り合って国際競争に打ち勝ちましょう』って話なのだけど、実際はテレートから搾取するのが目的だと考えられています」

「じゃあパラビーって何ですか? 人の名前?」

「パラビーはテレートとティービスの国境の町で、激戦地となった場所です。終戦後にそこで調印式が行われたからその名前になったんですよ」


 ラムサール条約とか京都議定書的なことか。

 納得した様子のAD白崎。

 後ろの二人の会話は柳瀬Dにも聞こえていたので、それを基にインタビューをする。


「大戦の後も色々あるみたいですけど、クロードさんはティービス共和国に対して何か言いたいことはありますか?」


 するとクロードは酒を口に流し込み、一升瓶をドンとテーブルに置いた。


「言いたいことは山ほどある。だが、今の騎士団ではティービスには敵わない。下手なことは出来ぬのだ」


 大きなため息を吐くクロード。


「テレビで言うのは難しいですか?」

「まあ、そうだな……」


 空気が重たくなるのを感じる。

 国を守る騎士として、これはきっと相当辛いことだろう。

 制作会社が強く出られないのはテレビ局の下請けだから致し方ない気もする。だが、一つの国が隣国に逆らえないというのはさすがに不条理に感じられる。


「せめて対等な立場になれるといいですね」


 柳瀬Dが呟くと、クロードは静かに首を縦に振った。


 その時、クラリスが小声で愚痴をこぼした。


「対等な立場。そうよ、どっちが上とか偉いとか、誰が決めるのよ……!」


 だがその表情は怒りで満ちている。


「クラリスさん?」

「おい、どうかしたか?」


 AD白崎とクロードが心配そうにクラリスの顔を覗き込む。


「大丈夫ですか? 一旦外出ます?」


 柳瀬Dもカメラを止め、クラリスに歩み寄る。

 するとクラリスは、ずっと被っていたフードを勢いよく外した。


「私が大戦に参加してさえいれば、テレートは勝っていたはずなのに!」


 叫んだのと同時に、薄い紫色の髪と少し尖った耳が露わになる。

 クロードはクラリスのその姿を見て、大きく目を見開いた。


「こ、こいつは……! 最底辺種族ハーフエルフのSランク魔術師! 何でこんな所にいる!」


 声を荒げ、憎悪にまみれた顔を見せるクロード。


「クロードさん落ち着いて下さい」

「うるさい! 貴殿らも同種だ、とっとと帰れ!」


「すみません、今日はありがとうございました……!」


 柳瀬DとAD白崎はクラリスを連れて急いで外へと出る。

 広場まで駆け戻り、乱れた息を整える。


「はぁ、はぁ……。クラリスさん、どうしちゃったんですか?」


 AD白崎がクラリスに問いかける。


「しかもクラリスさんの顔を見た途端、クロードさん怒り出しましたよね?」


 柳瀬Dも質問を加える。

 クラリスはフードを被り直し、ぼそりと答える。


「この世界において、ハーフエルフは昔から最底辺の種族と言われているんです。でも、私は頑張って頑張って、最高クラスの魔力を持つSランク魔導師に認定されました。もちろんそれを良く思わない人がいるのは当然です。しかし、だからと言って、対等に扱ってもらえないのはおかしいじゃないですか。力は同じなのに、ハーフエルフって理由だけで大戦に参加出来ないなんて……」


 俯くクラリス。

 柳瀬DとAD白崎は顔を見合わせると、クラリスに優しく微笑んだ。


「確かに差別は良くないと思います。それが大戦に参加出来ない理由にはなりません。だけど、もしクラリスさんが大戦に参加していたら、僕たちとは出会えなかったかもしれません。少なくとも僕たちにとって、クラリスさんは救世主なんですよ」

「そうですよ! クラリスさんが昨日吉祥寺にいてくれなかったら、私たち撮れ高難民になってたんですから」

「撮れ高難民って何だよ……?」

「どうも〜、私たち『尺足らーず』ですっ!」


 ふざけまくるAD白崎。

 ツッコむ気にもなれず呆れていると、クラリスが「ふふっ」と笑った。


「柳瀬さんと白崎さんのおかげで、ちょっと元気出ました。ありがとうございます。あと、さっきは取り乱してしまってすみませんでした。トレダカ、拾い損ねちゃいましたよね?」


 申し訳なさそうに言うクラリス。


「全然大丈夫です。この世界に来た時点で十分過ぎるくらいの撮れ高なので」


 柳瀬Dはそう返して、「じゃあ今日は撮影終了にしましょう」とロケを切り上げた。

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