第9話 お酒、飲んじゃってイイですか?
クラリスにあそこまで頼み込まれて断る理由もないので、柳瀬Dは快く見学を許可した。
柳瀬DとAD白崎、クラリスの三人でロケを再開する。
「あの、すみません。東京セブンチャンネルなんですけど、少しだけお時間大丈夫ですか?」
「ああ、構わないが……。一体何用だね?」
柳瀬Dが声を掛けたのは、屈強そうな大柄で背の高い男性だった。
服には槍が交わったようなイラストの入った記章が付けられている。
「あの人が付けてるの、何のバッジですか?」
後ろの方で、AD白崎がクラリスにこそっと問いかける。
クラリスはそれを見て、口元を隠しながら答える。
「王国騎士団の記章です。それにこの人、先の戦争で最前線に立たれていた英雄ですよ」
「えぇっ!?」
AD白崎は声を押し殺しながらも、驚きを隠せない様子だ。
そんなことは露知らず、柳瀬Dはインタビューを続ける。
「今はお仕事終わりですか?」
「ああ。これから一杯やろうかと思っている」
「ちなみにお仕事は何を?」
「騎士だ。我が名はクロード・ランベール、王国騎士団南方護衛隊隊長である」
「あっ、騎士の方だったんですね。確かに力強そうですもんね」
柳瀬Dは腕の筋肉をしっかりとカメラに収める。
するとそこで、クロードは不思議そうにカメラを指差した。
「貴殿が持っているそれは何かね? 何やらずっとこちらに向けているようだが、まさか武器ではあるまいな?」
クロードの目つきが鋭くなる。
柳瀬Dは慌ててかぶりを振る。
「いえ、これはカメラです。映像を記録するものです」
「エイゾウ?」
「はい。これで撮ったのを編集してテレビで流すんです」
「テレビ?」
怪訝な顔をするクロード。
一歩間違えれば殴られかねない状況に、クラリスが口を開く。
「動く写真が撮れるって言ったらいいのかしら? とにかくそれは取材道具で、決して武器ではありません」
「動く写真か……。貴殿を疑って悪かった。随分と面白い道具を使っているのだな?」
クロードが友好的な態度になる。
柳瀬Dはホッと肩を下ろし、AD白崎から一升瓶を受け取る。
そして、あの質問をした。
「クロードさん。こちらの一升瓶をお渡しする代わりに『家、ついて行ってイイですか?』」
「おおっ! これはなかなか上等な酒ではないか! これをくれるのかね?」
クロードは柳瀬Dから一升瓶を半ば強引に奪い、嬉しそうな笑みを浮かべる。
「ただその代わりに、家の中を見せて頂きたいんですけど」
柳瀬Dが言う。
それに対し、クロードは二つ返事で答える。
「ああ、いいともいいとも。これといって自慢する物もないが、酒を頂いては断れないな」
クロードの後ろを歩く柳瀬DとAD白崎、クラリスの三人。
「いやぁ。それにしても、こんな高価な酒をタダでだなんて、貴殿らは相当儲けているのだな」
前を歩くクロードがちらりとこちらを振り返る。
柳瀬Dは手をひらひらと左右に動かし、それを否定する。
「いやいや。制作会社は下請けなんで全然」
「そうご謙遜なさらず。正直に言ったらどうだ?」
「謙遜じゃなくて、本当に……」
制作会社勤めのディレクターは、局員と比べて圧倒的に給料が安い。
その上、制作会社はテレビ局に番組を流してもらう立場なので、こちらから強気には出られない。いくら番組の視聴率が良くても、ほとんど恩恵は受けられないのだ。
「さて、ここが家だ」
クロードが立ち止まって一軒の家を指差す。
そこに建っていたのは、二階建ての立派な豪邸だった。
「うわ、すごっ……!」
AD白崎が思わず声を上げる。
「ははは。そうだろう? 余が報酬を貯めて建てた自慢の家だ。早く中に入るといい」
「お邪魔しまーす」
柳瀬DとAD白崎、クラリスはクロードの豪邸に入る。
「そうだ。この時間の窓からの景色が格別なんだ。是非貴殿のカメラで撮ってほしい」
「分かりました」
クロードの言葉に、柳瀬Dはこくりと頷く。
二階のリビングに通された三人は、その景色を見て感動の声を漏らす。
「おぉっ……!」
「うわぁ!」
「へぇ……!」
窓の外には、川の水面が夕日に照らされてキラキラと輝いていた。
「王都を南北に流れるユーワナニシニ川。普段は何てことない川だが、この時間だけは宝石のように綺麗に輝くんだ」
その時、一升瓶の蓋が外れる音が聞こえた。
「そして、それを眺めながら飲む酒が美味い」
クロードは酒をコップに移すことなく、豪快にラッパ飲みを始める。
「確かに、こんな風に絶景を眺めながらお酒飲んだら最高でしょうね〜! 私も晴海のタワーマンションとか住みたい……」
AD白崎が羨ましそうにクロードの飲みっぷりを見つめる。
「ふふっ。白崎さんならきっといつか住めますよ。雲を突き抜けるようなうんと高い建物の最上階」
クラリスがAD白崎の肩をぽんと叩く。
するとAD白崎は、何のスイッチが入ったのか謎の宣言をした。
「よし、私決めた! さっさとプロデューサーになって、ヒルズ族になってやる!」
「お? 貴女も何やら壮大な夢をお持ちのようだ。飲みながら語り合おうじゃないか」
その宣言を聞いたクロードが楽しそうにそんな提案を持ちかける。
すでに軽く酔っているのでは?
「あの、クロードさん。その前にもう少しだけインタビューしても?」
柳瀬Dが慌てて間に入ると、クロードは「おっと、すまない。つい酒が進んでしまった」と頭を掻いた。
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