第8話 撮影、見学してもイイですか?
柳瀬Dが台所に目を遣ると、調理道具が多いことに気が付いた。
「ステファニーさん、料理するのお好きなんですか?」
「そうなの。よく分かったわね」
台所にはフライパンや鍋、包丁が何種類も並んでいて、相当なこだわりがあることが窺える。
「ちなみに得意料理とかってあったりします?」
するとステファニーはソファから立ち上がって、台所の棚を開けた。
そしてそこからノートのような物を取り出した。
「これ、私が結婚する前に母がくれたレシピ。色んな料理の作り方が書いてあるのよ」
「ちょっと見せてもらってもいいですか?」
ステファニーがカメラの前でページをぱらぱらとめくる。
肉料理に魚料理、麺料理にデザートまで。
レシピにはこの世界の家庭の味がずらりとまとめられていた。
「煮魚も母直伝ですか?」
「ええ。私も子供の頃から大好きだったわ」
この世界の煮魚はそんなに美味しいのだろうか?
気になった柳瀬Dはダメ元でこんなお願いをしてみた。
「本当にもし良かったらなんですけど、今から煮魚を作ってもらうことって可能ですか?」
いやいや、それはさすがに無理でしょ。
AD白崎は口にこそ出さないが、首をふるふると横に振ってやめとけアピールをする。
だが、ステファニーは「いいですよ」と快諾した。
「えっ、いいんですか?」
自分でお願いしておいて驚く柳瀬D。
「どうせ夕飯に食べるんだし、今から作りましょっか」
ステファニーは台所へと向かい、先ほど市場で買った魚をまな板の上に乗せた。
柳瀬Dは隣に立って、料理の様子をカメラに収める。
「まずは魚を切り身にしておかないと」
手際よく包丁を入れ、あっという間に魚を切り身にする。
「そしたら鍋を用意して、煮汁を作ります。煮汁を先に作るのがポイントよ」
鍋に醤油、みりん、砂糖、酒を入れて火にかける。
砂糖が溶けるまで混ぜ合わせ、水を入れて一煮立ち。
ここで切り身を投入。
「水を入れずに煮ると煮詰まっちゃって辛くなるから、忘れないようにね」
ふたをして、中火で煮ること六分。
切り身を皿に盛り付け、葉物の野菜を添えたら出来上がり。
「これが母から教わった我が家の煮魚よ」
「すごい。ステファニーさんめちゃくちゃ料理お上手なんですね」
煮魚からは美味しそうな良い匂いが漂う。
これがテレビの向こうの視聴者に伝わらないのが悔しい。
「うわ、美味しそー。そのレシピ、後で個人的に教えてもらえませんか?」
匂いにつられたのか、AD白崎も台所へやって来た。
「ええ、もちろん」
「やったぁ!」
子供のように喜ぶADは放っておいて、柳瀬Dは話を戻す。
「きっと修行中の息子さんも、ステファニーさんの煮魚食べたいんじゃないですかね?」
「そうね。いつか剣士になって帰ってきたら、お腹いっぱい煮魚を食べさせてあげるわ」
「その日が楽しみですね」
「それまでに、もっと料理の腕を上げておかないと」
ステファニーは息子が帰ってきたことを想像したのか、少し嬉しそうな表情を浮かべた。
夕方。市場に戻った柳瀬DとAD白崎は、次のVTRについて考えていた。
「そろそろ仕事終わりの時間だよな? 買い物代以外で何か良いのないかなぁ」
「じゃあ先にこっちで高価そうな物買って、それの代わりに『家ついて』とか?」
「高価そうな物って、例えば?」
「前例に倣えば、お酒とかですかね?」
確かに番組では、一升瓶と引き換えに家についていく企画も存在する。
悪くはなさそうだ。
「よし、じゃあ白崎の案採用。まずはお酒を買おう」
柳瀬DとAD白崎は市場の中を歩き、お酒を探す。
だが、ここは異世界なので全く文字が読めない。
容器に入っている品はどれが何やらさっぱりだ。
「うーん、お酒はどの辺に売ってんだろうな……」
瓶や壺を一個一個確かめる柳瀬Dに、AD白崎が言う。
「そしたら私、誰かに聞いてきましょうか?」
「それは助かるけど、誰に?」
「んー。昼間にジュース買った店のご主人とか?」
そういえばこの新人AD、昼間になんか飲んでたな。
「悪いが頼む。いくら見ても全然分からん」
「了解です」
AD白崎は人混みをすり抜け、小走りでジューススタンドに向かう。
体力のある新人は頼りになるな。
「すみません、お待たせしました!」
一分ほどで駆け戻ってきたAD白崎。
なぜかその手には一升瓶が握られている。
「おい白崎。それ……?」
カメラを持っていない方の手で、柳瀬Dがその瓶を指差す。
するとAD白崎は満面の笑みで答えた。
「ジュース屋のご主人に貰いました」
「は? 意味分かんないんだけど? もう一回言って?」
思わず訊き返す柳瀬D。
「だから、ジュース屋のご主人から頂いたんですよ。『一日中お仕事頑張ってるみたいだから、俺の酒で良ければ持ってけ』って」
「じゃあそれ、タダでゲットしたの?」
「はい」
白崎、当たり前の顔して『はい』じゃないよ。
ただ、人の懐に入り込むのが上手な人の方がこの業界では有利なので、意外と将来有望かもしれない。
後輩に抜かれないようにこちらも頑張らなければ。
柳瀬Dは気合いを入れ直し、カメラを回そうとした。
その時、後ろから肩をトントンと叩かれた。
ぱっと後ろを振り返ると、そこにはフードを被った女性が立っていた。
「柳瀬さんと白崎さん、ですよね? ちゃんと合流出来て良かったです」
どこかで聞き覚えのある声。
ちゃんと合流出来て……?
「あっ、クラリスさん。顔がよく見えなかったので一瞬誰かと思いました」
フードを被ったその女性はクラリスだった。
夕方に合流することをすっかり忘れていた柳瀬D。
その言葉に、クラリスは頬を膨らませる。
「確かに顔は見えづらかったでしょうけど、ちょっと酷くないですか?」
「そうですよ。それだから柳瀬さんは彼女が出来ないんですよ」
続けてAD白崎も便乗して余計なことを言う。
「クラリスさん、大変失礼しました」
柳瀬Dはクラリスに頭を下げて謝罪する。
するとクラリスは、にこっと微笑んだ。
「柳瀬さん、今のは冗談です。私怒ってませんから」
「で、クラリスさん? 合流したはいいですけど、ここからどうするんですか? 私たちまだ撮影続けますよ?」
AD白崎がクラリスに問いかける。
クラリスは柳瀬Dの方を真っ直ぐ向いて、顔の前で手を合わせた。
「柳瀬さんが撮影しているところ、隣で見学させてもらえませんか? 絶対に邪魔はしないので。お願いします!」
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