第7話 消耗品、まとめ買いしてイイですか?
「すみません。東京セブンチャンネルなんですけど、今お時間大丈夫ですか?」
「…………」
「すみません、インタビューよろしいですか?」
「いんたびゅー? 難しいことはよう分からん」
「あの、東京セブンチャンネルなんですけど、少しだけお話伺っても?」
「は? それどこの新聞だい?」
インタビューの難しさはどこの世界でも変わらないらしい。
柳瀬Dはカメラを持ったまま、市場を歩き回る。
「いやぁ、これ密着出来ますかね?」
AD白崎がフルーツジュースを飲みながら呟く。
「白崎。出来るかどうかじゃなくてやるんだよ」
初の異世界ロケ。
絶対に撮れ高が欲しい柳瀬Dは、空腹も忘れてカメラを回し続ける。
「すみません、東京セブンチャンネルです。インタビュー大丈夫ですか?」
「ああ、取材ね。いいわよ」
ロケ開始から二時間。ようやくインタビューを受けてくれる人が現れた。
見た目からして恐らく主婦。年齢は五十代くらいか。
「今日は何を買いに来られたんですか?」
「夕飯の食材を。今日は煮魚を作ろうかと思ってね」
「煮魚? お好きなんですか?」
「私というか、息子が」
「あっ、息子さんおられるんですね?」
「いや、今はいないんですけど……」
どういうことだろうか?
柳瀬DとAD白崎は顔を見合わせ、首を傾げる。
すると主婦が、一枚の写真を見せてくれた。
「これ、息子が家を出る前、最後の記念にって撮ったのよ。子供の頃は泣き虫だったのに、まさか剣士を目指すなんて。今でも信じられないわ」
なるほど。修行のために家を出たといったところか。
これは良いVTRが撮れるかもしれない。
柳瀬Dは異世界で初めて、あの質問をする。
「あの、もし良かったらなんですけど。買い物代をお支払いする代わりに『家、ついて行ってイイですか?』」
「家って、ウチまでついて来てどうするの?」
訊き返す主婦に、柳瀬Dは簡単に趣旨を説明する。
「部屋の中を撮ったり、少しお話をさせてもらったりって感じです」
「でも、ウチは貴族でも何でもないよ? 期待するほどのあれはないんじゃない?」
「いえ、こっちは全然構いません」
「そう? じゃあいいけど。文句は言わないでね?」
密着決定。
「お母さん、お名前は?」
「ステファニーです」
「ではステファニーさん、買い物代の方お支払いしますね」
柳瀬Dが財布から金貨を取り出すと、ステファニーは「ちょっと待って」と声を上げた。
「どうせなら、消耗品とかまとめ買いしてもいいかしら?」
「はい、どうぞ」
頷く柳瀬Dに、ステファニーの表情が明るくなる。
その後、ステファニーは夕飯の食材と消耗品をカゴに入れた。
お会計は二、〇三三ゴールド。
「ウチはこっちです」
「じゃあ行きましょうか」
ステファニーの後ろを、柳瀬DとAD白崎がついていく。
「家は市場から近いんですか?」
「ええ、すぐそこよ。ほら」
柳瀬Dがカメラを右に向けると、煉瓦造りの二階建ての一軒家が建っていた。
「素敵なお家ですね」
呟くAD白崎に、ステファニーは自慢げに返す。
「そうでしょう? 夫が仕事を頑張って買ってくれたのよ」
「へぇ、そうなんですね」
「それじゃ、上がってください」
ステファニーが鍵を開け、家の中へと入る。
「お邪魔します」
「失礼しまーす」
柳瀬DとAD白崎も続けて家に上がる。
リビングに通された二人は、一度ぐるりと室内を見回した。
「旦那さんは今お仕事中ですか?」
柳瀬Dの問いかけに、台所で買った物の整理をしていたステファニーが答える。
「ええ。夫は大工で、今日は商業地区で作業があるって言っていたわ」
「ステファニーさんは旦那さんとどこで知り合ったんですか?」
「出会ったんじゃなくて、お見合い結婚よ。私の時代は恋愛結婚は珍しかったから」
柳瀬Dはリビングに飾ってあった家族写真にカメラを近づける。
「こちらの方が旦那さんですか?」
「そうです。もう十年前になるかしら」
「で、隣にいるのが息子さん?」
「はい。その頃はまだ泣き虫な弱い子で……」
それを聞いて、AD白崎が質問を投げかける。
「息子さん、今は剣士を目指されてるんですよね? 最初にそのお話を聞いた時、どう思いました?」
するとステファニーは台所から出て来て、リビングのソファに腰掛けた。
「そりゃもうびっくりしましたよ。私も夫も猛反対。『あなたが剣士になれる訳ないでしょう』って。でも、その時の息子は今まで見たことないくらい真剣な顔で。最終的にはこっちが折れました」
「家を出ていく時、息子さんと何か会話されました?」
「市場で見せたあの写真を撮った後、夫が『成功するまで帰ってくるな』って言ったんです。そしたら息子は、『最初からそのつもりだ』って言って。私はもう信じて送り出すだけでした」
「それから本当に帰ってきてないんですか?」
「ええ、五年前から一度も。いつの間にそんな強い子になったんだか……」
写真を見ながら、少し目を潤ませるステファニー。
ディレクターとして、新人ADには負けていられないな。
とても素敵なエピソードを引き出した新人ADの成長ぶりに感心しつつ、柳瀬Dは他に何か気になる物がないか探した。
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