第4話 夕飯、ご一緒してもイイですか?

「トレダカ? っていうのが何かは分からないけれど、きっとそれが無いと困るんですよね?」


 一階へと階段を下りつつ、クラリスが柳瀬DとAD白崎に問いかける。


「そうですね。それが無いとプロデューサーに怒られます……」

「逆に撮れ高を沢山稼げれば昇進も夢じゃないですけど」

「へぇ。じゃあトレダカってどこにあるんですか?」


 撮れ高が何なのか、クラリスはいまいち分かっていない気がする。だが、この異世界で業界用語を使う機会は二度と無いはずなので、あえて説明は控える。


「意外と近くに転がってることもあります。それこそ深夜の駅前とか」

「つまり私はトレダカ?」

「まあ、そう言えなくもないかもしれないです」


 そんな会話をしていると、大きな部屋に着いた。食事をするダイニング的な部屋だろうか。

 そこには長いテーブルを囲むように沢山の椅子が並べられていて、一番奥のお誕生日席に男性が座っていた。

 どうやらあの男性がご当主様のようだ。


「フィリップ様、このお二方が取材に来られた記者の方です」


 クラリスに紹介され、柳瀬DとAD白崎は畏まって挨拶する。


「夜分遅くにすみません。ディレクターの柳瀬です」

「ADの白崎です」


 するとフィリップは、立ち上がって丁寧なお辞儀をした。


「これはこれは。異界よりよくぞお越し下さいました。私はフィリップ・モナールと申します。お二人のことはクラリスから伺っていますよ」

「それで、ちなみになんですけど、カメラって回しても大丈夫ですか?」


 柳瀬Dがカメラを持ち上げると、フィリップがすたすたと歩いてきて間近でそれを見つめた。


「この黒い箱、一体何に使うのです?」

「映像を撮影する物、って言っても伝わらないですよね……?」


 柳瀬Dが説明に困っていると、クラリスが代わりに説明してくれた。


「お二方の取材道具です。これを使うと声や風景を記録出来るんですよ」

「なんと! 異界にはそんな代物があるのですね!」


 興味津々な様子のフィリップ。

 柳瀬Dは助け舟を出してくれたクラリスに軽く会釈してから、もう一度尋ねる。


「それで、撮影の方は大丈夫でしょうか?」


 その時、部屋にメイド服姿の女性が二人入ってきた。


「フィリップ様。取材をお受けするのは構いませんが、サツエイは避けるべきだと考えます」

「フィリップ様。このご時世、機密情報が漏えいしてしまっては大変でございます」


 急に現れた二人に、柳瀬DとAD白崎は驚いて顔を見合わせる。


「えっと、もしかしてお手伝いさんですか?」


 AD白崎が問いかけると、二人は頷いて答える。


「その通り。私はメイドのクロエです」

「左様でございます。私はメイドのロニエでございます」


 クロエは赤い髪を右側で結び、ロニエは青い髪を左側で結んでいる。

 いかにもコンビといった風貌のメイド二人の進言に、フィリップは少考してから首を縦に振った。


「……確かに、クロエとロニエの言う通りだ。ヤナセ君とシラサキさんには申し訳ないけれど、サツエイは難しいかもしれない」

「分かりました。ではクラリスさんの部屋以外は映さないようにします」

「そうしてもらえると助かるよ」


 柳瀬Dはカメラを床に置いて、本題の交渉に入る。


「それでですね、フィリップさんに一つお願いがありまして」

「ほう、何かな?」

「しばらくの間、僕と白崎を泊めて頂きたいなと思ってるんですけど」


 それを聞いたフィリップは、すかさずメイドに指示を出した。


「クロエ、ロニエ。今すぐゲストルームの用意を」

「了解です」「了解でございます」


 メイド二人が部屋を出て、二階へ上がっていく。

 あまりにあっさりと交渉が成立したので、柳瀬Dは思わず腰を抜かす。


「あの、いいんですか?」

「何がです?」

「だからその、居候させてもらっても」


 戸惑いながら確認する柳瀬Dに、フィリップは笑顔を見せた。


「もちろん。ヤナセ君とシラサキさんは立派なお客様ですから」

「あっ、ありがとうございます」


 フィリップの優しさに感謝し、柳瀬Dはクラリスに体を向ける。


「クラリスさん。今日はもうお疲れでしょうし、インタビューはまた明日にしましょう」

「そうですね、お疲れ様でした。では私は遅めの夕食を」


 するとクラリスはコンビニ袋からおにぎりを取り出し、テーブルに並べた。


「それ、今から食べるんですか?」


 AD白崎が訊くと、クラリスは当然のように言う。


「え? 深夜におにぎり食べないんですか?」

「気持ちは分かりますけど、私は太りたくないから……」


「では、私も一つ頂こうかな」

「すみません、僕も一個いいですか?」


 しかしフィリップも柳瀬Dもおにぎりに手を伸ばし、それを頬張り始める。


「ほら、シラサキさんも是非。お好きな味をどうぞ」


 クラリスが目の前におにぎりを差し出す。


「いや、私は……」

「遠慮しないで下さい。お仕事頑張ったんですから、ご飯食べて回復させないとですよ」

「んー。じゃあこれで……」


 AD白崎は誘惑に負け、ツナマヨを手に取った。


 おにぎりを食べ終えたタイミングで、メイド二人が二階から戻ってきた。


「ヤナセ様、お部屋のご用意が出来ました」

「シラサキ様、お部屋のご用意が出来たでございます」


「ふむ。ではヤナセ君とシラサキさん、ゆっくり休むといい」


 フィリップが柳瀬DとAD白崎に声を掛ける。


「では、また明日よろしくお願いします」

「お先に失礼します」


 二人はぺこぺこと頭を下げながら部屋を出て、メイド二人の案内でゲストルームへと向かった。

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