第3話 しばらくの間、居候してもイイですか?
「それにしても、さっきまで吉祥寺にいたのに今は異世界にいるって、実感湧きませんよね」
AD白崎が草原を眺めながら、そんなことを呟く。
柳瀬Dはカメラを地面に置いて、AD白崎の隣に立つ。
「確かにな。もしこれで全部夢だったら多分ロケする気無くすわ」
「あはは。あんなに頑張ったのに撮れ高ゼロかよっ! みたいな感じですもんね」
「とは言っても、ロケはやらないとしょうがないんだけどな」
柳瀬DとAD白崎は都内の制作会社チェスターマンの社員で、東京セブンチャンネルの局員ではない。
薄給な上に長時間労働が当たり前。おまけにテレビは斜陽産業。
それでもAD白崎のように就職を希望してくる若者もいるので、まだまだ未来はあるのかもしれない。
やっぱりテレビって面白い。少しでも多くの若者にそう思ってもらえるよう、柳瀬Dは深夜のロケも頑張るのだ。
「白崎、せっかく異世界まで来たんだ。絶対面白いVにするぞ」
「はい、そのつもりです!」
底抜けに明るいAD白崎に勇気付けられ、柳瀬Dは再びカメラを構えた。
「すみません、お待たせしました。少々説明に手間取ってしまいまして……」
玄関から出てくるや頭を下げるクラリスに、柳瀬Dは微笑んでかぶりを振る。
「いえ、急に押しかけたのはこっちなので全然」
「では、ご案内しますね。どうぞ」
高さ二メートルはある観音開きの茶色い扉が開かれる。
すると目に飛び込んできたのは、広々としたロビーだった。
床に敷かれた絨毯はふかふかで、踏むのが憚られるほどだ。
そして壁には絵画や彫刻が並べられていて、そのどれもが価値のある作品に見える。
「まずは二階からご覧頂きましょうか。付いてきてください」
ロビーから弧を描いて伸びる二本の階段。そのうち右の階段を上る。
「二階には私の部屋と、あとゲストルームが五部屋あります」
「ゲストルーム五部屋って、結構お客さん多いんですか?」
柳瀬Dの質問に、クラリスはこくりと頷く。
「はい。テレート王国にはモナール家の他にも有力な貴族がおり、貴族間の交流はとても重要なものなので」
「じゃあ王とかもその貴族の中から選ばれる感じですか?」
「貴族の中からってこともありますし、貴族が誰かを推薦することもあります」
「そしたらクラリスさんが王に推薦される可能性も?」
「いえ、さすがにそれは無いと思いますけど……」
二階の廊下を進み、扉の前で立ち止まる。
「ここが私の部屋です」
「入っていいですか?」
「ええ、もちろん構いません」
クラリスが鍵を解錠し、扉を開ける。
室内は白と水色で統一され、綺麗に整理されていた。女の子らしい可愛い雰囲気の部屋だ。
「水色、お好きなんですか? 掛け布団とかアクセサリーとか全部水色で」
ベッドや机の上の小物を撮りながら柳瀬Dが問いかける。
それに対し、クラリスは笑顔で答える。
「そうですね。パステルカラーの中で一番好きです」
「キャラクターのグッズもありますけど。これ日本のやつですよね?」
柳瀬Dが棚の上に置かれたクマのキャラクターのぬいぐるみにカメラを近づける。
「お店で見つけて、可愛かったので。つい衝動買いしちゃいました」
「クラリスさん、日本で買い物する時はどうやって払うんですか?」
「テレートの通貨は使えないので、こっそりバイトして稼ぎました」
恥ずかしそうにぽりぽりと頬を掻くクラリス。
すると、バイトと聞いたAD白崎が横から口を挟んだ。
「魔導師がやるバイトって、やっぱりマジシャンとかですか?」
「いえ。確かにどちらもマジックですけど、魔導師とマジシャンのマジックは違います。なので普通にコンビニとかファストフード店のバイトです」
新人ADのバカな質問に真面目に答えてもらってすみません。
柳瀬DはAD白崎を一瞬睨みつけてから、インタビューを続ける。
「そのバイトって副業的な感じになるじゃないですか? 環境も職種も全く違うお仕事覚えるの、大変じゃなかったですか?」
「まあ、そこは私の魔法で」
「あっ、そこで魔法が出てくるんですね」
確かに魔法があればマニュアルも簡単に覚えられそうだ。
納得した柳瀬Dは、室内を見回して気になる物を探す。
「あの、壁に立て掛けられてるあれって何ですか?」
見つけたのは、先端に紫の宝石が埋め込まれた謎の杖。
するとクラリスはそれを右手に持って、高く掲げてみせた。
「普段は使わないんですけど、他国と戦争になった時の為の武器です。遠隔攻撃魔法の平時の使用は禁止されているので、まともに扱ったことはありませんが……」
「つまりそれが無いと遠隔攻撃は出来ないってことですか?」
「言い換えれば、そうなりますね」
相当危険な物のようで、クラリスはすぐに元の場所に杖を戻した。
一通り話を聞き終えた柳瀬Dは、そこであるお願いをする。
「クラリスさん。もし良かったらなんですけど、この家にしばらくの間泊めてもらうことって可能ですか?」
「ご当主様次第ですけど、多分……。でもどうしてですか?」
首を傾げるクラリスに、柳瀬Dは一言。
「撮れ高が稼げそうなので」
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