第2話 お屋敷、お邪魔してもイイですか?

 五分後、クラリスがコンビニから出て来た。

 その両手にはビニール袋が握られている。


「すごい沢山買いましたね。何買ったんですか?」


 柳瀬Dが問いかけると、クラリスは袋の中身をカメラに見せてくれた。


「おにぎりです。私大好きなんですよ、コンビニのおにぎり」


 鮭にツナマヨ、辛子明太子、昆布、鶏そぼろ……。袋には多種多様なおにぎりが詰め込まれていた。


「そんなに食べられます? 消費期限結構近いですよ?」


 不安になった柳瀬Dが訊くと、クラリスは笑顔で頷いた。


「もちろんです! パリパリの海苔とふっくらしたご飯、それにこだわり抜かれた具材が合わさって……。こんな素晴らしい料理が百円で売っているなんて、この世界の人はずるいです」

「クラリスさん、そんなにおにぎりが好きなんですね」


 AD白崎が言うと、クラリスは「私の国にもコンビニがあればいいのに……」と呟いた。


「ちなみにクラリスさんの世界ってどんな感じなんですか?」


 柳瀬Dの質問に、クラリスは言葉を選びながら答える。


「そうですね……。この世界より、文明レベルは低いと思います。私の国は自然が豊富で、空気も綺麗なんですけど、ちょっと退屈なんですよね。だから私は、仕事終わりにこうやってこの世界に散歩しに来るんです」

「日本のどこが魅力ですか?」

「やっぱり美味しいものとか、可愛いものがいっぱいあるところですかね。それに電車とかスマホとか、便利なもので溢れているところも。とにかく私は、この世界で見るもの触れるものが刺激的で楽しいんです」


 そう言って「えへへ」と笑うクラリス。


「お仕事は確か魔導師?」

「はい、そうです」

「それってどんなお仕事なんですか?」


 柳瀬Dは次々と話を引き出していく。

 そこでふと我に返る。

 このVTR、プロデューサー信じるか?

 慣れというのは怖いもので、話を聞いているうちに当たり前のように異世界人として接してしまっていた。

 ただ、この後異世界まで密着すれば、嘘ではないと証明出来る。

 インタビュー部分は我慢して見てもらおう。


「魔導師にも色々あるんですけど、私はSランク魔導師なので、貴族の護衛をしています」

「ボディーガード的な感じですか?」

「まあ、そんなところです」


 Sランクと言われてもいまいちピンとこないが、貴族に仕えているあたり、かなり優秀な魔導師のようだ。


 クラリスが人通りの無い路地に入り、立ち止まる。


「こっちの世界で魔法の発動を見られたら大騒ぎになりますからね。帰る時はいつもここに隠れるんです。では、準備はいいですか?」


 柳瀬DとAD白崎は顔を見合わせ、こくりと頷く。

 街灯の明かりも届かない真っ暗な路地で、クラリスは魔法を詠唱する。


「神聖魔法第十五術式、転移魔法」


 すると地面のアスファルトが眩しく光り、魔法陣が出現した。

 その魔法陣はゆっくりと上昇し、クラリスと柳瀬D、AD白崎の体をその場から消し去った。




「あの、もう着いてますよ?」


 クラリスの声を聞いて、柳瀬Dが恐る恐る目を開ける。

 徐々に視界が鮮明になってくると、自分が草原の中にいると分かった。

 空には満天の星が輝いていて、冷たい夜風が頬を撫でる。


「お二人の世界と私の世界では物理法則が異なるので、転移と同時に環境に適応させておきました」


 柳瀬DとAD白崎が自分の体を見る。

 だが特に変わった様子はなく、ただ単に環境に合わせてくれただけのようだ。

 その一方で、クラリスの髪は薄い紫色になっていて、耳の先も少し尖っている。


「あの、クラリスさん。その見た目……?」


 転移前と違う姿に戸惑う柳瀬Dに、クラリスは申し訳なさそうに言う。


「すみません、驚かれましたよね? 私、実はハーフエルフなんです」

「あっ、そうなんですね」


 ハーフエルフと言われてもその種族がどういうものなのか知らないので、あっさりとした返事を返すことしか出来なかった。

 本当はもっと驚いたり、喜んだりするべきだったのだろうか?

 今更考えてもしょうがないので、気を取り直して柳瀬Dは再び質問をする。


「ここはもう異世界なんですよね?」

「はい。テレート王国のジューデンバイク草原です。私の住む家はこの草原の先にあります」


 クラリスの言葉を聞いて、AD白崎が口を開く。


「貴族に仕えてるって言うから、もっと都会に住んでるのかと思ったんですけど、違うんですね?」

「ええ。私が仕えているのはモナール家という、代々この草原を管理してきた方々なので……」


 そう答えたクラリスは、石畳の道を歩き始めた。


「お二人は家が見たいんですよね?」

「ああ、はい」


 柳瀬DとAD白崎は遅れないようにクラリスの後ろをついていく。

 五分程歩くと、正面に立派なお屋敷が見えてきた。

 三階建てのそのお屋敷は、端から端まで百メートルはあるんじゃなかろうかという大きさで、白い壁と青い屋根からは気品と荘厳さが感じられる。


「随分と大きな家ですね。豪邸というか宮殿みたいな……」


 カメラで全景を押さえつつ、柳瀬Dが呟く。


「まあ、モナール家はこの国の中でも有名な貴族ですから。ご当主様に撮影許可取ってくるので、ちょっと待っていて下さい」


 クラリスが玄関の方へと駆け出す。


「撮影って概念、この世界にもあるんですかね?」

「さあ、どうなんだろう?」


 AD白崎の疑問に、柳瀬Dは首を傾げた。

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