第5話 王都まで、案内してもらってイイですか?

 翌朝。ベッドで目が覚めた柳瀬Dは、見知らぬ天井に一瞬驚いて、ここが異世界であることを思い出す。

 目をこすりながら部屋を出て、廊下を見渡す。


「あれ、どっち行けばいいんだっけ……」


 廊下は右も左も似たような感じで、どちらが正解か分からない。

 柳瀬Dはとりあえず左に向かって歩き出す。

 だが、しばらく歩くと壁に突き当たってしまった。行き止まりだ。


「じゃあ反対か……」


 踵を返し、元来た道を戻ろうとする。

 その時、扉の奥から物音が聞こえてきた。

 ガラガラガッシャン!

 柳瀬Dはびくっと体を震わせ、扉に耳をくっつける。

 中からはがさごそと何やら音が聞こえる。


「これ、誰かいるよな……?」


 柳瀬Dはノックしてから扉を開け、声を掛ける。


「あの、大丈夫ですか? なんか物音してましたけど?」


 するとそこには、クラリスでもメイド二人でもない、初対面の女性の姿があっった。その女性は棚から崩れ落ちた本に埋もれ、下敷きになっていた。


「そこの者、助けて頂けるとありがたい」

「えっ、ああ、はい」


 柳瀬Dは急いで本をどかし、女性に手を差し伸べる。

 女性は立ち上がると、賢者のような緑色の服についた埃をさっと払った。

 そして、柳瀬Dのことを黙ってじっと見つめる。


「…………」


 どうしていいか分からず、目を泳がせる柳瀬D。

 十秒ほど経つと、女性が口を開いた。


「事情は大凡把握した。柳瀬殿、客人とあらば歓迎する」

「えっと、あれ、僕名前言いましたっけ? それとも誰かから聞きました?」


 急に名前を呼ばれて戸惑う柳瀬Dに、女性は白い髪をいじりながら答える。


「万物を理解し、宇宙の摂理すらも解き明かす。それが私。セリーヌ・ルフェーブル。柳瀬殿についてはたった今知った」

「つまり、さっき見つめてたのは僕を探るためだったと?」


 柳瀬Dが問いかけると、セリーヌはこくりと頷いた。


「顔を洗うのなら廊下の反対側。お手洗いなら一階。それとも私に何か御用でも?」


 そう言って本を棚に戻し始めるセリーヌに、柳瀬Dは散らかった本を拾いながら話しかける。


「ちなみに、ここって何なんですか?」

「ここは三階大書庫室。幻の扉で繋がる隠しフロア。私が許した者しか立ち入れない」

「でも、僕がいたのって二階ですよね?」

「だから隠しフロアなのだと、私は説明した」


 いや、そんな説明は聞いていない。

 口数が少なく、表情も変わらないセリーヌ。

 柳瀬Dが拾った本を手渡しても、無言で棚に戻すだけ。


「すみません、お邪魔しました……」


 会話が続かなくなった柳瀬Dは、お辞儀をして大書庫室を後にした。


 廊下に出ると、AD白崎とメイド二人が立っていた。


「ちょっと柳瀬さん、どこ行ってたんですか? めっちゃ探したんですけど!」

「ヤナセ様、朝食のご用意が出来ております」

「ヤナセ様、本日のご予定は何でございますか?」


 一斉に喋らないでくれ。

 柳瀬Dは頭を掻いて答える。


「いやぁ、ちょっと迷子になった。悪い悪い。それでロニエさん、今日は人の多い場所に行きたいと思ってるんですけど、どこかおすすめとかってあります?」


 ロニエは顎に指を当てて少考し、ぱっと顔を上げる。


「それなら、王都の市場などいかがでございましょう?」




 柳瀬DとAD白崎が一階のダイニングに向かうと、フィリップが昨日と同じように椅子に座っていた。


「おはよう。ヤナセ君、シラサキさん。夜はよく休めたかな?」

「あっ、はい」

「久々に気持ちよく眠れました!」


「そうか、なら良かった」


 フィリップは満足そうな笑みを浮かべ、こくこくと首を縦に振る。

 そこへクラリスもやって来て、椅子に座った。


「おはようございます。柳瀬さんと白崎さんは今日も撮影を?」

「ロニエさんに王都の市場に人が集まると聞いたので、今日はそこで」


 柳瀬Dが言う。

 すると、ロニエとクロエが人数分のパンとミルクを運んできた。


「ヤナセ様とシラサキ様もお座り下さい。朝食でございます」


 柳瀬DとAD白崎は椅子に腰掛け、配膳されたミルクを一口飲む。


「お味はどうかな?」

「美味しいです。めっちゃ新鮮な牛乳って感じです」


 フィリップの問いかけに、AD白崎は微笑んで答える。

 その時、クラリスが時計を見て慌てたようにフィリップに囁いた。


「フィリップ様、そろそろ出発しないと会議が……」

「おお、もうそんな時間か」


 フィリップは急いでパンを口に入れ、それをミルクで流し込んだ。

 立ち上がり、柳瀬DとAD白崎の方を向く。


「すまない。私は外せない用事があってね。困ったことがあればメイドを頼ってもらって構わない」

「分かりました。お気をつけて」


「ごめんなさい柳瀬さん。私もご当主様を護衛しないといけないので。もし今日一日ずっと市場にいるなら、夕方に合流しましょう」


 続けて、クラリスも申し訳無さそうに言い残し、部屋を後にした。


 柳瀬DとAD白崎は、クロエとロニエのメイド二人と共に黙々とパンを食べる。

 最後の一欠片を同時に口に放り、ミルクを一気に飲み干す。


「ご馳走様でした」


 作業に近い食事を終え、柳瀬DとAD白崎は二階に戻りロケの準備を整える。

 そしていざ出発。というタイミングで、重大な問題に直面した。


「で、王都までの道って?」

「私に訊かれても知らないですよ」


 柳瀬DとAD白崎が途方に暮れていると、丁度クロエが通りかかった。


「ヤナセ様、シラサキ様、どうされました?」

「いや、王都までの道が分からなくてですね……」


 それに対し、クロエも困ったように言う。


「私が道案内を、と言いたいところですが、あいにく仕事がありまして……」


 何か良い案は無いものか。

 三人が廊下で唸っていると、いつの間にか後ろにいたロニエが一言。


「セリーヌ様にお願いするのはどうでございましょう?」

「セリーヌ、って誰?」


 唯一彼女のことを知らないAD白崎は、一人首を傾げた。


 廊下を突き当たりまで歩き、柳瀬Dが横の扉をノックする。


「あのー、セリーヌさん?」


 するとセリーヌがガチャっと扉を開けた。


「柳瀬殿。それに白崎殿。用件があるなら簡潔に述べて頂きたい」

「僕たち王都に行きたいんですけど、道が分からなくてですね。クロエさんもロニエさんも忙しいみたいなので、もし宜しければ道案内をお願い出来ないかなと思いまして」

「私も暇という訳ではない。しかし、報酬次第では手伝うこともやぶさかではない」


 真顔でこちらを見つめるセリーヌ。

 報酬と言われても、何も持ってないしなぁ。

 柳瀬DとAD白崎はポケットやポーチの中を探る。

 スマホや財布は論外として、セリーヌが喜びそうな物……。

 そこで、AD白崎が「あっ」と声を上げた。


「何か良いのあった?」


 柳瀬Dの問いかけに、AD白崎はドヤ顔でポーチから一冊の本を取り出す。


「それ、何……?」


 首を傾げる柳瀬D。

 AD白崎はそれをセリーヌに見せつけ、こう言った。


「セリーヌさん。これは日本で大人気のライトノベルです。欲しくないですか?」

「ライトノベル。それは大変興味深い」


 セリーヌはゆっくりと手を伸ばし、それに触れようとする。

 だが、指が触れる寸前、AD白崎はラノベをさっと背中に隠した。


「これは報酬です。手伝ってくれたらお礼に差し上げますけど、どうしますか?」

「分かった。交渉成立。但し、午前中限定」


 柳瀬DとAD白崎は、セリーヌの案内のもと王都へと向かった。

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