第14話 一騎打ち
正面、視界いっぱいに居並ぶ帝国軍は依然として静止したままでいる。
ラティアを攻撃することも、陣を動かすこともなく、留まっている。
ラティアも動かない。雪に着けた膝下にじっとり冷たさが伝わる。
快晴の空はギラギラと青く、まぶしい目を見据えたまま。
視野を展開する敵陣へ、広く、深く。
変化を捉え、見切ろうと。
敵陣に動きは起きない。
日は宙天に高く。
空に雲はなく。
時が経つ。
無風。
敵は動かなかった。
指先が震えだしていた。
ラティアの視線が揺らいでいた。
策の不発が脳裏を過ぎりつつある。
心に不安が広がり、腰を浮かしかけた。
それでいいのかい?
ラティアは、はっとした。
俺なら……
ここにいるはずのない、あの声が心によみがえった。
あの古くさいコーヒーの出がらしみたいなダミ声。
敵軍を前に、たった一人だったラティア。けれど今、あの男が背後に立っているような気がした。背中を、あの男の視線がじっと見据えているような感じがして。ラティアは思い直し、腰を落としていた。
ラティアは待つんだと自身に言い聞かせた。
さらに敵の動きを待った。
突然、侵攻軍の一角から歓声が沸き上がった。
巨大亜人種パンゲアノイドたちの歓声が徐々にひとつにまとまる。やがてそれは大波のように繰り返される、鬨の声へと変わった。ベルトーチカ盆地いっぱいに展開する五十四万人のパンゲアノイド兵が、声をそろえて鬨の声を上げ続ける。天地全てが震えおののくような大音声が轟き渡る。
帝国軍の一角が開く。そこから反重力飛行円盤に仁王立ちしたパンゲアノイドが現れた。円盤、雪面上空を滑るように進む。やがてラティアの正面間近で、音もなく静止した。
「Sクオリファー・ワン・ラティアよ、待たせた」
現れた戦士は昨日のガルデニック・ゴレイだった。
けれどラティアは思わず目を見張っていた。右手に持つ円月刀は血塗られ、その先端にはパンゲアノイドの冑首が突き刺さっている。
ゴレイが円盤から地上へ飛び降りた。体重四百キロを超えるゴレイが着地する。その衝撃でラティアの足下まで地響きが伝わった。
「これは、たった今まで本侵攻作戦の将帥だった者の首である」
ゴレイが円月刀を振り払う。首は血を飛び散らせラティアの足下近く雪面へ、顔を埋めて落ちた。
「この男はあろう事か、戦士の一騎打ちにひるんだ。さらには昨日、帝国本営からの指示とした反陽子爆弾の発射も、全軍のためではなく己が保身であったことが明らかとなった。将帥にあるまじき卑怯者ゆえ、我が首を刎ねた。我が勝者である以上、今は我が全軍の将だ」
パンゲアノイドは科学技術も社会構造も人間に迫る高度な文明を築いている。しかしときに戦慄するような猛々しい蛮風をも示す。まさか全軍の将帥を殺して一騎打ちに出てくるとはラティアも思っていなかった。
「我こそはガルデニック・ゴレイ! この軍の新たな将帥である!」
ゴレイが雷鳴のように名乗りを上げる。
円月刀を雪面に突き刺すと背負う別の剣を抜いた。その青い光沢を帯びる直剣にラティアはぎょっとした。ゴレイの抜き放ったのはガレアの青剣だった。
ゴレイが青剣を正面水平にかざして示す。
パンゲアノイド流の決闘の礼として、己の武器を示す。その刀身はラティアの身長ほどもある大業物だった。しかしラティアが度を失ったのは、大きさよりも剣の持つ魔力だった。ガレアの青剣に切れぬもの無し。物質の硬度・強度に関係なく、魔力で物質の結合を解いてしまう。ガレアの青剣を前に打ち合いは不可能。触れればそれで終いとなる。
ゴレイが身構え、うなるように吐息を吐き出した。腹の底から響いてくるような気炎を上げている。八機甲師団の頂点に立つ軍の将帥と戦う方が、よほどやりやすかっただろう。ラティアと戦うためだけに海を越え、さらには片手間とでも言わんばかりに味方の将帥の首を跳ね飛ばしてきた。その狂おしいまでの気炎、尋常ではない。まして振るう武器はガレアの青剣。
けれどラティアには全人類の未来がかかっている。
「私はSクオリファー・ワン・ラティア! 人類に仇なす者を打ち滅ぼすフェムルトの戦士」
ラティアは戦斧を握る両手を胸元で交差し、自身の武具を示した。そして問うた。
「言葉を! 最期の言葉を聞こう! 伝えるべき誰かがいれば、それを私が伝え残そう!」
「噂に聞く、葬送の礼か。人の生きた証しは、その言葉にこそあると。高貴な気遣い、感謝するぞ機械戦士。だが我には無用。いざ!」
「分かった。お相手……」
突然ゴレイが吼え、青剣がラティアの頭上から落ちてきた。ラティアの目でもその振り下ろす動作を捉え損ねた凄まじい速度だった。
ラティアは反射的に二本の戦斧を頭上で交錯していた。逃げる間がなかった。青剣を受けとめる構えを取らざるをえなかった。しかし、叩き付けるように振り下ろした青剣の圧力に耐えきれない。ラティアは瞬時に片膝を地に落とした。さらに青剣が魔力を発動する。刃から光彩が揺らぎ現れ、交差した接点で戦斧を破断しだした。
その下に死が迫ったラティアの眉間がある。
戦斧が四つに破断すると、青剣は大地まで切り込んだ。
猛然と雪煙が舞い上がる。だがラティアがいない。
ラティアはとっさに戦斧を脇へ引き込むように手放していた。その流しが、斬り込んできた青剣の側面を押し、わずかに軌道を逸らしていた。
雪煙が舞う。既にゴレイの足下へラティアが飛び込んでいた。
その間、コンマ五秒。
ゴレイの右足を両腕で抱え込み持ち上げた。
斬り付けてきたガレア青剣をくぐり、かわす。
自身の右腕を放し後方へ反動をつけて振り、全力で相手膝下へ鋭く巻き込む。
瞬間、ラティアは自身の体を軸に高速回転し、ゴレイの巨体を振り回す。
その巨体を錐揉み状に旋回させ、投げ飛ばした。
吹っ飛ぶゴレイが地響き立てて雪面へ転げ落ちる。
猛然と雪が飛び散る。
平衡感覚を失ったゴレイの右腕へラティアが取り付き、腕ひしぎ逆十字を決めた。
その間、二秒。
「せいやああああああ!」
ありったけの声を張り上げ、背筋力五トンを超える力をかけた。
ゴレイの腕が折れ、ガレア青剣がこぼれ落ちる。
その間、一秒。
ラティアは背を逸らし、反動をつけて背筋力の反発だけで跳び上がる。体をひねり右手一本雪面へ突き、ガレア青剣の方へ自身を跳ね飛ばす。
その間、コンマ五秒。
立ち上がるゴレイの頭脳は戦況に理解が追いつかなかった。ただ反射的に立ち上がろうとしていた。そのときにはラティアがガレア青剣をつかんでいた。
剣が持ち上がる。
雪面水平へ構え奔る。
剣が地を這うようにゴレイの足元へせり上がる。
ラティアが全身を軸に旋回させてゴレイに向かって切り上げる。
ガレアの青剣がゴレイの股から胴、心臓と切り上げる。
喉へ、そして脳天まで真っ二つになった。
カチ上げた青剣の重量に引っ張られ、ラティア自身勢い余って空へと伸び上がり、そのまま後ろへのけ反り倒れた。遅れて二つに割れたゴレイの身体が雪面に崩れ落ちた。
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