第13話 集中砲火
加速するラティアの耳元を風が吹き抜け、ラピスラズリの髪が荒くあおられていく。
疾走するラティアの影が雪面へ投影される。それがビートを刻むエレキサウンドのように激しく震える。
見はるかす山並みの一角から帝国軍が姿を現しつつある。深緑色の蠢く戦陣は白く輝く雪原へシミのように現れ、徐々に広がり、かなたいっぱいに広がってゆく。
ジェットスライダーが一直線に雪原を切り裂き、帝国軍目指して突撃していく。
帝国軍から発砲、一斉にせん光が放たれた。
「ヘキサセルディスプレイ、展開!」
ラティアの脳裏視界に展開するヘキサセルディスプレイの一枚にレーダー画面が映し出された。そこには撃ち込まれた多数の砲弾が光点となって映し出される。
見上げた青空の視野いっぱいに、巨大な砲弾群が放物線を描きラティアめがけて落下してくる。ラティアがジェットスライダーのエッジを鋭く立て、雪面を弾ける。
着弾。爆発。
爆煙が吹き上がる。
ラティアは髪を爆風にあおられるがまま、ジグザグに走行し、飛来する砲弾軌跡を逸れる。
着弾。爆発。着弾。爆発。
ジェットスライダーの走行する周囲は爆炎が次々に炸裂していく。紅黒い爆炎に包囲される間隙をすり抜け、なおも、なおも、加速していく。
着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。
接近を続けるほどに、砲弾は巨大な鉄塊と呼べる巨大弾道弾へと代わっていく。爆発の衝撃波がラティアの身体を宙へ跳ね上げる勢いで揺さぶる。
着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。
正面で爆発、爆風がラティアの身体を吹き飛ばした。
「ラティア指令! ジェットスライダー、滑空出力態勢へ形態変化、出力上げ!」
「マスター・ラティア、了解」
宙に舞ったラティアは身体をひねり姿勢を正す。
ジェットスライダーが補助翼を展開し、ジェット噴射の出力を上げる。
大戦を戦い抜いた愛機ジェットスライダーとともに、ラティアは青い空へ遠く高く、美しい円弧を描いて滑空、着地した。
バウンドに上体を揺さぶられつつ疾走を続け、鋭くかなたを見据える。空を滑空したラティアに対し、帝国軍は地表を走っているはずのラティアを見失い、一瞬砲撃の手が緩んだ。
爆煙から遠のき、吹き付ける風に一呼吸。
火薬の匂いのない新鮮な空気を鼻梁に感じつつ、ラティアが反撃に転じる。
背負ってきた重量一トンのハイパーキャノンを肩に据える。その重量が肩に掛かる衝撃を、膝をわずかに曲げて緩衝させる。
ギア・スーツの肩口にプラズマエネルギー伝送管が開く。ハイパーキャノンからのケーブルを接続、プラズマエネルギーを充填する。
「……エネルギー充填、九十五パーセント……」
エネルギーの注入が進むにつれ砲口が光り輝く。熱を帯びた砲身からの熱線が、ラティアのほほにも焼け付かんばかりの熱を帯びさせる。
「……エネルギー充填、百パーセント」
砲身が高周波音を立てて振動を始め、ラティアの全身をも細かに振るわせていく。
「行け!」
発射の反動で上体が激しく揺らぐ。
虹色のプラズマ光弾が雪原を一閃した。
地表間際を直進したプラズマ光弾は雪面の雪を瞬時に蒸発させる。後にはわずかばかりの灰と赤銅色に溶けた金属塊が散らばっていた。
弾道直線上にいたはずのパンゲアノイド兵一群は、数万度の熱線に消えた。
遅れてヒートアップした周囲の爆薬が連鎖的に誘爆を起こす。
ラティアがプラズマ砲弾を連射し、敵を倒し、陣形にくさび形の破砕領域を広げていく。
しかし帝国軍はラティアの強大な火力に対し、物量で圧倒しようとした。
ラティアへ無数の砲弾が黒雲のように空を覆い尽くし、飛んでくる。
大平原にさく裂音がけたたましくとどろき渡る。
着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。
爆発が連なり、爆煙が渦巻く。
爆煙の中からラティアが跳び出し、ハイパーキャノンを撃ち返す。
直進する前方敵陣は崩れだしたが、それは侵攻軍全体の一角にすぎない。一角が崩れようと全軍は構わず前進を続ける。いや、爆煙が空へ吹き抜けると、雪面に倒れ、あるいはひざまずいていたパンゲアノイド兵も再び目を怒らせ、巨大な剣を地に突き立て次々に立ち上がってくる。身にまとう鎧が割れ、防護服が千切れても、全身を血と泥雪にまみれても、雄たけびを上げて前進してくる。叩けども叩けども、かえって発狂せんばかりに高ぶっていく。
亜人種パンゲアノイドはその巨体に併せて感情量もあふれている。一たび火が付けば獰猛にして濃密な闘争本能が敵を蹂躙せんと暴れ狂う。
殺せ!
世界中に轟かす勢いでパンゲアノイド兵全軍が鬨の声を上げる。
敵を踏みつぶせと前進してくる。
ラティアはそんな狂奔の真正面にいる。
あえて敵の戦意をつり上げていた。天の利、地の利、人の利、全てを放棄した上に、さらに敵の戦意を否応なく高めた。
「ここからは自分の勇気にかかってくる……」
これは、いついかなる状況でも打てる手ではない。あえて敵に絶対的な攻勢の状況を意図的に作り出すことで、ラティアは活路を見いだそうとしていた。
「ラティア指令、ジェットスライダー、推進停止」
着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。
周囲で爆発が繰り広げられる。
ラティアはジェットスライダーのエンジンを切った。
押し寄せてくる侵攻軍を正面に一人相対するように停止した。
彼らの気質を考えれば乗ってくる。
必ずにと、爆発の中でも表情に揺るぎはない。
ラティアはフレームフォンを口元へ引き出す。
敵の全チャンネルに通信を発し、高らかに声を張り上げた。
「名のある者はいないかっ? 私はフェムルト首都防衛師団・師団長、Sクオリファー・ワン・ラティア! 相手になる!」
着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。
周囲で爆発が続く。
ラティアはハイパーキャノンを傍らに置く。
代わりにジェットスライダーに据えてある戦斧一組を手に取った。
腰を落とし、片膝立ちに身構えた。
正面を見据え、じっと動きを止めた。
そこへ一斉に砲弾が殺到する。
着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。
何重にも、猛烈な爆煙に飲み込まれる。
雪がしぶきとなってラティアの全身に叩き付けてくる。
十パーセントしか出力できないプラズマシールドが直撃弾を辛うじて弾く。ギリギリの状況でラティアの身を守っている。
猛炎が吹き荒れ続け、吹き飛ばされかけながら、ラティアはなおその場に踏みとどまる。ひたすらその瞬間が来るのを待った。
着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。着弾。爆発。
爆発が収まっていく。
着弾。爆発。
間断なく飛来してきた敵弾が途切れた。辺りを吹き荒れていた炎と煙が切れ切れに、そして青い空が見えてきた。全身煤にまみれたラティアの口元が、かすかに氷の微笑を浮かべた。
「……来たな」
彼らは進撃を止めた。
突き抜けるような青空の下で、砲撃も鬨の声もピタリと止んだ。
雪原に嘘のような静寂が訪れる。
数を頼み戦闘を楽観視していた帝国兵には余裕があった。
パンゲアノイドは、艦隊戦や戦車戦以外は刀槍を使った白兵戦を好む。銃火器のような飛び道具は嫌い、己の力と力だけをぶつけ合う戦いに酔う。そして今、ラティアは大軍を前にたった一人、火器を置き、戦斧を持って一騎打ちを申し出た。パンゲアノイドの震えるほどに好きな勇気と戦士としての型を見せつけた。
これほどの勇敢な敵に対しては数でなく、同じ勇をもって返さねば恥である。そんな空気が彼らの陣に広まっていったのだ。彼らは今、戦意をたぎらすよりも戦士同士の一騎打ちに関心が移っていた。
一度高ぶらせた戦意が途切れると、再び戦意をたぎらすのは難しくなる。それがパンゲアノイドの心理的な弱点。熱しやすく冷めやすい。その上、敵の戦士をつり出しこれを倒せば、敵の戦意を大いにくじくことができる。
Sクオリファー・ワン・ラティアは人間の思考感情を有する。強大な攻撃力に裏打ちされた高度な心理戦を展開できる戦闘兵器だった。既に敵軍はラティアの思い描く展開通りに停止した。策は半ば成功しつつある。あくまで一騎打ちに勝てば、の話だが。
自らつり込んだ心理戦も自身が一騎打ちに敗れれば水泡に帰す。故障・部品劣化の多いラティアのボディだった。どんなパンゲアノイドでも絶対勝てるとは言い切れない。
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