第10話 そしてまた新しく 【非生産系コミュニティー】の始まり
その後のことを少し。
東郷はあの後、日本をひっくり返す大胆な計画が明るみになって、AIの評価にかけられた。
その結果、莫大な量のマイナスをもらった。具体的には人生10周、農業に朝から晩まで従事しなければいけないくらい。
当然払えないので、強制生産施設に連行されていった。
生きているうちには出てこれないだろう。
工藤先生にも、2000万票を投じた責任で、東郷と同じくらいの量のマイナスが与えられた。
けれど、相当貯蓄を行っていたようで、なお庶民とは一線を画する量のPPを持っているらしい。
この前会ったときには、「これが相模くんの選択なんですね」とスッキリした顔で、高位存在じみたことを言っていた。
また優正が参加させてもらっていた害魚サンドイッチ店は、この街を去ることになった。
池の環境が正常化して、害魚を捕獲する余地がなくなったからである。
彼らはこのように、各地の生態系を正常化させながら旅をしているらしい。
ログインボーナスのように貰える美味しいサンドイッチは、期間限定だったということだ。
優正は勧誘を受けた。「筋がいいから、俺たちと一緒に旅して、環境保全して回らないか?」と、そんな風に。
少し考えた後、それは断ってこの街に留まることにした。
「かなり、立派じゃないか」
優正の目の前には、1つの家が建っている。
テント型の簡易住宅ではなく、かなり本格的な、3Dプリンターで造られた住宅だ。
カタログに載っていた、5人以上がシェアして住めるものの中から、優正がデザイン的に気に入ったものを選んでプリントされたものだ。
同じ形の建物は日本中に、そこそこの数があるだろう。
しかし、これが自分たちのものだと思うと、強い愛着心が湧いてくる。
あの後、日本の社会システムを守った貢献が認められた。
その結果、優正たちには1人に2000万ずつ、計1億PPが与えられることになった。
一攫千金の夢が叶ったということである。
その獲得PPを使って、優正は家を建てることにした。
コミュニティーのメンバー5人でテント村を出て、一緒に暮らすための家だ。
2000万PPでは一等地を買うことはできなかったので、購入できる範囲で生活の便が良さそうな場所をおさえた。
内訳としては、土地6割、建物2割、家具2割といったところだ。
それだけ土地は高かったとも言えるし、3Dプリンターの普及で建築代金が相当安くなったとも言える。
「相模さん、スゴいですね。今日からここが、本当にわたしたちのおうちなんですね。……今更、なんですが本当に住まわせてもらっても良いものなのでしょうか?」
新たな家を見て、その立派さに、口を開けて驚くてまり。
ゆっくりと歩みよってきて、優正に声をかけてくる。
お披露目のために、優正はみんなをメッセージで呼んでいた。
「もちろん。そのためにこの大きさにしたんだ。オレたち仲間だろ?」
「へへっ、そうですね。仲間……いいですよね」
てまりは、本当に嬉しそうな顔をする。
そして、その胸には何か大事そうに抱えられている物があることに、優正は気付く。
「てまり、何持ってきたんだ?」
「ああ、これはですね」
嬉しそうな顔のレベルが上がる。
てまりは「じゃんっ!」と、抱えていたものを優正に見せてくれる。
「みちる先生の最新作、『シャローフェイクの囚人と敵対的生成ネットワーク秘密結社』ですっ!」
「紙の本かっ!? 今どき珍しいな」
それは先日発売されて、優正も電子データでの購入を行った
今どきの本は殆どが電子データ配信なので、紙の本なんてそうそうお目に書かれるものではない。
しかも、かなり豪奢な装丁がなされているように見て取れる。
「なんと、コレ。世界で10冊限定の、超豪華装丁版。オークションで競り落としてきたんです!」
どうだとばかりに、目をキラキラさせているてまり。
だが、優正は聞いた内容から、その素晴らしさよりも、ある1点が気になる。
「えーっと、オークションって、その本はいくらで買ったんだ?」
「1500万PPですね。締め切りの数秒前までは、1000万だったんですけど、一気に500万上げて逃げ切れました!」
「1500万……」
それはつまり、優正の買った土地よりも、てまりの持っている本1冊の方が高いということである。
「てまり、PPっていくら残ってる?」
「えっと、前から欲しかった本を買い漁って、この本を買って、保管のための貸し金庫を10年契約して……。えーと、えーと……」
目が泳いでいる。
「残りは?」
「0です」
頭を抱える。
一攫千金で手に入れたPPをこの期間で使い切ってしまったらしい。
ただ人と喋るのが苦手だからというだけでなく、非生産系には非生産系たる理由があるのだ。
今まで溜め込んできた物欲が一気に爆発されたということか。
「まあ、なんというか、いい買い物だったんじゃないかと思うぞ」
「お恥ずかしい限りです」
しゅんとするてまり。
金銭感覚的にはどうかと思うが、物が残った分いいんじゃないだろうかとも思う。
それに他人の金なので、優正が口を挟みすぎるのもお門違いだ。
「おーい、優くんっ!!!!」
そんな微妙な空気になっていたところに、割り込んでくる愛深の声。
駆け寄ってくる。
その頭には、非常に気になる物が乗っかっている。
「愛深、お前、それは?」
「えへへっ、優くん、どうかな??」
それはキラキラと光るティアラだった。
いかにも高そうに、おそらくはダイアモンドが、各部にあしらわれている。
「そうだな、可愛いんじゃないか。結構、かかったんじゃないか?」
「優くんっ!! 可愛いって!! やった、可愛いって言われちゃった!! エステにも言ってきて、自分を磨いてきて良かったっ!!!!」
「お、おう」
それ以上は聞けそうにない。
けれど、多分全部使ってしまったんだろうな。
「おー、いい家じゃんかあ。ペロペロ」
次は姫華が、棒付きのキャンディを舐めながらやってきた。
姫華の消費欲は、お菓子に向いている。
流石にお菓子で、この期間に2000万PPを使い切るのは無理だと思いたい。
「姫華、お前は後どれくらいPP残ってるんだ?」
「ないぞ」
無いのか。マジか。どうやったんだ?
「アタシ、宵越しのPPはもたない主義なんで」
「ちなみに、どうやって使ったんだ?」
「超高級おかしの定期購入1年分とか。月のはじめにやってくるみたいなんだけど、今からたのしみなんだよなっ!」
なるほど、長期スパンの定期購入を大量に登録することで、お菓子であっても大量のPPを一夜にして消費することができたらしい。
「あ、相模さん。今日から、ここがボクたちの新しい家なんですね」
「陣内、お前は……当然無いよな」
「なんだか、少し気に障る言い方ですね」
「でも、もうカジノで刷って、PP残ってないだろ、お前?」
「当然じゃないですか」
ということで、合計1億あったPPは殆ど0となり、優正たちはまたPPの無い数日前と同じ状態になってしまったらしい。
「今日から、また美味しくない配給食だな」
「まあまあ、みんなで食べれば美味しく感じますよ、きっと。わたしは嫌いじゃないです」
「それもそうだな」
所持金としては、また振り出しに戻ったことになる。
けれど、信頼できる仲間を作ることができた。非生産的だけど。
この家で一緒に、また新しく1から始めていこう。
それぞれの消費のために、協力してPPを稼いでいく、互助コミュニティー。
非生産系コミュニティーを。
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