第8話 夢はでっかく日本征服!? 【イキリクズ】少女の怠惰な野望

「よしっ! じゃあアタシがかんがえた、最強の稼ぎ方を発表しちゃうぞっ!!」


 姫華ひめかが、自信満々で発言する。

 彼女の普段の言動から考えると、不安しか覚えない。


 そもそも、今夜の集まりは、日本に危機を起こそうとしている男性の企みを暴くための話し合いになるはずだった。

 そのために、食いつきが良さそうな『一攫千金のチャンス到来』などという、誇大広告気味な文章から始まるメッセージをグループに送ったのが1時間前。

 昨日までの非生産的な議題しかない集会に持ち込んだ大きな話題。

 当たり前のように全ての時間が使われるものだと思っていた。


 けれど、姫華がそのメッセージに対して返してきたのが、『アタシも一発逆転のほうほうかんがえたぞ!』というものだった。

 優正は即座に、やんわりと今日はこちらを優先してくれというメッセージを送った。

 しかし、姫華としては非常に自信があるらしく、譲らなかった。

 優正のテント――いつの間にか集会場と化している――に入ってきたときも、話したくてたまらなくて、ウズウズしている様子が見て取れた。

 しょうがないので、早めに吐き出してもらうことにした。

 というわけで、今夜の集会は姫華の提案から始まることになった。


「思いついて半日間、ついにこのときがやってきた!!」


 すっごい気が短そうな発言だ。


「全てを過去にする最強理論を、このアタシがみちびきだしてやった!! 聞きたいか? なあ、聞きたいか??」


 随分と勿体ぶってくる。

 優正の心の本音としては、とっとと済ませてほしい。


「アタシがっ! 間違えた。アタシたちだけがっ! 無限のPPをつかえて、いつでも美味しいおかしをたべることができる最高の、一発逆転のほうほう!! 何だと思う?」


「うえっ?! わ、わたしたちで、お菓子を作って売って、その余りを食べるとかですか?」


 急に話を振られたてまりが、思いつきで平和そうな案を返す。

 それに対し、「ちっちっちっ」と顔の横で人差し指を振る姫華。


「確かにちょっと興味のある案だけど、1種類のおかしだけではあきてしまうから却下だね。今回の提案は、そんなちゃちなもんじゃありませんっ! そのほうほうとは……」


 てまりが、ごくりと息を飲む。

 愛深あみが、手元で爪の様子を気にする。

 陣内じんないが、あくびをしそうになっている。

 優正は、話の進まなさにちょっとイライラしている。


「ルールを書き換えちゃえばいいんだよ! 日本のみんながかせいだPPの半分が、アタシのもとにくるようにしちゃえば、ねてても無限にPPがふえていくのですっ!」


 さも名案のように、やはり突拍子もないことを発表する。

 こんなことに貴重な時間が奪われていることに、ため息が1つ漏れる。


「相模、なんか文句がありそうなかおだな、おまえ?」


「いや、普通に考えて無理だろ。今更、この社会の根幹をなすPPのルールを変えれるわけないだろ」


「なんだ、おまえ、しらんのか? ルールは変えれるんだぞ」


 優正のもっともな指摘に対して、それでも食い下がってくる、どころか反対に優正の間違いを指摘しようとしてくる姫華。

 何か変な抜け穴を見つけてたらしく、知識マウントを取ろうとしてくる。


「ひひっ、ほうほうおしえてほしいか? 言わないでおこうかなあ?」


「いや、喋らないのなら、このまま次の議題に移ろうと思うが?」


「わーずっこい。言います。言います!」


 慌てた姫華は、手元でなにがしかのアプリを、チョチョイといじった後、この場の全員に画面の共有申請を送ってくる。

 許可ボタンを押した優正の瞳に飛び込んできたのは、1つのwebページだった。

 そのページには、何かの情報がビッシリと並んだリストが表示されている。


「生産性評価AIアルゴリズムの変更提案?」


 と、ページのトップに書かれていた。


「どうだ、スゴイだろう? ちゃんとルールをかえるほうほうは用意されてるんだぞ!」


 ドヤってくる姫華。

 それを横目に優正は、そのページについて調べていく。

 日本の公的機関の公式ページであることを、ページの情報から確認。

 ページのタイトル部分から検索に引っかかりそうな単語を拾って、ネットでサーチにかける。

 その結果、確かにそういった制度が定められていることを知る。

 いわく、AIが政治のトップになることによる危険に対するストッパーとして、アルゴリズムを昔ながらの多数決により変更する手段を、移行のタイミングで残しておいたらしい。


「はへぇ、こんなのがあったんですね」


 てまりがこう言ってしまうくらいには、非常に影の薄い制度だ。

 優正の、政治制度が切り替わったタイミングの記憶を全て掘り起こして、そう言えばニュースで1回くらい見たかもなくらいのモノ。


「興味ありませんでしたけど、上手く使えば円とPPの交換時の税が減らせたりするんでしょうか?」


「私も、こういうのは知らなかったな。政治の分からないことは全部、委任しちゃってるからね」


 陣内と愛深も同調する。

 それもそのはず、リストを眺めていくとイタズラのような投稿がほとんどである。

 そして、履歴をさかのぼってみて気付く。


「1つも成立してないんじゃ、ニュースにもなんないよな」


 過去8年間、無数の提案がされながらも、その中の1つたりとて成立していない。

 それだけ今のAIのアルゴリズムが、平等的な意味で完成度が高いことを表している。

 そして、成立に至るためのハードルが高すぎることが人々の記憶から消えるのに拍車をかけていたようだ。


 必要なのは、投票を母数としたときの過半数ではなく、日本人口の過半数。

 つまり、10人だけが投票して、その10人全員が賛成だったとしても可決には至らない。

 現在の日本の全人口約6000万の半分なので、3000万程度の賛成が必要になる。

 多くの日本人は、イタズラがほぼ全てを占める提案リストを逐一チェックするほど暇じゃないので投票すらしないから、その膨大な数は集まるわけがない。

 一応、5%の賛成票が集まったら強制投票のステージに上がれるらしいが、それだって300万票必要で、いままでなし得ていないのだ。


「えーと、それでお前は、この妄想投稿フォームにどんなモノを載せるつもりだったんだ?」


「よくぞ聞いてくれたな!」


 威勢だけは良いが、とんだ無理ゲーだとネタが割れているので、苦笑しか出てこない。


「みんながPPを稼ぐとき、その50%がアタシの残高にふりこまれるように、AIのアルゴリズムを変えるんだよ!」


 せいぜい1%でもたくさん集まれば理論かと思ったが、半分持っていくように変えようとしていたらしい。

 いくらなんでも強欲すぎないだろうか……。


「さて、この話はこれくらいにしようか……」


「まてまてー! 今アタシのことバカにしてる顔してるけど、おんなじようなことかんがえてるのはいっぱいいるんだからなー。たとえば……」


 そういって、姫華がAIアルゴリズム変更大喜利ページから、1つの案をピックアップし、その詳細画面を共有表示する。


「わー、確かにコレはかなりひどいわね」


 愛深が思わずそんなことを口にしてしまうほどに、それは無茶苦茶な投稿だった。


「姫ちゃんと同じで、全体から半分を回収するって書いてますね」


「まさにっ! わたしはそれを見たから行けるとおもったんだよねっ!」


 姫華にトンチンカンな提案をさせるに至った、そのトンチンカンな投稿の内容を要約すると以下のような感じ。


 日本人全体で発生したPP生産ポイントの半分を1度ひとところに集める。

 今、日本の中で、必要不可欠な消費的行動が行えていない者たちへ、格差解消のために再分配する。

 その配分は、新たに分配委員会を作って、そこで決定する。

 分配委員会の初代委員長に、この投稿者がなり、指名式でメンバーを決める。

 これによって、現在発生している高生産者と低生産者の格差をなくすことが目的。


「ごちゃごちゃ書いてるけど、この……おっさん? が、PPの流れを自由にしたいだけじゃねえか。勝手に配分決めれるんなら、自分の懐に100%ぶちこんでもOK。って、それは姫華と言ってること変わんねえな」


 優正は、この案の提出者の名前が『東郷とうごう祥一郎しょういちろう』という中年男性であることを確認。

 世の中には、楽して金儲けしたいこのようなヤカラがいるのだなと、あざ笑う形で内容を批評する。


「あーでも、ボクはこの人の案が実現するなら、賛成票入れちゃうかもしれませんね」


「陣内、お前マジで言ってんのか?」


「ええ、だってボクみたいなPP稼げない人は分配してもらったほうが、貰える分量多いですし」


「って言っても、さっきも言ったけど、このおっさんが全額横領するかもしれないんだぜ?」


「そうなるかもしれませんが、ボクとしては別に特段マイナスは発生しませんし。なんなら、ここの皆さんは、月々配って貰った方がプラスになるかもしれませんよ。一応、配分は完全自由ではなくて、貧困者に優先的に配られるシステムになっているみたいです。ほら、一定水準以下の生産者から徴収したPPは100%そのまま返還と」


「確かにそう書いているが……」


 このAIアルゴリズムの変更は、現在の社会システムのあり方の全否定に他ならない。

 全体の生産性が最大値になることが、繁栄につながるという根底の元に作られた社会システム。

 それが、AI生産主義社会なのだ。

 再分配によって、格差を無くしてしまうと、底辺層はもはや生産性の向上を図ろうとはしなくなってしまう。

 確かに、この変更案が通ってしまうのなら、世界はひっくり返って、優正たちのような低生産者が裕福な生活を送れるようになるかもしれない。

 けれど、そんな理屈は飲み込めない。

 優正は、AIを活用することによって、これまでの資本主義社会が変わろうとする流れをリアルタイムで見てきたのだ。

 それは努力での逆転なき世界から、正当な努力が裕福さに変換される正しい方向への変換だと、あの時の日本全体が信じていた。

 当然、優正もその1人だった。

 だからこそ、こんな時代を逆行するような提案が通った先のことなんて、想像さえ付かない。


「もうやめよう。こんな提案、通るわけないんだから、これ以上話し合ったって時間の無駄だ。日本のシステムを根本から変えるなんて、こんなバカげた話……」


 その時、ふと口から出た言葉により、優正の脳裏を工藤先生の言葉がリフレインする。

 

 『日本が変わってしまうという警告』

 『ある男性が、今の日本のあり方に異を唱えて』

 『日本のシステムを根本から変える』

 

 それは、現在のAIの存在が根本にある社会でいうと、例えばAIのアルゴリズムが変わってしまうような……。

 そう例えば、この提案が通るようなことがあれば実現されてしまう。


「そんな、まさかな」


 とは言え、気付いてしまったからには、調べずにはいられない。


「この投票っていうのは、1人に付き1票なんだよな?」


「ああ、そうみたいだぞ。アタシは確認してきたからな」


「愛深、さっき政治のことは委任してるって言ってたよな? この投票も委任ってできるのか?」


「優くんっ!! 頼ってくれてありがとう!! ちょっと待っててね。そこらへんは適当だったから知らないんだけど、今スグ調べちゃうからね!!」


「お、おう……」


「あ、相模さん、委任ですけどでき――ひっ! ……あわわ、なん、なんでもないです……」


「優くんっ!! 調べてきたけど、この変更の投票も私は委任してたよっ!! 委任できるみたい!!」


「あー、ありがとうな」


「うんっ、今度も同じようなことがあったら、任せてね!!」


 途中、先に調べてたてまりに、愛深がスゴイ睨みを効かせて、しずしずと下がっていく場面があった。

 けれど、知りたいことが知れた。

 思ったとおり、この社会の根幹に関わる投票も委任が可能らしい。

 だとしたら、調べないといけないことがある。


「ええと、委任を含めた個人の持ち票数ってのは…………ここかな?」


 目的の情報は思いの外、簡単に見つかった。

 誰が誰に委任しているかは、公開情報になっていて、それを元に集計したサイトがあった。

 そして、そこに載っているであろう名前を上からなぞって探していく。

 すぐに見つかった。


「てまり、コレ見てくれ」


「あ……相模さん、何でしょうか? アミちゃんを優先していただいた方が良いのではないかと……って、これ本当ですか?」


 優正が共有したページ。

 そのトップに表示されている名前は『工藤くどう秋水しゅうすい』。

 そして、その横に並んでいるのは、AIのアルゴリズム変更提案に対する持ち票数。

 8桁。

 そして、先頭の数字は『2』。

 つまり、


「これが、メモの2000万の正体だ!」

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