第6話 互助コミュニティーの設立 【非生産的】な奴らは惹かれ合う

ゆうくん、その女は誰なの??!!」


 優正ゆうせいとてまりが、軒先お隣さん会議を開いていたところ、すごめの形相の愛深あみが襲来する。

 てまりは勢いに押されて、慌てて優正を盾にして隠れる。


「彼女は、ただの友人だ」


多田野ただの友人ゆうじんちゃん、って言うのね??」


「いや、友人は間柄のことで、名前は仲川なかがわ照茉莉てまりだ」


「そう、てまりちゃんって言うのね。それで、てまりちゃんは優くんの何なの??」


「いや、だからただの友人だと……」


「優くんは黙ってて!! 私はてまりちゃんに聞いてるの」


「お、おう」


 愛深の圧力に気圧されつつ返事。

 優正の影に隠れるてまりの肩をポンと叩いて、大丈夫かと確認する。

 こくんと頷いたので、優正はその場をゆっくりと退いて、てまりと愛深を対面させる。

 てまりの膝がガクガクと震えている。あまり大丈夫では無さそうで心配になる。


「そ、そのぅ、ごめんなさい。わたし相模さんに、そういう関係の人がいるって思ってなくてですねぇ……」


「そういう関係って????」


「あひっ……」


「『あひっ』じゃなくて、何なの??!!」


「えっと、その、恋人さんなんですよね? すみません、相模さんとは読書の趣味が合うお友達として良い関係を築ければと思っていたんですが……。恋人がいる中、ただの読書友達とはいえ、わたしみたいな変な女が近づいてきたら、気分を害しますよね。本当にすみません」


 大いに勘違いをしながら、特に謝らなくてもいい事柄について、てまりがガクガクの膝でこくりこくりと謝罪を行う。

 その言動に、思わず愛深が一言。


「優くん、てまりちゃんってスゴくいい子ね」


「そうだな」


 いや、本当、生きづらいくらいに。


「ゴメンネ。てまりちゃん、脅すみたいになっちゃって。私と優くんが、その、恋人……きゃっ! になるのは、もうちょっと後のこと何だけど。そうよね、友達関係まで縛っちゃうのは、良くないよね。これからも、優くんのことよろしくね。それで、もし良かったら私とも友達にならない?」


「うえっ……えっ、はい。その……よろ、よろしくおねがいします」


「うん、これからよろしくね、てまちゃん」


「てっ、てまっ、うぃっ、はいっ」


「私のことも、愛深ちゃんって気軽に呼んでね」


「わっ、はいっ。ア、アミちゃ……さん……」


 このようにして、思わぬ形で新たな友情が芽生えたのだが、元はと言えば優正たちの住居に愛深がやってきたのが話の始まりだった。

 そして彼女が、ここにやってきた用件はというと、一言でいうと次のような内容だった。


「近くに引っ越して来ました。これからよろしくね、2人とも」


 彼女は優正に言われた通り、他人に迷惑をかけないように空き家に限定して、最も近くのテントに住居を移しに来たらしい。

 担いできた大きめのボストンバッグに私物が詰まっているらしい。かちこんできた際の剣幕から、一瞬何かしらの銃火器かと目に映ってしまった黒色のバッグだ。


「本当はお側にやってまいりましたとでも言って、引越し蕎麦そばでも渡せれば良かったんだけど、ゴメンネ持ち合わせがなくて」


「いえいえいえいえ、お構いなくっ!」


 初対面から今まで感情の起伏があまりにも大きい様しか見せられていなかったため、愛深のことをあまり関わりたくないくらいには、ちょっと変わった少女だと思っていた。

 しかし、それは優正に関わることに限ってのことらしい。

 今現在、愛深はとてもまともな調子で、てまりと友好関係を築こうとしていた。

 なんなら、キョドり続けているてまりの方が変わって見えるくらいだ。

 優正と関わるときも、どうかそれくらいの調子であって欲しい。


 そんなことを思いながら、2人に互いのことを知るための対話の時間を作るために、優正は1歩下がって2人を見守る。

 手持ち無沙汰になり、無意味に時刻なんかを確認したりする。

 そんな気の抜けたタイミングに、街の反対側から歩いてきた通行人に声をかけられる。


「こんばんは。おや、これは奇遇ですね、昨日ぶりです」


「ん?」


 突然話しかけてきた優男に、怪訝な顔になる優正。


「昨日、一緒に農場で仕事をした仲じゃないですか」


「ああ、昨日のあんただったか」


 ギャンブルの人だ。

 どうやら今日も1日、ロボット農業の様子を見守って来たらしい。


「あんたもこの辺なのか?」


「ボクのテントはあそこですね」


 そうして、男が指差したテントは、優正のテントの斜向いだった。


「マジか。世界は狭いもんだな。昨日は、これでもう会うことはないだろうと思ってたけど、これからちょくちょく世話になるかもな。オレは相模さがみ優正ゆうせいだ。よろしくな」


「ボクは陣内じんない歩夢あゆむです。どうぞよろしく」


 昨日今日で関わった人々が3人もまとめて、ご近所になるなんて(1人は作為的に引っ越してきたけれども)奇妙な縁もあるものだ。

 なんて、想いにふけっていたところ、さらなる奇縁を告げる声が投げかけられる。


「相模じゃん、どったの? てか、てまりも一緒じゃん。なにか楽しいことやってんの? だったら、アタシもまぜてー」


 先程餌付けした後に別れた少女、安藤あんどう姫華ひめかの声だった。


「姫ちゃん、相模さんとお知り合いだったんですか?」


「うん、さっきどうしても相模がアイス奢らせてほしいっていうから、奢らせてやったんだよ」


「ふぇー、そうだったんですね。やっぱり相模さんは、お優しい方なんですね」


 親しげに会話する2人の少女に、優正は待ったをかける。


「えーっと、2人は知り合いなのか? それの方が、オレにとっては初耳なんだが」


「あっ、そうですね。姫ちゃんは、わたしのとこから歩いて30秒くらいのテントで暮らしてます。起きる時間が似通ってるからか、朝食の時とかによく一緒になりまして、そのよしみで仲良くさせてもらっています」


「てまりも、前にアタシが糖分切れで死にそうになってる時、グミくれたからいいヤツだよ」


 姫華のいいヤツ基準は、食べ物をくれるか否かのようだ。単純なヤツだ。


 それにしても、姫華も近所だとは。

 本当に世界は狭いと感じる。

 昨日から今日に至るまでに、コミュニケーションを交わした人間の殆どが近所じゃないか。

 そうだと判明していないのは、サンドイッチ屋の兄ちゃんくらいだろう。

 唯一まともな生活を送れていそうな人間なので、どうせならそうであって欲しいものだが、予感としてはまともだからこそ近所に住んでなさそうだ。

 きっとテント村の中でも、この近辺には、非生産的なヤツらを引き寄せるような気が発生しているのだろう。




「それでは、巡り会えた縁に感謝して、いただきましょう!」


 音頭を取る愛深あみ

 それに対して、面白みもなく「いただきます」と答える者もいれば、「……いただきます」と消え入りそうな声の者もいるし、「まーす」といただきと言う時間をも惜しむように膳にいち早く手を付けるものもいる。三者三様である。

 優正ゆうせいも、どちらかといえばつまらないタイプの人間。対して美味しくない夕食を前に、作ってくれた人への感謝のために手を合わせて、


「いただきます」


 と、いつものようにする。

 布団を隅に追いやった小さなテント、両手を伸ばすと当たるくらいの狭さの中、5人集まって無料で配られる配給食で卓を囲む。


 わらわらと集まってきた優正の非生産的な知り合いたち。誰かの「せっかくなので」という提案が自然発生するのは、なんらおかしくないことだった。ちょうど腹の減る時間帯だったことも影響する。

 同じ状況になったのなら、十中八九そうなっただろう。そして今回も、一とか二の出る幕ではなかったというだけだ。

 何の話かって?

 ただの夕食一緒に食べませんかという話だ。

 最初に言い出したのは、愛深だっただろうか。

 彼女の思惑としては、この状況を生かして優正と一緒に食事をしたいという打算があったのだろう。

 現に今、彼女は優正の左隣の席に、当然のように座っている。

 優正としては少し距離を置きたかったのだが、各自の席決めが見事に誘導され、気付いたら隣に座るしか無い状況に陥っていた。

 提案したのは愛深だったが、他の各々に関しても、それを面白いと感じるか、空気に流されるのを良しとするものかだったので、棄却するまでには至らなかった。

 そういった具合にして、現在のこの会食は実現している。


「こんなにたくさんの人と一緒に食べるのは、学校を卒業して以来、初めてかもしれないです」


 てまりがポツリと呟く。

 彼女は不必要なくらいに身体を縮こまらせながら、時折ビクビクと謎の警戒をしながら、遠慮深そうに少量ずつ箸を進めている。


「あー、確かに昔はお昼になると食堂につれてかれて、大テーブルで学生一堂に会してだったもんなあ。それとくらべると卒業して、自分のタイミングで食べれるってのは、かずすくないいい変化だよねー」


 昔と言えるほど長くは生きていないだろう姫華ひめかが、つい1年前のことを懐かしむように語る。

 彼女はがっつがっつとこぼすくらいの勢いで食べている。後で寝る前に掃除をしないといけなそうだ。


「まあ、そういう風に大勢で食べたり、行動したりするのが好きなヤツは、卒業後もどこかで大きめの友人集団を作るか、入って活動してるんじゃないか?」


「確かにカジノに行くと、海外の人なんかでも、高価な装飾品を身に着けたリーダーと思われる人が、沢山の鍛え上げた肉体を持つご友人を引き連れて遊戯をしているのを見かけますね」


「いや、その人たちはどちらかと言うと、会食する間柄というより、さかずきを交わしているタイプの集団の方々なんじゃないか」


 優正の認識に間違いがなければ、名前がマとかヤから始まる地元を締めてる系の集団のはずだ。


「後は、街で見かけますよね仲良しグループみたいな方々。……どういう星の巡りに立ち会えれば入れるんでしょうね?」


「学校の友人関係が、卒業してもそのまま流れで、とかじゃないか? よく知らないが」


「学校の……。みなさん元気でやってますかね?

 最初の頃は、人見知りで話を返すこともできませんでしたが、卒業する直前くらいには日常会話くらいならやっていけてたんですけどね……。

 卒業してから、そう言えばアプリのIDの交換もやってないやってことに気付いて、今じゃどうやって連絡取るのか皆目検討も付きませんが……」


 てまりがしみじみと学校時代の友人を懐かしむ。

 学校に対しては特に辛い思い出があったわけでもないらしく、安らかな表情だ。

 きっと、メッセージアプリなんていうネットの繋がりがなくても、直接の言葉と言葉で固く結ばれた健やかな友人関係だったのだろう。IDを交換するまでもない友人関係というわけではないはずだ、決して。


 対して優正というと、確かに学生時分に、幾らかの友人関係はあったものの思えば希薄なものだった。

 IDを交換していた級友は、強制生産施設への入所が決まった後、数時間の内に全員優正のことをブロックしていた。

 その時、所詮はこの程度の繋がりなんだなと冷めた気持ちになった。

 結果として、刑期を終えたタイミングで人間関係は全て綺麗サッパリ清算された状態。ゼロからのスタートだ。


「私は、何度か大きめの集団に入れてもらったけど、なんだか合わなかったみたいで……」


「そういうパターンもあるのか?」


「うん、優くん。仲良しグループで楽しく過ごしてたし、その中に優くんに出会う前に、ほんの少しだけ良いかもって惹かれていた男の子がいて、私もスゴく尽くしてたんだけど、なんだか上手く行かなくなっちゃったんだよね」


「あー、そうなのか」


 愛深の「ほんの少しだけ良いかもって惹かれていた」とか「尽くしていた」とかの言葉に、嫌な予感がする優正。


「私が尽くしていた男の子が体調崩しちゃって、彼がリーダーだったから、グループも上手く回らなくなっちゃって、そのままなし崩し的に解散みたいになっちゃったんだよね」


 想像してご愁傷さまだったなと、そのグループの元リーダーを憐れむ。


「その後も、何度か同じようなグループに入ったりしてたんだけど、どこも同じようなことが起こっちゃって」


 1度だけではなかったらしい。

 壊されてきたグループに黙祷を捧げる。


「きっと、グループ選ぶ運とセンスがなかったんだなって。最近はずっと1人で寂しかったんだよね。だから、今日こんな風にみんなでご飯食べれて楽しいし、優くんに出会えたのも嬉しいよ!」


 運がなかったのは、きっと愛深が入ってしまったグループの方だったのだろう。

 強く生きねば。優正は心に誓った。


「まあ、アタシは面白くもない友人関係じゃなくて、あまやかしてくれる人がいいけどなー。毎日、ゲームして、ダラケて、おやつ食べて、生きていきたい」


 それぞれが友人関係の苦労話を語る中、姫華はダラダラ過ごせれば何でも良いと持論を語る。

 けれど、そんな暮らしは平安の貴族の家に生まれるか、東南アジア辺りの大富豪の娘として生まれるかぐらいでないと享受できないだろう。


「でも、明日のチョコを買うPP生産ポイントも無いもんなあ。だれか優しい人めぐんでくれないかなあ? チラチラッ」


 姫華のあからさまなタカリ行為に対して、その場の誰も反応はしない。


「多分、ここにいる全員、チョコ菓子1個他人に恵んでやれるほどの余裕ない奴らだぞ」


「……はあ。これだから貧乏人は」


 大きなため息をつく姫華。

 その時、全員の脳裏によぎった「お前もな」という言葉を、全員がそっと心に仕舞った。


「まあ、でもそのPPを稼ぐのも、きっと集団でやった方が、できることの幅があるんでしょうけどね。ボクも本当はビジネスでも始めて、カジノの資金を稼ぎたいんですけど、いつの間にかみんな逃げちゃうんですよね」


「気付いた時には塀の中に入れられてそうなヤツと、組みたがる物好きはそういないだろうからな」


「おっと、これは手厳しい指摘ですね」


 陣内じんないの所持PPは、ギリギリ強制生産施設に送るほどでもない位のマイナスラインすれすれの水平飛行をしてそうなイメージ。


「働くのめんどいんだけど、お腹いっぱいおやつ食べるには、やっぱビジネらないといけないんかなあ」


「働かざるもの食うべからずですもんね。わたしも新刊を買うために、胃薬飲んで胃痛を耐えて、会話が最低限で済む仕事を選んで働いていますが、もっとあればいいのにとは思うときがありますね」


「私も、PPがあるなら、優くんに見合う女になるために、もっとエステとか行きたいけど、お給料安いからなあ……」


 非生産的な者たちゆえの金銭面の苦労話が盛り上がる。

 それぞれの事情で、社会に生産性をもたらすことができずに使えるPPは限られている。

 けれども、非生産的な彼らも、普通の人間と変わらないくらいに、あるいは常人以上に消費的活動を行うための欲求を持っているものなのだ。


「なあ、相模、明日から働くんだってな。それはちょっとズルくないか? どうにかして、8割アタシにくれんか?」


「嫌だが」


 姫華の理不尽な要求を、優正は瞬発的にはねる。


「……あ、相模さん、お仕事見つかったんですね。おめでとうございます」


「おう、ありがとう。外来種の魚でサンドイッチを作っている店の、捕獲班に加えてもらえることになったよ」


「あ、あそこですね。日々の潤いですよね。この街にできてから、わたしも毎日もらいにいってます」


「食べるだけでPPもらえるうえに、おいしいもんな。まさにログボだよね。今日もいきててエライって言われてるみたいで、アタシもすき」


 どうやら、ちまたでは現実へのログインボーナス扱いされていて、特にPPに余裕のない人間にとってはマストで通う店になってるらしい。


「アレなんて、本当にうまいことやり方考えて儲けてる例ですよね」


「そっか、じゃあアタシたちも、この5人でそれをやれば良いんだな。相模と陣内がほかく係で、てまりがちょうり係、アミがせっきゃく係だな。よおし、これでおかし食べ放題だ!」


「しれっと、構想の中でもサボるんじゃない! 何か仕事をしろ!」


「それに猿マネ出店は、相当うまいことやらないと、パイを食い合う形になって、むしろマイナスになりますしね」


 誰かが既にやってることを完全にマネして、社会全体の需要以上に店を増やすと、儲けは微々たるものになる。

 その需要を超えた際には、先にやっていた方に優先的にPPが行くようにAIは判断する。

 その場合、ワゴンや調理用具を用意する初期投資のマイナスを返すところまで行かないという状態になりかねない。

 ということがあるらしい。


「えぇー、じゃあ相模がなにやったらいいか、かんがえてよお!」


「って言われても、世情に疎くて何やれば大量にPP貰えるか分からないからな。みんなは何か、手っ取り早く稼げる方法で思いつくものってあるか?」


「わたしは、考えたこともないですね。……すみません」


「私も、ちょっと思いつかないかも」


「ボクは幾つかあるんですけど、試してみませんか。例えば、普通のカジノのスリリングさでは満足できない人のために、死の危険があるレベルの競技を選手にさせて、そのレースの着順を当てるギャンブルを行うんです。流行りますよ、コレ」


 ということで、非生産的な我々は、当然の如くビジネスアイデアなんてものを持っていないのである。


「ったく、みんなつかえないなあ。……でも、PPいっぱいほしいのになあ」


「すみません……。ですよね。何をやったら沢山貰えるかは考えつきませんが、もしもこれだけあったらあんなことができるのに。っていうのは、わたしも良く考えちゃいます」


「だよねえ。ほんとうは高級プラリネ食べてみたいけど、チョコチップスで我慢してるし」


「わたしは、みちる先生の新刊が発売されるのと同じ月に、少し気になる新作が発表されてたんですけど、泣く泣く諦めました」


 姫華とてまりの、アレが欲しい、コレがしたい、という叶わない妄想話。


「私も、ついこの間、欲しかった春の新作、持ち合わせなくて諦めちゃったなあ」


「ボクも、ゲームの必勝法が分かって、後1回やれば勝てるタイミングで、諦めなければいけなかったことありますよ」


 それに乗っかるようにして、愛深や陣内も、したくてもできなかったことの話をしだす。

 燃料が送り込まれたとらタヌ話は、際限なく加熱する。

 その後も、尽きること無く胸の中に積もらせ続けた欲望を吐き出すようにして、虚構の中にある各々の理想の生活を語り始める。


「ああ、やっぱりPP欲しいですよね」


 一段落ついた辺り、てまりがため息を1つ。最もなことを言う。

 それに対してそこにいる全員が、肯定の声を上げたり、深く頷いたりして、同調の態度を示す。

 叶わないことが分かっている願い。

 誰も何も言えなくなって、少し暗い雰囲気が場を包む。

 いつの間にか、各自食べ終わっていた配給食。空っぽの皿の上に渡っている長いスプーンが物悲しく見える。


「だったら、やっぱり大量にPPを獲得できる方法。何か考えてみるか」


 暗い雰囲気に耐えられなくなった優正が提案を掲げる。


「でも、現時点では何も考えてないし、1人で考えて何かいいアイデアが湧いてくるとも到底思えない」


 なにせ4分の1を塀の中で、誰もやりたがらないような単調作業にささげてきた人生だ。

 そこに起死回生のアイデアなんてものは求められてこなかった。

 そして、優正のように1人では儲けるためのアイデアなんて思いも付かないなんていうのは、ここにいる全員が同じに違いない。でないと、こんなところで燻っている理由がない。


「だからさ、やっぱりみんなで考えないか? 儲ける方法を。

 1人じゃ非生産的で何も生み出せなくても、5人合わせれば何か奇跡的に生まれるかもしれないし」


「3人寄れば文殊の知恵とも言いますしね」


「3人でそれなら、5人寄ったら全知全能になりそうだもんね」


「私は、優くんと一緒にいれるならそれで」


「ぜひとも儲けましょう。そして、儲けたあかつきにはカジノで7兆倍に増やしましょう」


 結局の所、このまま1人1人で生きていく道を選ぶなら、それまでと変わりない欲望を諦め続ける人生が待っていることを全員が理解している。

 それは中々に看過できない現実だ。

 だから、全員1%しかないかもしれないけれど、成功に向かっていくかもしれない計画に乗ってくれる。

 逆に言えば、成功確率が高いとは言えない計画に喜んで乗っかるからこその、非生産的人格なのかもしれない。


「それじゃあ、この5人でコミュニティーを築こう。まだ見ぬ一攫千金の未来のために、1人では達成できないその目標に向かって、この5人で支え合っていこう。

 誰かが困った状況に陥ったら助けに行くし、ビジネスのチャンスがあれば協力して達成を目指そう。

 みんなで一緒に効率的に生産活動を行っていき、大量のPPで今まで我慢してきた豪遊を行う、そんな互助コミュニティーだ」


「いいね、乗った!」


「私は、もちろん優くんがいるから!」


「明日のカジノのために!」


「わ、わたしもっ! ……5人で頑張っていきましょうね」


 ちょっと調子に乗った優正の宣言に、調子よく賛同の返事を送ってくれる一同。

 こうして、ここに非生産的な奴らが集まって、欲望のために一攫千金を目指すコミュニティーが誕生したのである。


「それで、とりあえずのところの活動としては、各々日々の中で金儲けのチャンスが無いか探してくれ。今日みたいに夜に集まって、何をすれば儲けられるか5人で考えていこう」

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