第2話 当分の寝所を手に入れろ! VS【メンヘラ】受付嬢

 AI生産主義せいさんしゅぎの日本においても、豪邸に住むことや、豪華な料理を食べることは、前時代と変わらず、金持ちの道楽である。

 けれど、とりあえずの住むところは5分の申請で手に入るし、とりあえずの食べるものは配給所に行けばボタン1つでもらうことができる。


 強制生産施設から出所したばかりの優正ゆうせいは、自由に使える金を一切持っていないド貧乏であるので、この制度を利用しない手はなかった。

 だから、丘から下りてきて、真っ先に向かったのが、申請1つで手に入る住居こと、簡易住宅の利用申請所だった。

 ちなみにその簡易住宅だが、形式としては、少ししっかりとした作りと素材のテントといった趣である。金持ちが住むような高級住宅街とは、少し離された広い土地一帯に、空間を目一杯有効活用した形で整然とテントが配置されたその場所を、世間はテント村などと揶揄をする。


「というわけで、1人用の簡易住宅の利用申請がしたいんだが……」


 テント村前の利用申請所に来た優正だが、非常に困っていた。

 別に申請の手順の複雑さに困っていたわけではない。

 申請の窓口で対応してくれる担当者のクジに外れて困っているのだ。

 他所の地域ではとっくの昔に、この申請作業は無人化されていると聞いているが、ここはまだ時代の流れに乗り遅れているらしい。他所の地域が羨ましい。


「すぐに申請終わらせてしまいたいだなんて、何で、そんな寂しいこと言うの!!??

 私は、もっとゆうくんとお話したいって思ってるよ!!

 優くんは私のこと嫌いだから、さっさと申請なんて終わらせて、この面倒な女から逃げ出そうなんて考えてるんだよね? ねえ??? そうなんだよねえ?????」


 圧が強い。


「いや、そもそもオレとお前は、初対面だろ。なんで急にそんなに馴れ馴れしいんだよ?」


 彼女の名前は、篠原しのはら愛深あみ。16歳。

 簡易住宅申請受付の仕事をしながら、運命の人を探していたところ、先程目の前に現れた優正にビビッと来て、現在絶賛一目惚れ中。

 というようなことを、長々と、聞かされている。


「え???? 馴れ馴れしかったかなあ……。ゴメン。ゴメンネ……。反省するから、どうか私のこと、嫌いにならないで欲しいな」


「お、おう……」


 急になよなよしい態度に変貌する愛深に、優正は動揺する。

 愛深の切れ長の目が、不安の色に染まる。怯える小動物のような上目遣いに、優正は拒絶の意思を貫くことへの罪悪感を覚える。


「なんていうか、嫌いとかそういうことではないんだ。ただほら、オレは寝所ねどこもない状態で不安だから、早く申請を完了して、安心したいだけなんだ」


 愛深の荒ぶる精神を宥めつつ、申請処理が進むように促す。


「そっか。そうなんだ。優くんも、私といっぱいお話したい気持ちがあるんだね?」


「ああそうだな。だから、早く申請の方をだな――」


「良かった!!! 私たち、同じ気持ちなんだね!!!! やっぱり、優くんも私ともっとお話して、関係を深めたいと思ってくれているんだね!!!!!」


 今日一番テンションが上がって、圧が強くなった愛深。受付の机から身を乗り出して、優正の手を掴み、ブンブンと上下に振る。

 優正の手も仕方なく、それに従う。そんな様子に、思わず目を瞑って現実逃避してしまいたくなる。

 かなり大きめの胸が揺れる。フローラルな香水の匂いが宙を舞う。

 それらに、生理現象的に、思わず惹きつけられそうになるのを防ぐためにも、力が弱まるタイミングで、絡められた手を引き抜く。


「あっ、意地悪ぅ。でも、そんなところも好き」


 優正が無理矢理に手を引き剥がしたことに対して、好印象の模様の愛深。

 正直言って、優正には彼女の気持ちがよく分からない。

 ただ今やらなければいけないことの明確な方針は、彼女の気持ちを分からないなりに理解しつつ、どうにか優正の申請に気を向けてもらえるように促すことだろう。

 現在の彼女はなぜか、優正に気のあるような態度を取ってくれているのだから、


「その、なんだ……オレだって、別に君と話をしたいわけではないんだ。ただ、今日寝る場所も決まっていない状態というのが、不安で仕方ないだけなんだ。君が申請に協力してくれたら、オレとしてはすごく助かるんだが……」


「優くん、不安なの????? 困ってるの????? 分かった、私がすぐに解決してあげるね!!!!!」


 すごい勢いで食いついてきた。

 愛深は今、必死の形相になって、優正の申請処理を進めるために、高速で仮想コンソールを操作し始める。


「ほんの少しだけ、待っててね!!!!! すぐに最高の立地条件の物件に申請するからね!!!!! ここなんて街に近いし、配給所も近いし、騒音面も問題なさそうだし、すごく良さそう!!!!! ねえ、どう思う?????」


「お、おう。いいんじゃないか」


「気に入ってくれて良かったっ!!! すぐに登録を済ませて、ここを優くんのものにしちゃうね! …………。よしっ、できたよっ!!! もう住居のことで心配することはないからね!!!」


「ああ、ありがとう」


 高速タイピングにより、ものの数秒で、簡易住居の登録申請を済ませてしまう愛深。

 彼女の勢いに圧倒されながらも、優正は気遣いを含めて感謝の意を述べる。


「そうだ!!! 私の住居も、優くんの隣に移しちゃおっかなあ。……と思ったけど、もう隣のテントは先に住んじゃって人がいるのかあ…………。うぅ……。よしっ、私の今住んでいるところと権利を置き換わるように、データを書き換えちゃえばいいんだっ!!!!!」


「ちょっ、ちょっと待った! それは、マズいんじゃないか?」


 寝所の確保ができて、一安心していたところ、愛深が突然に不穏なつぶやきを始めたので、待ったをかける。


「えっ、何? もしかして、私が隣に引っ越して来るの、迷惑だったかなぁ……。ゴメンネ。ゴメンネ…………」


「あ、いや、そういうわけではないんだが……。そうだな。何というか、そういうハッキング行為みたいなことをすると、君の生産得点が大幅にマイナスになるんじゃないかと、危惧しているだけで……」


 少しだけ拒絶の態度をとると、すっかりしょげてしまった愛深。

 優正は、とてつもなく悪いことをした気になって、別に嫌だと思っているから言ったわけではないと伝わるように言葉を選ぶ。


「あ、そうだったんだあ……。ありがとう、嬉しいなあ。ちゃんと私のことを、気にかけて止めてくれてたんだね? 嬉しいっ!!! もう少しで、暴走しちゃうところだったよ!!!!! ゴメンネ!!!!! 私のことを気にかけて、止めてくれてアリガト!!!!!」


「あ、ああ……」


 とにもかくにも、優正の隣人が、自らの預かり知らぬうちに住居を移されて、「ここ、ワタシの家じゃなくなってる?!」となる不幸を未然に防ぐことができたわけだ。

 決して、愛深が隣人になることに身の危険を感じたわけではない。

 ……、決してだ。


「それじゃあ、申請はもう済んだから大丈夫だよ。本当は、もっと優くんとおしゃべりをしたいけど、我慢するね。じゃないと、またさっきみたいに暴走しちゃうかもだから、少し反省しないとね」


「そうか。愛深は反省できてエラいな」


「そっかなあ、私エラいかな。……って、ちょっと待って、優くん!!!!! 今、愛深って!!!!! 私のこと、愛深って!!!!! 名前で、呼んでくれた??!! はあ、はあ、はあ、はあ……。うっく、優くん、好き…………」


「お、おう。ありがとうな。じゃあ、ちょっとオレは新しい家を確認してくるよ」


 興奮しすぎて息切れし、肩で息状態の愛深から逃げるように、優正はその場を離れる。

 そして、自分のリストバンド端末が表示する地図の点を確認しつつも、もう一つの目的地に向かう。


 食糧の配給所である。

 こちらは無人化されていて、先程のようなトラブルは発生しなかった。

 自動配給機に対して、手のひらをかざすと生体認証により、国のシステムに紐付けられた優正の情報が引き出される。

 その処理が完了したことを知らせるために、指向性レーザーディスプレイが、優正だけに確認できるように配慮しつつ、『相模優正。認証完了』の文字を優正の網膜に投影して見せつけてくる。

 その後、機械から、機械的に決まった分量の、対して美味しくはないけれど、健康面だけには異様に気を使った食糧のプレートが用意されて出てくる。

 ありがたく受け取って、近場のベンチに座って食べる。

 シャバに出て、始めての食事の感想としては、強制生産施設で出されたものと、変わらない味だなということである。


 味気ない食事を終えた優正は、住居を確認しに行くことはせずに、次に取るべき行動のために、テント村を出る。

 そして、街に向かう道と逆側の道を選んで、歩を進めていく。

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