第16話 聖女様のお母さん(聖母?)
放課後のことだ。
あの後、東雲さんは結局早退した。症状は軽いが、大事を取ってとのことだった。
普通の風邪だから明日、明後日にはもう治っているだろうと保健室の先生は言っていたが、僕はなぜか心配でならなかった。
……東雲さん、体調は大丈夫なんだろうか?
「じゃあ、早川。届けてやってくれ」
「…………え?」
なんて、机をぼーっと眺めながらそんなことを考えていると、先生がいきなり僕の名前を出したもので、意識が現実世界へと戻った。
え? 先生は何を届けろって言ってた? 先生に書類かなんかを届けろって言ってたの、かな?
「え……えーっと……?」
「聞いていなかったのか? 東雲さんに配り物を渡し忘れていたから、それらを届けてほしいんだが」
「…………え?」
「いや、だからだな……」
「あっいや……分かりました」
なんで僕なの、という気持ちが喉まで出かかっていたところをなんとか飲み込む。というか、先生が渡すのを忘れていたんなら、先生が届けてくれよ。
めちゃくちゃ恥ずかしいじゃん……。早退ってことは少なくとも一人は親がいるってことだろうし、うぅ恥ずかしい。
せめて優しそうだから、お母さんの方がいてくれたら嬉しいけど。
◇◇◇◇◇
「……はぁ」
そして、僕は今、先生が書いた超大まかで分かりにくい地図を見ながら、だいたいここかなって思うところを探して回っている。
「……もうちょっと分かりやすく書いてほしかったな。全然分かんないんだけど……」
なんて、愚痴を吐いていたそのときのこと。
「あら、どうしたの?」
「ん?」
「あら、あなたはスーパーで会った……っ!」
「あっ、お久しぶりです! 前は本当にありがとうございました!」
そこにいたのは、僕がパスタの材料を集めようと探し回っていたとき一緒に探してくれた女性だった。ふくらんでいる買い物袋を持っていることから、多分今は買い物が終わって帰りなんだろうな、と想像がつく。
それにしても歩いているいうということは……東雲さんの家の近くに住んでいたりするのだろうか?
「それで、どうかしたの……?」
「いや、こればかりは聞いてもどうしようもないので……」
「本当に?」
「……多分。忘れ物を届けに来たんですけど家が分からなくて。ここのどこかっていうのは分かるんですけど。まぁ、そういうことなんですよ……」
「私もここの近くに住んでいるから、近所の人ともよく話しているし、知っているかもよ?」
「……うーん……」
まぁ、この人は別に悪い人という訳でもなさそうだし、相談してみるだけするか。
「分かりました、じゃあここらへんに東雲さんという名字の人は居ますか?」
「それ、私の家ね」
「そうですか、やっぱりそうなんで…………って、えっ!?」
「いや、私の名字は東雲よ。東雲桜子っていうのが、私の名前なのだけど……」
「……お、おぉ」
頭が追いつかない。
スーパーで食材の場所を教えてくれた女性が、まさか東雲さんの家族だったなんて。
……それにしても、この人ってお母さん? ……いや、お姉さん? シワひとつ見えない、とても若々しい顔だけど、少し大人びた雰囲気を感じる。
多分、お姉さん、かな? 容姿的にも今っぽい流行りを抑えた衣服を着ているし。
……でも、そういうことか。
ありふれたような顔でもないのに似ている顔を知っていたからびっくりしていたけど、血縁だったら納得だね。
「え……えーっと……あなたは東雲さんのお姉さん……ですか?」
「あらあら、嬉しいことを言うわね。私は東雲琴葉の母なのだけど」
「母!? いや、えっ!? 若っ!?」
「あらあら、ありがとう」
「…………」
これで、母? まさかのお母さん、学生結婚とか?
「まぁ、私と向かう場所が一緒ということが分かったし、一緒に帰りましょ? 『律くん』」
「あ……ぁ……はい……」
……そういうことか。スーパーの帰りに僕の名前が聞こえた気がしたけど……東雲さんから、聞いていたのか。
東雲さんのお母さんに会えて嬉しいような、けれど気まずいような、そんな気持ちで僕は東雲さんのお母さんについていったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます