プラネット・ギア1

 義務教育が終わりようやく高校生となって既に半年ほど経過していたが未だに制服には慣れず息苦しい思いをしていた。


 

「行ってくるよ」


 それとなく母親役の女に出立の挨拶を投げる。あくまで自然に、普段と同じように素通っていくのが肝要。


「ちょっと、タイ緩くない? だらしないのは駄目だからね?」


 駄目だった。まったく目ざとい。


「流行だよ。無気力系男子ってのが今モテるんだってさ」


「あんた、私が昼間何してるか知ってる? テルースで友達とワイドナショー見てるんだよ? その私が世間のトレンドを知らないと思ってる?」


「……」


「もう一度言うけど、だらしないのは駄目だからね?」


「直すよ」


「そ。やっぱり男はきっちりしてるのが一番いいわ」


「首が締まりそうだ」


「絞首刑になる予習とでも思って頑張りなさい」


「……行ってくる」


「はいよ。気を付けて」


 家を出て、母となっている女の視線が途絶えるタイミングを見計らって結び目を緩めると、汗ばんだ首元に乾いた風が通り抜け心なしか身体が軽くなった気がした。やはりネクタイは首輪のようでいけない。縛り付けられるのは好きになれない。そもそもテクノロジーが高度化し、人類は様々なしがらみから解放されたはずなのに、どうして通学などという非合理的なシステムを未だに採用しているのだろか。ライフラインの一部となった回線を利用してオンライン授業を行えばいいのに、つくづく人間というのは不自由が好きなようである。まぁ、通学生の学校へ進学を決めたのは僕自身なのだが。まったく、失われた青春を取り戻すなどと有頂天になっていた過去の自分を殴ってやりたい。そもそも僕は陰の者なのだ。少し歳を取ったくらいで本質が変化するわけもなく、人見知りが治るわけがないのに何を考えていたのやら。案の定この半年は、結局オタク趣味の人間とアニメやゲームの話を少ししただけで、基本は一人だった。気楽といえば気楽だが、これではなんのために異星を体感しているのか分からない。地球にいた時同じだ。嫌な教師がいない事だけが救いである。

 






 遠い宇宙の遙か未来。俺は正体不明の星ながら、よく知るこの星に一個の命として根付き、時間を共にしていた。


 宿ったのは死産となる予定だったシングルマザーの腹の中にいた胎児である。モイなどは「資産家の子供として生まれた方がいいですよ」とか「貧乏人はなにやったって貧乏のままなのに」などと散々言っていて、俺自身も金持ちの家に産まれた方がいいのだろうなと思いながらも結局この人生に決めたのは、依然として母への未練と贖罪の気持ちが強く残っているからかもしれない。せめてこの世界にいる不幸な母親くらいは救ってやりたいという偽善めいた想いが、恐らく、俺の心のどこかにあったのだろう。せめて金を稼いで、母親となった女に満足のいく老後を過ごしてほしいと思ったのだ。

 だが、金儲けに有利になるよう神の特権を使って特別な人間として誕生したわけではない。やろうと思えば全ステータスカンストに加えユニークスキルにレアな素質を複数保有した状態で産道を降りることもできたが、生来の天邪鬼を拗らせてステ振りも固有能力も運頼みの状態で天上天下唯我独尊となると決めたのである。で、出た目は平凡。いたって普通。ステータスでいえばDの中にCが幾つか混ざるくらいで、素質は特に持っていなかった。おまけとして地球にいた時の俺の能力が加算されているらしいがそんなものが役に立つわけもなく、唯一追加確認された適正がシューティングゲームとアクションゲームとRPGのプレイングだった。まぁ、異星においてもゲームを楽しめるのであれば、それはそれでいい事だと思った。ただ、この世界ではゲームも当たり前のようにプロフェッショナルが活躍しており、意識の高いプレイヤーやプロ志望の人間がわんさかといるのだった。そんな奴らと対戦するのは本当に面白くない。あいつら苦しみながらゲームをしているんだから馬鹿だ。しかも個人で勝手に苦しんでいればいいのに、こっちのプレイにいちいち口を出してくるのだから堪ったものじゃない。ガチ勢が教育と称してエンジョイ勢に突っかかるのは邪悪な文化であり滅びるべきである。誰も得しない事がなぜ延々と繰り返されているのか到底理解できない。

 それもあって、下手にゲームプレイヤーの素質など付与されなくてよかったと思っている。もし仮に才を持って生まれてしまったらそんな馬鹿共と同じようになっていただろうし、全てを捨ててゲームに没頭して、それこそ地球の生活の二の舞となっていたに決まっている。せめてこちらの、仮初の世界くらい、真っ当な人生を送りたいものである。







 学校に着いた俺は「おはよう」の挨拶も交わさず着席しテルースにログイン。図書ルームで歴史書をインストールする。

 書の内容はまぁ酷いもので、捏造と願望。それに政治的、宗教的、民族的理由であらゆる改編がなされ内容も変更的。この異星をずっと見てきたおれからしたらファンタジーもいいところである。いったいどうしたらジーキンスが名君扱いを受け、ドーシックが革命の英雄として名を残すのか。大陸において発展した亡国や人物ががこぞって偉大な存在として表記されているのは悪い冗談とさえ思ったが、過去に行われた自国美化活動と、現代における各国のパワーバランスを考えると失笑は溜息へと変わる。人間というのはどうしてこう愚かなのだろうか。やはり、あの時、ムリラ達をもっと適切に管理していれば、こんな事にはならなかったのではないかと、考えずにはいられなかった。




「リセットもできるんですけどねぇ」




 そんなモイの言葉が聞こえた気がした。

 馬鹿め、誰がやり直しなどするものか。そんなものは、この星に生まれついた命への冒涜だ。決して許されるものではない。

 



「では、これまで石田さんがやってきた行為は、冒涜にはあたらないんですか?」




 嫌にリアリティのある幻聴に俺は朝から憂鬱となり登校早々帰宅願望が芽生えるもホームルームのチャイムの音が欠席の選択肢をかき消していった。文句はあるが、なんだかんだで学校生活は嫌いじゃない。


 地球でもこの心境になっていたなら、ニートなどにならずに済んだのになぁ。

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