スーパーブラザーズ2
時が経ってもバーツィットは山に囲まれていたのだが、中腹は大きく開かれ幾つもの農場プラントが重なるようにして建設されていた。プラントはA区画からC区画まででランク分けされており、順に品質が決まっている。Aがブランド品種であり、Cが大量生産用の品種という具合である。とはいえいずれも生産目的や流通経路が異なるためどちらが上でどちらが下かというような括りはないという建前があり、また国の方針から、Aランクの農作物、畜産物の担当だからといって特権が与えられるわけでもない。皆等しく同等に労働者なのである。そのため賃金も平等に設定されているのであるが、やはりAクラス担当の者はそれなりの矜持が芽生え、Cクラス担当の者は堕落的な態度を取るのであった。もっともいずれも現場管理者においては同じ苦労を背負っており、愚痴の数と酒量が比例の関係を示していた。それでも賃金は変わらないというのだから世知辛い。他、頭脳労働者においても労働条件は同一ではあったが、彼らには闇の報酬が発生するため、実質的に一段上の立場であった。政府の中枢と近ければ近いだけうまい汁が吸えるというのは何処の国でも変わらないようだ。
そんなバーツィットに住むマオとジールはBクラスの農場で作業をしている兄弟である。マオの方が一つ上で歳は十五。若い盛りの少年は、若さ相応の熱い眼をしていた。
バーツィットでは十二までに才なしと判断された場合は農作業従事者となり、基本的には土と埃と草と糞尿と虫に囲まれながら一生を終える。これは勿論立派な仕事であり評価に値する労働なのだが、やはり役人や研究職との差は大であるし、役人の子などは無能であっても官職に就く事が多かったため、現場とお上の間には小さくない軋轢が生まれていた。しかし、作業者が口にする「やってられない」といった不満はその日の酒を美味くするための呪文のようなもので、本質的には現状に満足している人間が大半である。なにせ市民は腹が膨れればそれでいいのだ。自身の理外の及ばぬ事にはとことん無関心だし、手の届かない存在においても眺めては唾を吐き捨て、それで溜飲が下がってしまう。日常では上の人間が送る生活について勝手を述べて、「だから駄目だ」とさも知ったような文句を並べて酒席の音頭を盛り上げては酔って寝て、それで終わり。彼らは自身が俗物であると知っていながら他者を平気で非難する面の皮の厚さを持っていて、だからこそ、支配される側に立っているわけだ。こうした層がいなければ国が回らないとういうのは社会的に面白く、俺は学んでいないから分からないが、もしかしたら社会学とかいう不思議な学問の中で語られているかもしれない(話はまったく逸れるが俺はどうも社会学者とかと呼ばれる人間が嫌いだ)。
そこにおいて、マオは少し違った。
彼は学業が優秀であり、実際明晰な頭脳を備えていたが、運悪く官職の道を閉ざされてしまっていた。マオは早くから秀才と目されていたが、出る杭は打たれるという諺の通り、ある役人の子供の妬みから書類上の評価が書き替えられ、国民学校卒業後は現場作業員としてプラント労働者となる。
だが、マオは不平を言わないどころかさして興味もなさそうにそれを受け入れた。彼の悔しがる様を見物したかった役人の息子はわざわざ「強がるなよ」などと三下が吐きそうな台詞を向けたのであったが、「この国の政治には興味がないしなぁ」との一言により言葉を失い、逆に口惜しそうな顔を晒す事となった。
マオの発言は嘘ではなく、本心からバーツィットへの興味がないのであった。彼は幼少の頃から図書館へと通い歴史などを学びながら、教員や学者、近所の大人から病に伏せている患者にまで、誰彼問わず話を聞いて回ってその人の置かれた現状や構築されている社会のシステムを独自に解析。「バーツィットに明日はない」という結論に至ると、母国への愛着から何から急激に霧散していったのだった。ちなみにマオの持論は見事に的中し、丁度三十年後にバーツィットの国力は急激に衰退。元の弱小国へと逆戻りする事となる。原因は上層部の腐敗。歴史は繰り返すというが、ここまでくると笑えもしない。
さて、国に失望し興味を失ったマオであったが、その代わり一つ夢を抱いた。それは、国を出てトゥトゥーラで働くものである。
職業は何でもいい。恐らく何でもできるだろう。ただ、広く、自由な国で生きてみたい。
それが彼の目標となり行動理念となった。
バーツィットを出るには大きく分けて二つの道があった。一つは政府公認の元、留学やら在中職員やらといったし名目での出国。そしてもう一つは亡命である。前者は当然官職や知的階層にのみ許されたものであるから農作業員のマオには不可能。となれば、強硬手段に出る以外にない。だがマオには一つ躊躇いの種があった。それは弟のジールについてである。
ジールはマオと違い優秀ではなかったが、現状の農作業については満足しており、バーツィットで死ぬつもりであった。このまま兄弟二人で暮らしていけばつつがなく過ごす事ができる。しかし、もしマオが国を出ればどうなるか分かったものではない。肉親を見捨てられるほどマオ血は冷たくなかった。
それを知っていたジールは、マオに向かってこう告げる「好きに生きなよ」と。
弟の言葉を真に受けるマオではないが、だからといってバーツィットで生涯を終える気もなかった。そこで彼は、嫌がる弟を連れて国を出る事を選ぶ。納得させるので大分苦労したようだが、「お前が残るなら俺は死ぬ」との脅迫に渋々応じた形であった。
その数年後、マオはトゥトゥーラにてレストランチェーンを創業し、後に世界に展開。巨大企業の社長を経て、難民出でありながら大臣まで上り詰める事となる。もし彼を登用していればバーツィットも繁栄を続けられたかもしれないが、歴史におけるたらればというのは、なんとも虚しいだけだ。
時代には結果しか残らない。それこそが、真理なのである。
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