スーパーブラザーズ1

 小型デバイスによる仮想世界へのアクセスが世界的に普及している中、バーツィットだけがその使用を禁じていた。


 仮想世界における活動は現実の生活を妨げるどころか命そのものへの冒涜であるという論拠のもと、テルースをはじめとした一切のVR的なサービスの利用は法で禁じられ、サーバへのアクセスもブロックされている。情報化社会において致命的な逆行を国ぐるみで行っているというのは退廃的だ。とはいえ、まったく文明の利器をしようしないというのも不便極まるため、国民にはバーツィットのみで使用できるガジェット『人民タブレット』が配給されていた。これは地球でいうところのスマートフォンであり、異星においては二千年前に流通していた規格である。バーツィットの国民はこの古代遺物ともいえる技術の使用を義務付けられているため、情報リテラシーや世界のトレンドに取り残され続けているのであった。

 これに対して反発の意思はあれど表立っての批判はされていなかった。というよりできないのだ。テルースは絶対的に必要な技術でもないし、バーツィットの内乱罪は他国に比べ圧倒的に広く適用される事から、皆、下手に騒ぎを起こして人生を棒に振りたくないのである。また、国の特性上、今更新たな技術を導入する事に抵抗のある人間も、実は少なくなかった。

バーツィットは奴隷戦争後、しばらくトゥトゥーラの支配下となるがすぐに独立。賠償金を小額ずつ支払っていく事となる。

 だが、資金難により早くも焦げ付きはじめ国家運営が傾く。このままでは大国に経済支配されると判断した時の国主は、医者や弁護士など一部職業を除いた国民へ農作業に従事する事を強制。知識階層には農作物の野菜、果物、家畜の品種改良や育成の効率化を指示。農業大国へと成長させる目標を掲げる。これを大農政策といい、当初は批判と嘲笑の的となるが、結果としてバーツィットの国庫を潤す事となる。政策は大きな収穫を生み、戦争の傷跡を凄まじい速さで癒していったのであった。


 この大農政策が優れているのは大量生産とブランド化を同時に進めた点である。国内のマンパワーほぼ全てを使っての生産率は前年比の十倍と異常な数値を叩き出し国内外に肉と野菜と果物をばら撒いた。そのおかげもあり貧困国であっても民は食うに困らず経済に依存しない生活ができたのである。また、近隣にはトゥトゥーラという巨大な競合があったがこちらも生産品目を絞る事で食い合いの回避に成功。更にマトゥーラと提携し販路の拡大をも成し遂げている辺り、かなりの強かさが垣間見える。

 それと並行して品種のクオリティ向上もなされた。殊果物と畜肉は大陸どころか異星きっての美味と評され引く手数多となり、政府公認の裏取引により定価以上の価格で売られるなどという事もザラにあった(さすがに年を経るにしたがってなくなっていったが)。人間とて動物であり、食事を摂らねば死ぬ。生きていくうえで栄養の摂取は必要不可欠であり、その根幹に活路を敷いたバーツィットの政治戦略は見事と評するに疑いはないだろう。あくまで、近年まではという条件が付くが。


 バーツィットの大農政策は爆発的な国益に繋がりかつてない程の大国へと成長した。ホルスト、トゥトゥーラと共にグレートアースを組織できたのはこうした背景があるからである。だが、量子力学や工学などが発展すると邁進に躓く。必要栄養素の生成と転送が可能になると物理的な食料品の需要は減退し、国益が減少。GEの中での地位を落とす事となっていった。

 食事というのは栄養補給以外にも味を楽しんだりコミュニケーションの場としても用いられるめ、必ずしも代替行為が食文化の消滅につながるわけではないが、食事に対して無頓着な人間、あるいは文化圏は存在する。寒い日に食べる屋台のラーメンをありがたがらない人種において、食というのは貴重な時間を消費する無駄な時間でしかなく、データで瞬間的に済ます事ができるのであればそれに越した事がないのだ。勿論多数派ではないが、それでも世界中に食料品の販売を展開していたのだから売り上げは落ちる。また、栄養データのコストの低さと手軽さから貧者や貧困国への支援として活用された事も一部人類の食離れに影響を及ぼしていた。食は人生を豊かにするかもしれないが必要ではないという認識から、いわば趣向品としての意味合いが付与され、贅沢と忌避する人間も現れるようになる。禁欲を謳う宗教などは欲望の種が一つ減ったと喜んでいたが、その発想こそ通俗的で下賤であると思わないでもない。まぁ、でうでもいいが。

 このように世界的に食に対する意識が変化していったのだが、それでもバーツィットの方針は変わらなかった。やろうと思えば方針転換も可能だったが、国の上層がそれを望まなかったのである。国民のほとんどが農業に携わっていれば管理もしやすくまとめやすい。インフラ整備なども最低限でいいのだから福祉に金もかからない。となれば、余った金で存分に私服を肥やす事ができるというものである(経済をより発展させた方が懐に入る額も増えるのだが、バーツィットの政治家は皆無欲で現状で得られる汚い金だけで充分満足していた)。国民においては言われた通りに働けば競争もなく生きていられるのだからそれほど文句は出なかった。不自由さとの交換によって得られた気楽さは、心苦しくも一般市民に受け入れられていたのである。

 とはいえ人間の心は千差万別であり、朱に交わらない者もいた。バーツィットにも例外ではなく、自身の夢を叶えるために国を出る者は後を絶たない。しかしそのハードルは高く、飛び越える事は容易ではない。大きな目標や野望も現実という壁の前には脆く、成し遂げられる人物など一握りしかいないのだが、それでも夢見てしまうのは、人類の性といっていいだろう。俺はそれを否定する事も肯定する事もできない。

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