コモン・ピープル1

 奴隷戦争で異星初の核による爆撃を受けたフェースはしばらくドーガの、ドーガ分裂後はツィカスの実験施設が置かれていたのだが、問題は実験の内容である。

 フェースは奴隷生産農場だった頃から研究施設としての側面も有していたが、その内容まだ人道的であったといえるかもしれない。目背けたくなるような非道が行われる事もあったが数えるくらいで、ギリギリのところで人間の所業であったといえなくもないかもしれない(決して許される事ではないが)。そう思えてしまう程、戦後のフェースは地獄じみていた。

 核投下後、生き残ったフェース人は奴隷として各国に出荷された事になっていて、事実、彼らは散り散りとなって強制労働に従事しているし、歴史書にもそう記載されているのだが、一部の奴隷は死の大地となったフェース本土に拘束されていた。そこで行われるは筆舌に尽くし難い人体実験の数々。奴隷が幸福に見える壮絶な惨劇が繰り広げられる事となる。

 本土に残留した奴隷達はまず子供も産まされた。雌(あえて当時の呼ばれ方で記載する)一人当たり最低五匹、健康体であれば十匹程度、連続しての出産を強要される。人は生まれるまで十月十日の月日を有するとされているがそれはあくまで自然に沿った場合である。フェースの人体実験施設では妊娠している雌と胎内の子に促進剤を注入し成長速度を倍速化し、僅か三か月で分娩できるようになっていた。この弊害により、奴隷の雌は身体において十分な準備が完了する前に子を産む事となる。負担は大きく、激痛も走っていた事だろう。中には一匹排出して死に至る個体もあったが、研究員はそれを見て眉一つ変えず、「劣等」とだけ記憶して処理していった。

 生まれた個体は促進剤を日常的に投与され続け、半年後には成人と等しい体躯に育つが、全ての奴隷がそこまで成長するとは限らない。実験には多様な種類の検体が必要とされ、幼児期、少年期、青年期程度で投薬が終わる個体もあった。そして、それぞれに適した検証がなされていくのである。双子を解剖し一つにしたり、身体の器官を入れ替えたり、内臓を外部に取り出し、外付けの代替機会と接合されたり、逆に複数人分の臓器を組み込まれたり、脳を移植したり、一つの脳で二つの個体を繋げてみたり、異なる個体の右脳と左脳を合体させたり、神経を増やしたり、減らしたり、筋線維を膨らませたり、圧縮したり、複数の個体で血液を循環させたり、毒を投与されたり、菌を投与されたり、ウィルスを投与されたり、ともかく目を覆いたくなるような行為が当たり前のように行われていたのだった。昔ドイツに死の天使と呼ばれた医者が似たような事をやっていたらしいが、よくも人間がこれほど悪に堕ちられるものだとつくづく思う。同じく、赤い血が流れた人間相手に、どうして。


 フェースで行われていたこの恐るべき実験は記録されておらず公にはなっていない。ツィカスが撤退する際に証拠を全て隠蔽し、何もなかった事にしていた。実験に関わっていて証言する事が可能な者も、全て謎の死を遂げているが、そこに何らかの意図があった事は明白であろう。だだ、それを立証する手立てどころか、何があったかすら、定かではなかった。全てを知るのは、ツィカスを支配していたムカームのみぞ知るところである。


 実験が凍結されツィカスの人間が撤収したフェースは長く無人となり、しばし人々の記憶から抜け落ちる。住んでいた奴隷も、奴隷を買っていた人間も、全ては過ぎ去った過去として忘却の彼方へと追いやって朧気となり、そのうちにまた戦争が始まって、終わって、また争って、フェースの存在は、時の流れと共に遙かに消えてしまいそうになっていった。


 だがそんな時、一冊の書籍がベストセラーとなる。



 私の祖母はフェース人でした。



 ノンフィクションと謳われたその作品は当時のメディアが挙って宣伝し、書店では平積みで売られた。また、それに前後して各国の歴史と人権意識を絡めた報道が随所で発信されていた事も記しておく。要するにこのヒットは仕組まれたものであり、裏で糸が引かれていたのである。

 が、そんな事を知りもしない民衆はメディアが敷いたレールに沿い、奴隷問題は世界規模の流行となるのだった。同作品は映画化、ドラマ化、漫画家し、続編という名のフィクションまで制作されていき、人々は時代を超えて、フェースという国があった事を思い出していく事となる。


 この騒動において、ツィカスとバーツバの政府はまったく困っていた。両国の大統領(ムカームの死後しばらくして、二国は大統領制を採用していた)は、自らが行っていない責任を問われる事となったからである。


 運動家や人権派がフェースにルーツを持つ人間を支援する組織を立ち上げて謝罪と賠償を請求するまでに、さして時間はかからなかった。 当初は両大統領共に「過去の事象においては関知するところではない」と強気の姿勢を示していたが、圧力は次第に強くなり、所属政党や支持母体までもがフェース人への補償を求めるようになると、後はもう流れに屈するしか道はなかった。フェース人と認定された者は決して安くはない金を得ると同時に、国から正式に謝意を示されたのである。


 ここまではまだよかった。差別に対する意識が世界に広まり、二度と愚かな真似をしないという意思が人々に伝わっていったように思えた。だが、フェースの血を引く一部の者が次第に被害者の子孫である事を特権として振るうようになると、世情は大きく変化していく。逆差別という言葉が用いられるようになるのは、すぐ先の事であった。

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