国を見つめて11

 ユピトリウスの力が再び強まったのは奴隷戦争が多分に影響していたのであった。


 国力の大半を損なったかつての大国はこのまま為す術もなく滅びまで突き進むかと思われたがトゥトゥーラの援助により持ち直すと様相は一変。国主ペテロは言うまでもなく、国民一人一人に責務と義務の念が生まれみるみると復興の兆しを見せ始めたのであった。互いが互いに助け合い、働き、人を許し、愛す。そんな普通な、いたって人間的な活動が、ホルストに戻ってきたのだ。また、これまでの奴隷に対する扱いも徐々にではあるが改善されていった。差別の色は濃いものの迫害は減り、ついには市民権(という言葉はなかったが便宜的に使う)まで与えられたのである。なんという大きな進歩だろうか。長い異星観察の中で、人類の祖が生まれた時以来の感動を、俺は催した。


 こうした奴隷の解放の動きには多数の要因が挙げられるが、何よりもペテロの功績が大きかったのは疑いのない事実である。

 ホルストとトゥトゥーラの友好条約はキシトアが国策として立ち上げた元奴隷集団の組織にホルストが公共事業を受注するという条件によって結ばれたものであったが、当初はこれに反対するホルスト国民が大多数であった。これまで家畜以下として扱っていた奴隷を人間と同じ条件で雇うというのだから無理もない。築いてきた価値観が一気にひっくり返れば不安となるのも当然。誤解を与える表現だが、農馬が急に立ち上がって人と同じ生活をし始めたのと同じような衝撃を受けた事だろう。ホルストの人間は、人間化する奴隷に対して恐怖に近い嫌悪感を抱いていたのかもしれない。


 この国民の反感は市民運動にまで発展しトゥトゥーラ組織への工事受注を反対する意見書がペテロにまで寄せられた。建前としては自国の利益を減らす行いであるとの題目か掲げられていたが、ホルスト国内の企業、団体で事業を進めるにしても結局奴隷が行われるのである。そうなれば発生する金はドーガ(この頃は既にツィカスとバーツバに分かれていたが)に流れ、その金によって支配される事は明らかであった、そうなれば何も生み出せず、何も作り出せず、僅かな発展もないまま三流国家として歴史の片隅に追いやられる事となるだろう。そしていずれはエシファンか、悪ければフェースと同じ道を辿るのだ。ホルストが再起するには自力による国力強化が必要不可欠であった。

 そこでペテロが目をつけたのが奴隷である。彼は数多にいる奴隷を国民として扱い雇用する事によって税収と労働力の確保を画策。人口の母数を増やし国力の底上げを目論んだ。そこで問題となるのが先に記した差別意識なのであるが、トゥトゥーラの公共事業こそがその解決の糸口だったのである。



 ペテロは国民の反対を押し切りトゥトゥーラから派遣された労働者を受け入れると、その仕事ぶりを逐一メディアにて紹介し賞賛の言葉を投げかけるよう指示していった。その対象はユピトリウスの機関紙から民間発行の雑誌。果ては普及し始めたらラジオ放送にまで手を回し、一日中元奴隷の仕事内容をポジティブに偏向して垂れ流していったのだった。その結果どうなったかというと、これまで多数を占めていた反対派の意見が中立を経て賛成へとひっくり返り、奴隷を支援する活動まで行われるようになった。もうこうなると何もしなくとも時流は方向を定め加速していく。人々は奴隷を認め、これまで所持されていた奴隷が解放されていった。最後まで手放さないと意地になっていた人間もいるが、同調圧力と整備された法によって屈した。『ホルストに住む者は全て平等である』『何人たりとも個人の尊厳と権利を侵してはならない』という条文を含む法律は、遙か未来のホルストにおいても変わらず残り続けている。

 解放された奴隷は現地雇用としてトゥトゥーラの組織に組み込まれ労働に従事。また、中には教育を受け知識階級へと進出する者も稀ながらに見られた。教育としての道徳が広まりつつあったこの時代においてはインテリ側の方が彼らにとって住みやすい環境であっただろう。そうはいっても、やはり大半は肉体労働に勤しんでいたのであったが。


 こうした背景もありホルストは僅か数年で国を立て直し、かつての栄華を取り戻しつつあった。ボロボロだった道も公共施設もすっかりと修復され、街にあふれる人々は笑顔で話の花を咲かせる。偉大なる青。美しきホルストは過去の遺物ではなく現在へと復活し、異星の中心へと返り咲いたのであった。

 一つ違う点があるとすれば中心がホルストだけではないという事だが、それは返って良好な環境だといえるだろう。強国が自国以外にもあれば下手は打てない。基本は宥和な姿勢を保ち、牽制し合うか、手を結ぶ。そうして発展し、そこに住まう人類を育んでいくのが一番不幸がなく、平和だろう。例外や暴走も発生するが、それでも大多数の人間が死なずに生きていけるのはいい事のように思う。とはいえ、人の死をグロスで捉えるのは危険な思考だし、幸不幸など個人の感情に依るものであるから、断言はできないのだが。


 ただ一つ言える事は、異星に、ようやく平和らしい平和がやって来たというきだ。

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