国を見つめて10

 もしジッキ以外の人間が領土の分割などを言い出せば、ムカームは即座にその者を退かせ適当な罪過をでっちあげて処分していただろう。だが相手がジッキであればそうはいかない。後ろに控える派閥の問題もあるにはあるが、それよりもなによりも、目の前に座る、自分よりも二十も三十も歳が上の老人が、自らの命さえ駆け引きの材料として交渉の場に座っているという事が既に脅威なのである。迂闊に殺せば祟られる。非科学的な予感ではあるが、確信的な恐怖を十分に備えた、得体の知れない深淵が覗き込んでいるのだ。まともに相手をすれば取り殺される。そんな実感が、ひしひしと伝わる。相対するムカームは相当なプレッシャーを感じているのか額に数的、汗を浮かべている。俺はムカームが冷や汗を流す姿などこれまでに見た事がなかった。その事実だけで、ジッキという妖怪が途方もない闇を孕んでいる事が察せられた。





「あれは魔人の資質ギフトですね。しかも後天的に発生したようです」


「なんだそれは」


 横から転がってきたモイからの詳細説明。いつもタイミングがいいが、計っているのだろうか。


「ファンタジーの世界でいうところのボスですね。本来は星者と同じく生まれついて持つ資質なのでございますが、まさか生涯の中で獲得するとは。過去、余程強烈な体験をしたのでしょう」


「というと?」


「魔人の資質は性格も固定されています。欲深く野心家で、他の犠牲などなんとも思わないような、最悪な人格がセットで付与されるのです。そうでなければこの資質は開花しません。つまり、この男は何かがきっかけで、宇宙でも稀に見る絶対的な悪の意思に目覚めたという事になります」


「資質を持ってから性格が変わったんじゃないか?」


「それはあり得ません。この資質は普通の人間には宿らないのです。もし仮に資質が先だとしたら、俗に言うサイコパスやシリアルキラーといったカテゴリに属する人間であっても己が胸に湧き出た最低の悪意から発生する良心の呵責に耐え切れず自死を選択します。この世の罪全てを数えてもまだ不足する程に、魔人が負う咎は膨大なのです。幸いにしてこの男の資質は後天的なもの故かまだ人として見られるものではございますが、完全な魔人はもはや人ではありません。悪魔や鬼と評するのも甘いくらいに、悪そのものなのです」


「そんな物騒な人間が本当にいたのか?」


「少数ではございますが、確認はされております。勿論、石田さんが住んでいた地球においても」


「……」


 ぞっとしない話だ。もしそんな人間が近くにいたら堪ったものではない。

 ……もしかしたら、ジッキのように巧妙に人の皮をかぶっていただけで、知り合いの中にもいたかもしれない。恐ろしい話だ。考えるのはやめよう。








「国を二分するという事がどういう意味を持つか分かっているのか?」


 些かな狼狽えこそ見せたが、それでもムカームはムカームであった。既に汗も引き、いつもの様子でジッキに凄む。漂う覇気は虚勢でもあっただろうが、それを感じさせない堂々たる様子は闘争する獅子のようである。


「勿論でございます。数字の上とは言え国力は落ち、ムカーム将軍の立場も危うくなるやもしれませんなぁ」


 対するジッキはなんとも涼し気であった。涼し気に、国の衰退と主君への危険を述べたのである。

 ここまでならば単なる世迷い事、あるいは血迷いで済んであろうが、問題はこの先。ジッキは「しかし」とムカームを制し、尚も言葉を続けた。


「このままではいずれトゥトゥーラに世界の覇権を取られる事でしょう。戦争の混乱により一時的に遅れてはおりますが、時代の波は確実にトゥトゥーラに吹いている。これはもう変えようがない」


 ここまではムカームも認めるところである。今更反論する余地もない。


「貴様の話は分からんでもない。だが、それと我が国が二分するのと、どう繋がるのだ」


「簡単な話でございます。二国間での取引を密に行い、経済活動を活性化させるのです。金は勿論、物資、情報に流動性を持たせるための戦略的経済協定を締結。機能を分散、肥大させていく事でより強力強固な地盤を形成し備えれば、必ずトゥトゥーラに勝る国家連合ができあがりましょう。また、その過程で他国にも経済協定を結ばせるのもいいかもしれません。殊、コニコなどは都合がよろしいでしょう。かつての属国でもあり敗戦国でるのですから、御しやすいと存じます」


 凡そ荒唐無稽な話である。元ある国を二つに分けて経済線を構成するなど理外の事。その発想は斬新であったが、にわかには受け入れられない、突飛な内容であった。凡人が、いや、例えこの当時に存在する一流の経済学者が提唱したしても、聞いた者が一蹴に伏すような妄言の類である事に間違いない。だが、これを言った人間は他でもない、魔人ジッキなのである。説明のできない異様な説得力と怪し気な光明が、彼の言葉には含まれているのだ。



「……詳細をまとめておけ。考慮する」


 その言葉に「ありがとうございます」と頭を下げたジッキは立ち上がり、部屋を去っていった。ムカームにしてみれば言わされた、承諾せざるを得なかった提案ではるが、なんとか保留という形で一時的にまとめたというった様子である。だが、結局のところジッキの言う通りにする未来は確定しているように思えたし、事実そうなる。ドーガはツァカス、バーツバに分かれ、今後、大きく発展していく事となるのだった。

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