ヨッパライの帰還7
ジッキの手配によりエシファンとコニコの準備は完了し、後は仔細を詰めるだけとなった。三国の代表者が集まり微調整をして、各員が同意を示せば晴れて国交開始である。
場所はエシファンの代表者であるバンナイ・アイたっての希望によりトゥトゥーラ決定された。各国の主な主要人物は先に述べたバンナイとワザッタ。コニコからは現国主である
そして、要人たちが続々と集まる中、キシトアは未だ執務室にいた。
「パイルス。どうだ今日の我が衣裳は。実に煌びやかで高貴であろう」
「左様にございます」
「どこからどう見ても完璧な出で立ち。非の打ち所のない完全なドレスコード。例えるのであれば、夜空に燃え盛る灼熱のフレア! そうは思わんかパイルス」
「左様にございます」
「もし仮にこの世界が明日終わろうとも、我を見た人間はきっと後悔せず永久の眠りへと誘われるだろう。何故ならあまりにも見事が過ぎるからな! 違うかパイルス」
「左様にございます」
「そうだろう!」
実はこのやり取り、既に五回も繰り返し行われている。
キシトアはやたらと浮かれていた。ほぼ決定的とはいえ、国の命運を、世界の岐路を定めるであろう重要な会合を前にして、気味が悪い程フワリとしているのだ。考えられる要因としては酒の飲み過ぎだが今回に限っては一口も飲んでいない。それどころか、細かな打ち合わせが遅く行われていたため、前日でさえ身体に酒気を入れていないのだ。あのキシトアが強制されたわけでもなく二日もの間素面でいるというのは尋常の沙汰ではない。この様子についてパイルスは妙な顔つきで眺めていたのだが、恐らく「大統領としての自覚に目覚めたのだろう」とでも考えていたに違いなく静観を貫いていた。だが、さすがにこうもトンチキなやり取りを繰り返せば不信感も増すというものである。
「少しばかり気になっているのですが」
「なんだどうした言ってみろ。なんでも答えてやるぞ」
「……何か、こう、妙なのは、何故ですか?」
「妙? 何がだ? この衣裳がか?」
「いえ、衣裳ではなく」
「そうだろう! どこからどう見ても完璧な出で立ち。非の打ち所のない完全なドレスコード。例えるのであれば、夜空に燃え盛る灼熱のフレア!」
「それです」
「なに?」
「もう何度も同じやり取りをしております。浮ついた台詞に軽薄な動き。本日は一段と緊張感がない。どうなされたのですかいったい? 普段であれば、こういう日だけはしっかりと地に足をつけ、腰を据えておられましたのに、その姿勢がない。はっきりといって迷走しておられる。これはどうした事でしょうか。お聞かせください」
普段聞き慣れない怒気の籠ったパイルスの声が届いたのか、キシトアは急にシンと筋を通したように押し黙り、腕を組んだ。
「違うか? 普段と」
「ご自覚がございませんか?」
「ない。まったく」
「……」
「……」
パイルスの感情は怒りから困惑、そして唖然へとシフトしたようで、言葉も出ずに立ち尽くしている。
「……本日はやめましょう」
そして、意を決したように口を開き、そんな事を言った。
「何をだ?」
「会議です。エシファン、リビリとの会合を中止とし、一旦お休みになってください」
「なにを言う。できるかそんな事。だいたい俺は疲れてなどいない」
「いいえ。身が入っていない様子に加え妙な言動を繰り返す症状。これは完全に精神的な疾患の症状です。ひとまず一日安静とし、明日、冷静になってから存分にお話合いをしていただきたく存じます。まずは休養。休息が第一です。これまでお身体とお心の変調に気付けず大変申し訳ございません。長らくのお役目お疲れ様でございました。どうぞ、今は全てを忘れてベッドへお上がりください。お酒もすぐに持ってまいりますので……」
パイルスの謝意は心底からの訴えであり、そこに偽りはなかった。彼は本当にキシトアがおかしくなったと思い込み、それを見抜けなかった自分を責めているのだ。
「俺はおかしくなってなどいない」
「みんなそう言うのです異常をきたした人は。ですが恥じる事はございません。これまでのご公務、並の人間であれば重圧と緊張で圧し潰されていたでしょう。それを今日まで正常なようにされていた事。さすがとしか言いようがございません」
「……」
「ですがもういいのです。貴方様は存分に働きました。これからは隠居し、過去の記憶を辿りながらゆっくりと余生をお過ごしください。以後のお暮し、また国政につきましてはお任せください。全身全霊を持ちまして、私が務めさせていただきます」
「……」
「ですからさぁ、寝室へ行きましょう」
「……」
パイルスはキシトアの腕を掴み引っ張ったり押したりしている。情緒の不安定著しい彼においてはもはや何を言っても無駄だろう。
「ささ。お早く。お心に障りますので」
「……」
キシトアがどうしたものかといった風に自由になっている方の腕の手で顎を触り思案していると、執務室の扉がノックもなく開かれ、エティスが無遠慮に入室してきたのであった。
「キシトア様まだ準備なされているんですか? フィアンセはもう到着してますよ!」
「あ、馬鹿お前」
「フィアンセ……フィアンセ!?」
驚愕するパイルスが冷静さを取り戻すのには、少しだけ時間がかかった。
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