ヨッパライの帰還8

 キシトアが会議の場に姿を現したのは着席している各々に出された茶が既になくなりかけている頃であった。


「お待たせして申し訳ございません。少々トラブルがありまして……」



 入るなり開口一番謝罪の言葉であるが、服装はしっかりと決まっていた。



「左様でございますか」


「再任とはいえ、国主……いえ、大統領となられたばかりでございますからな。無理もございません」


 フォローなのか皮肉なのか判断しかねる返答をしたセワとウナに対してキシトアは愛想笑いを浮かべ着席した。どうもコニコ本土の人間は陰気というか卑屈な面があるようで、言葉の一つとっても素直に受け取れないジメとした特性がある。キシトアと面識のあるベヤノが微笑にて対応したのは、その性質が謙虚という徳に好転しているためであろう。さすがに大使となるような人間は友好的である。


「遅れてしまった上でこう申すのも心苦しいのですが、早速本題に入りたいと思います。とはいえ、既におおよその指針は決まっておりますので、後はどう調整を付けるかという事くらいでございますが……」


 始まった会議はキシトアの言葉通り些末な調整を決めるばかりであり、予定通り手早く締められ多くの時間は談笑に使われたのだが、会議中に不穏な空気になる事もあった。ウナがコニコの流通について説明している際、下請けの組織が追加で組み込まれている事が発覚したのだ。

 事前に知らされていなかったそのリストはどう見ても不可解。一応各組織の内情と詳細は確認できるようにはなっているが、実際に機能しているかどうか怪しい一団さえ垣間見える。不正を行うと明言しているに等しい。

 ウナが話す中、誰一人として言葉を発さなかったが、誰もが確信的な不信を胸に抱き、漂う沈黙の中には軽蔑が含まれていた。しかし、全員がそうしているように、これに対して声を大にして「ふざけるな」というわけにはいかない。なぜならウナの背後にはジッキの影が見えており、これを通さねば貿易そのものが認められなくなるという圧が強く働いていたのである。極めて不健全かつ公平性に欠ける経路であっても黙認するしかない。キシトアとてそうであり、殊、バンナイなどは口を挟む余地すらなかった。ドーガ、コニコに支配されているエシファンの代表であれば、何をどうされようが黙し服従するしかないのである。唯一発言できそうなのはワザッタくらいなものだが、彼に関しても事前にジッキから牽制されており承認するしかなかった。不鮮明な資金の動きに対して一番苦労するのがCDEモーターズだというのに、ほとほと貧乏くじばかりを引くものだ。






「お時間もよい頃になりましたので、本日はこの辺りで解散しても」


 そう言いだしたのはセワであった。キシトアは招く立場であり、バンナイは国家の序列としても立場としても一段下。ワザッタは建前上政治的な関与はできないし、ウナは虎の威を借りているとはいえ単なる下請け業者の代表である。この中で終了の機を伝えられるのはセワしかおらず、また、彼自身も当然それを承知しおり、実に最適なタイミングで切り出したのであった。


「そうですね。では、一旦ここで終了とさせていただきます。本日は皆さまのおかげで実りあるお話ができました。三国の国交が正式に決まり、貿易がはじまる事、大変嬉しく、また感慨深く思います。今日という日が三国の友好の始まりとなり、また、長く続く平和への最初と一歩となるでしょう。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします」



 キシトアの挨拶により会議は終了し、各国代表者は揃って部屋から出ていった。夜はお決まりの会食が予定されている。昼間に顔を合わせた人間とその夜に再び会って、また同じような話を交わさなければならない苦痛がどれほどのものか俺には想像もできないが、一人となったキシトアの辟易とした表情と溜息から何となく察せられた。ご苦労な事だ。


 しかし、その後キシトアは急に笑い出したかと思うと、実に愉快そうに鼻歌を響かせながら酒ではなく茶を入れ始めたのだった。それは先に執務室で見せた異様な様相と同じで、完全に浮足立っている。


 そこへ一音。扉をノックする音。キシトアは「入れ」と入室を許可する。


「キシトア様」


「おぉパイルスか。どうした? 暇なら茶でもどうだ?」


「私は暇でございますが、生憎とキシトア様はそうもいかないかと」


「……? どういう意味だ?」


「バンナイ様がお尋ねになられております。如何なさいますか? 断って私とお茶をお飲みになりますか?」



 パイルスの言葉には多くの棘が含まれておりまったく不愉快といった口調である。



「……婚約を黙っていた事は謝るが、少し尾を引きすぎではないか? だいたいこれは仕方なく……」


「何の事やら……それに仕方がないと仰る割には、随分とお楽しそうに見えますが、私の勘違いでしょうか」


「そう拗ねるな。色々問題があったのだ」


「それはそうでしょう。相手がエシファンの代表で、しかも性別を隠して活動している方など、問題がないわけがございません。これからの立ち回りや振る舞い。外政、内政に出る影響。試案し、対策を立てねばならぬ事が山積みでございます。もっと早くに知っていれば初動が楽になったのですが。まぁ、仕方がございませんね」


「返す言葉もない。すまんな」


 キシトアは軽くそう言うと、パイルスは頭を抱えて項垂れた。今後起こるであろう政治的な動きを考え滅入ってしまったのだろう


「……バンナイ様をお連れいたします」


「あぁ。よろしく頼む」


 パイルスは諦めたように言うと、重い足取りで部屋から出ていった。一方でキシトアは上機嫌で茶を飲みながら、前髪や襟元などを整えた。

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