ヨッパライの帰還6
ジッキが第一手として打ったのはエシファンにいるワザッタへの協力要請であった。表立って関与できないのであれば、実質属国であるエシファンを介して事を行う必要がある。むしろ、現状ではそれ以外に道はないと言えよう。忍ばせている諜報員とて万能ではない。各国全ての意思決定を操作するなど土台無理な話なのだ。とはい、少々問題がない事もなかった。
「ワザッタ君。久しぶり」
「ジッキ様……どうなされたのですか突然」
ジッキは自ら足を運びワザッタの前へやって来た。アポはない。これは相手がワザッタだからというのもあるが、彼がよく取る心理的な戦術の一つである。
人間、多くの場合予め計画を立てているものである。それは会議の予定であったり遠征の準備であったり夕食の予約だったりと大小様々なわけであるが、その計画が崩れ去ると、往々にして人は混乱し決断力が鈍る(ムカームやキシトアといった例外はるが)。この一時的な錯乱こそジッキの狙い定めるポイントであり、人を動かす技術の基本にして骨子なのであった。
「なに。ちょいと君に用事があってね」
「はぁ、分かりました。すぐ応接室へ」
「いやいや。ここでいい。幸いにして今ここにいるのは私と君だけ。無駄な時間も使わず気も遣わず、じっくりと話せる。応接室など行かなくとも。ここでね」
「はぁ……」
二人がいるのはワザッタの私邸エントランス。小さな椅子こそあれ、とても国家運営に関する話題など持ち出していい場所ではないが、それこそがジッキの手段である。ワザッタが言う事を断れないと知りつつ、あたかも茶飲み話でもしようという風を装い、実際に伝えるのは超重要な機密事項。トップシークレットである。この場、この時、この様子でそんな事を伝えられれば、得てして……
「そ、そんな話をこんなところで……!」
こうなる。この時点でワザッタはジッキの術中にはまったといってもいいだろう。まぁワザッタであればわざわざこんな手を尽くすまでもなく予測通りの行動を取ったであろうが、そこはジッキの癖みたいなものだ。
「そう驚かなくともいいだろう。まぁ落ち着きなさいな。そうだ。茶を持ってきたぞ。飲むかね?」
「い、いただきます……」
ジッキは水筒を取り出し、持参したカップに茶を注いでワザッタに差し出した。ご丁寧に菓子まで用意されている。気の利く事だ。
「それで、三国の貿易にあたり、君に頼みがあるのだが」
「……なんでございましょうか」
「なに。簡単な事だよ。君の会社がドーガとコニコの間を取り持ち、また、両国の輸入品をエシファン本土に円滑に流通するよう動いて欲しい」
「それは勿論かまいませんが……」
「なにかな?」
「……いえ」
ワザッタが一瞬言葉に詰まったのには理由がある。というのも、先に述べたようにジッキはムカームすら無視できぬ力を持っている事から、彼に与する人間達はムカームと少しばかり溝ができていたのだ。つまりは派閥である。表面化こそしていないが両陣営の線は明確に分かれており、反目する一員との連携など急務でもなければまずない事態であった。そして今更いうまでもないがワザッタは完全にムカーム派である。というか端からは急先鋒と目され、フィルに次ぐ側近中の側近として見なされている。そのワザッタに対して対立派閥(という程物騒なものでも今の所はないのだが)の長であるジッキ自らが任を命じるなど、様々な観点から見て火種になりかねない事態であった。問題というのはこの事だ。
しかしそれも関してジッキが承知していないわけがなく、対策を考えていないわけがなかった。
「そのお役目、僭越ながら務めさせていただきます」
「ありがとう。そう言ってくれて助かるよ。なにせエシファンで一番頼りになるのは君だからね。断られたらどうしようかと」
「重要な国政に関わる事案を断るなどできませんよ。粉骨砕身の覚悟で当たらせていただきます」
「それは頼もしい期待しているよ」
そう。この事案はドーガ全てに影響する事象。重要なのは如何に国益に寄与するか。そして、如何に実績を作るかという点である。
今回ジッキはムカームの勅命によって動いている。であれば、派閥関係なく人間を使っても差し当たって問題にはならず、ムカーム派であってもそれを断る事はできないし、理由もない。全ての責と命はムカームの名によって保たれるところとするという大義名分を破る事は現状誰であっても不可能であり、絶対的な効力を持っているのだ。
それを逆手に取ればジッキはムカーム派の人間を操る事もできるのである。流通の責任者としてワザッタを任命したのはそれがベストであると同時に、自身がそうした立場で動いているとドーガ全体に分からせるためのパフォーマンスでもあった。
ここまでお膳立てされれば堂々と全権を握り事に当たる事ができよう。極端な事を言えば、ドーガの全能力使う事が可能なのだ。失敗の目を出す方が難しく、成功すれば更なる権力が手に入る。こんなに美味い仕事はない。ジッキはこの三国貿易にあたり、更なる躍進を遂げる腹積もりなのであった。
「では、私は行くとしよう」
「お見送りいたします」
「いや結構。君も忙しいだろうしね。勝手に帰らせてもらうよ。その水筒とカップはここに置いておくから、好きに使ってくれ」
「はぁ……」
「それと」
ジッキは別れ際、ワザッタにこう言い残す。
「コニコの方は間にもう一つ噛ませるから、そのつもりでいてほしい」
その中間組織が全てジッキの息がかかった人間によって構成されていたのは、言うまでもない。
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