逆襲のシシャ24

 食堂は小さな屋敷の中でもとりわけ広く敷地が取られていた。会食の際、全員が入りきらない事態となったら大失態であり、そんな間抜けを働かぬよう配慮した結果なのだろう。ならばもう少し屋敷自体を大きく造れと思わなくもないし、現にムカームにも「当てつけか?」と嫌味を言われていた。まぁムカームなら大きく造ったら造ったでどうせ心地よくない言葉を送るだろうが。


 その広い食堂の最奥には、エティスが伝えた通り黄色い花が挿れた卓があった。それを見つけたバンナイの鼓動はこちらまで届くほどに高鳴り、呼吸が異様に荒くなっている。そこまで変調をきたすのはもはや病気ではないかと疑ったが、頬の紅潮から即座に杞憂だと判断できた。しかし、いくら憧れとはいえこの反応はさすがに度が過ぎていると言わざるを得ない。これではまるで……というかまさに……



 予感。確信。同性愛の予兆である。



 断っておくが俺は別に人をジェンダーで差別する気はない。レズビアンだろうがゲイセクシャルだろうがバイセクシャルだろうがトランスジェンダーだろうが性的傾向も恋愛趣向も当人間とうにんかんの自由なのだから好きにしたらいいと思っている。しかし俺はマジョリティなのである。そっち方面への理解はあるつもりでいるが興味はないし、人の恋路なれば尚更だ。それを覗き見るというのはなんともバツが悪く性に合わん。いや、キシトアがここに呼び寄せたのはそういう話のためではないが、バンナイはそういう感じになっている気がしてならない。というかなっている。今まで気が付かない振りをしていたがもう無理。こいつ、確実にキシトアにそういう感情を抱いているのだ。歳の差も性別の差も超えて結ばれるのであれば大変素敵ではあるが、当人たちの知らぬ所で見学するのはさすがに趣味が悪い。しかしこれが男女だったら……それでも駄目だが、同性愛よりは……

 ……駄目だ。俺はなんとも差別的人間だ。二人の関係が男女であったならばと想像すると、途端にその後の展開が気になってしまう。おのれ。男二人の恋愛関係をどうして承服できないのだ俺は。やはり古い人間と同じように、無知と無理解による拒否反応が出ているというのか。そんな馬鹿な。そんなはずはない。俺はそんな狭量な男ではない。いいではないか誰と誰のラブロマンスだって。それでも立派な物語だ。であれば俺は刮目せねばなるまい。この異星における、歳の差同性愛が辿る行方と顛末を。




 このような失礼千万かつ実に差別的な思想に取りつかれながら事のあらましを見ていた俺は、その結果に驚愕し脱力する事になる。




「おっと失礼。すみません」


 卓に近づいたバンナイはいつの間にか複数の男たちに囲まれていた、そして。


「……」


「な……」


 卓に掛けられたクロスが突如めくりあがると、中には男が一人。それが誰であるかは想像するまでもないだろう。


「キシトア様……!」


「お待ちしておりましたバンナイ殿。無礼は承知でございますが、いま一つお付き合いを」


 そう言って卓の下へと沈んでいくキシトア。見れば床が展開し地下へと侵入できる構造となっている。奥に入ると長い廊下があり、そこを抜けると、一部屋分の広さのある空洞がぽっかりと空いているのであった。


「このような場所にお連れして申し訳ございません。ですが、必要な事でして」


 キシトアが乱雑に置かれた木箱に着席を促すと、バンナイは自前のハンカチを敷き腰掛けた。


「ここは防音処置がされております。上の騒音もあいまって、一切の会話は漏れません。いや、ドーガの連中に気付かれぬよう準備するのは大変でした」


「それはいいのですが、いったいどうして、私をこのような場所に?」


「貴方を口説きに」


「くど……」


 その発言に対して過剰な反応を示したバンナイはキシトを困惑させたようだったが、話は続けられる。


「バンナイ様。あなたはこの世界を、ドーガが主導権を握るこの情勢をどう思われますか?」


 いきなり踏み込んだ内容である。言い換えれば、「貴様もドーガを気に入らんだろう」と言っているのである。いくら何でも正直すぎるが、今更繕っても仕方がないようにも思える。結局のところ、賽は投げられたのだ。


「……キシトア様。それ以上の発言は、お立場を考えて申し上げていただきたく」


 バンナイの目の色が変わる。当然だ。例え色恋にのぼせていようとも、これくらいのバランス感覚がなければ政治などできはしない。他国の首脳クラスが不要な発言をすれば諫めるのは当然である。それはキシトアも分かっていた。分かっていてなお、彼はバンナイを取り込もうとしているのだ。


「はっきりと申し上げます。私はドーガが気に食わない。何をするにもあのムカーム将軍の顔色を窺わなければならないと思うと反吐が出るし、これまで奴がやってきた事に対しても唾を吐きかけてやりたい。他国を暴力で支配し、利用するばかりではなく、あらゆるものを奪い続けるやり方にはもはや我慢できない。私はドーガの邪知暴虐に終止符を打つために、エシファンにやってきたのです」


「それは、正気でございますか?」


「勿論でございます。伊達や酔狂でこのような事が言えるのであれば私はとっくにドーガに下っている」


「……なるほど、分かりました。しかし、どうやってドーガに対抗するおつもりですか?」


 バンナイの言葉に、キシトアはにやりと笑う。


「強大な敵と相対するにはそれを凌ぐ数がいる。こう申し上げれば、聡明なバンナイ殿にはお分かりいただけるかと」


「それは……つまり……」


「はい。エシファンには、リャンバと同盟を結んでいただきたい」


 バンナイの額から一粒の汗が流れ落ちた。

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