逆襲のシシャ23

 自身の周りにいるのが味方ばかりではないというのは想定していただろうが、よりにもよって国の最高指導者に嫌疑の目を向けられているというのは大きな障壁となるであろう。それに、実際キシトアも遊びに来たわけではない。胸に一物も二物も抱え込んでおり、まさにシュンスィが危惧している通りの行動をしようとしていのである。釘を刺されれば普通、心理的に動きにくくはなるが、キシトアは……


「おや、これはコニコの駐留大使殿で。確か、ベヤノ殿でしたな。お初にお目にかかります」


「おぉキシトア様。ご挨拶が遅れました。ベヤノ・コマルヒでございます。先ほどの大変素晴らしいご挨拶、私感服いたしました」


「左様でございますか。いや、こちらの言葉を覚えてよかった」


 精神的な枷など微塵も感じさせない軽やかさ。シュンスィの牽制もキシトアに対しては効果がなかったようだ。考えてみればそれも当然。復讐のために属国に成り下がるような判断をする人間が、国史を記さんとする人間に適うはずがない。如何なる理由があろうとも、主権を放棄し、他国に下るなどという選択は下の下である。リビリに敗れ、敗戦後情けで存続し続けてきた国であるエシファンはとうに国家としての矜持も力も失っていた。いわば生ける屍となった国なのだ。そこにきて伝統を重んじるなどとは的外れもいいところ。やるべきことは改革による革新。古い血を放棄して、それこそ熱血の流入を促進せねば代謝がなく、近い将来エシファンは潰えるだろう。それを分かっているからこそバンナイのような人間を登用しているのだろうが、いかんせんそれだけで終わった気になっている。国の発展と同時に若い人間に介護までさせようというのだからとんだ面の皮の厚さだ。何処へ行っても、権力を持った老人というのは欲深いものである。


 反面、コニコはまだ見る目があるように思える。それというのも、先ほどキシトアと話をした駐留大使はバンナイ程でないにしろ若く、四十に届くか届かないかくらいの歳なのだが、大した人間であった。

 更地となった旧ドゥマンはコニコの指示の元によって立て直しが行われたのだが、ある程度の開発が終わるとさっさと手を引き、協力費として金を受け取った後は全ての事業から撤退したのであった。これはエシファンの将来性のなさとドーガとの関係性を考慮した極めて高度な政治的判断によるもので、それを決めたのがこの駐留大使なのである。彼は時折、「私は若かったがエシファンの連中は老い過ぎていた」と懐古している。それほどまでに、エシファンの老化は深刻かつ、ずっと続いているのである。救い難い話だ。



 この老人国家国にキシトアが何を求めてやってきたのかといえば、それこそ、新しい時代である。




「バンナイ様」


 パーティーがいよいよ盛り上がりを見せる頃、バンナイを呼んだのはエティスであった。


「これはエティスさん。お一人ですか?」


「左様でございます」


「そうですか。それは残念だ。キシトア様がいらっしゃたら……失礼。軽率な発言でした」


「いえ。私の事はお気になさらず。それよりもバンナイ様。お酒はお飲みになっておりますか?」


「え? あぁはい。軽く入れた程度ですが」


「酔ってはおりませんか?」


「はい。色々と話をしなければなりませんので、弁えております」


「よかった……。では、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」


「それはかまいませんが……」


「でしたら、十分後。食堂の一番奥。黄色の花が差してある卓へいらっしゃってください」


「……何か、準備でもおありで?」


「来ていただければお分かりになります。それでは、私はこれで」


「……」


 エティスは言い終わるとにこやかに礼を残して立ち去っていった。この不審な言動に対してバンナイは勿論何かしらの意図があると仮定して思案していた事だろう。これまで絶えなかった笑顔がなくなり、冷たく静かな瞳がエティスの後姿を捉えて離さなかった。



「……!」


 

 そして何かに気付いたかのようにバンナイは口を開けて顔を赤くした。彼が何を察したのか。これは俺にも分かる。エティスがわざわざ一人で指示を伝えにきた意味を考えれば余程の朴念仁でもなければだいたいの検討がつくというもの。つまりこれは、キシトアから「待っているぞ」との言伝なのである。だがいったい何故このタイミングで呼び出したのか。バンナイにとってはその点だけ不可解であろう。だが、そんな疑問すら超越したかのように、彼の周りに漂う空気は高揚の色に染まっているのだった。そこまで嬉しいものかと少し気色悪いなと思ったが、サッカー少年がクリスチアーノロナウドに、野球少年がトラウトに会えるようなものかと考えればまぁ納得がいく。バンナイにとってキシトアは憧れであれスターなのだろう。




「とはいえ、いくらなんでも喜び過ぎじゃないか?」


 何かと落ち着きなく、頭をかいたり唇を触ったりするバンナイを見て、思わずそんな感想が口から出した。


「まぁ、若い人間なんてのはあんなものじゃないでしょうか」


「俺は若いがあんな風になった事は一度もないはずだぞ」


「そりゃあ石田さんにはそんな経験ないでしょう。うだつの上がらない学生生活を送ったうえにニートやってるんですから」


「……お前は本当に言葉を選べ」


「善処いたします」


 モイと口論していると、あっという間に十分が経っていた。バンナイは浮ついた足で指定された場所へと向かっていくのだが、その動きの軽やかな事といったらなく、まるで羽が生えたようにすいすいと進んでいくのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る