逆襲のシシャ25

 エシファンは名実ともにドーガの支配下にある。それは公に発表された事ではないが、どこの誰がどう見てもドーガの威を借りおこぼれにあずかる下賤な国であり、陰で軽蔑されていた。


 だからこそ、エシファンは絶対的な忠誠をドーガに見せねばならない。


 自らの意思で跪いた国家が宗国を裏切りどうして存続できようか。余程の策略や後ろ盾がなければ即座に背信の罪過により制裁を受け、良ければ植民地。悪ければ国家滅亡の悲劇を生むのである(国民としてみれば後者の方が気楽かもしれないが)。そして余程の策略や後ろ盾など本来であれば望めるべくもない。そうさせないからこそ、国が国を支配できるのだ。


 だが、ここに外部の介入があればどうだろう。

 もし、宗国と肩を並べる程の力を持つ国が援助を行ったら。

もし、資金も資本も潤沢であり、政治的立ち位置も確立している先進国が属国の側についたとしたら。



 気が付けばバンナイは冷たい汗を流し震えていた。キシトアの言葉がどれほど希望と危険を孕んでいるのか理解し、その破壊力の前に、恐怖していた。


「し、しかし、同盟といいましても、いったいどうやって……」


「それをこれからお話ししたいのですが、よろしいでしょうか?」


「……」


 息を呑むバンナイの沈黙は話の続きを要求しており、キシトアはそれに答える。


「我が国はご存知の通り、大変遺憾ながらドーガに一歩及ばぬ状態です。戦力差は勿論、勝っていた工業技術力と生産力においても後塵を拝す形となっております。優れているのは陸戦くらいなものでしょう。また、大陸における国家間のパワーバランスも考慮しなければなりません、攻められれば不利は確実。負けぬように立ち回るのが精一杯といったところ。ここまではよろしいでしょうか」


「……はい。続けてください」


「そしてそのドーガがいつ我々に牙を向くか分からない。今は確かに平和ですが、時が整えばムカーム将軍はすぐさまリャンバの支配に動き出すでしょう。というより、既に動いている可能性も十分あり得る。いや、動いていると断言しましょう。我が国へ諜報員を送り込み、内部から瓦解させる作戦が、今まさに行われているのです」


「何か根拠は?」


「ありません。尻尾を掴ませないのはさすがといっていいでしょうですが、それ故に不気味。何一つとしてこちらに対するアクションが見えないのは返って不自然。本来であればあえて痕跡を残すなどをして牽制するはずなのですがそれがない。どう考えてもおかしい」


「ムカーム将軍が、本当に友好を結ぼうと考えている可能性もあるのではないでしょうか」


「それはありません」


「なぜ断言できるのですか?」


「私が彼の立場であれば、決してそんな事は考えないからです」


 無茶苦茶な理由であるがバンナイは反論できなかった。それは恐らく、彼においてもキシトアと同じく、自分であればそんな真似はしないなという結論に達したからだろう。ムカームという人間だからそうするという類のものではなく、これまでのドーガの動きや戦略を鑑みれば、自ずとそのように結論付けるしかないのである。


「そしてそれを阻む手段が、エシファンをはじめとした、各国との外交なのです。我が国は確かにドーガに劣っている。しかし、それはあくまで戦争に関しての話。視点を移し、別の観点から見れば、渡り合えるどころか圧倒的に有利となれる部分が、我が国にはございます」


「それは、いったいどのようなものでございましょうか」


「商売。商売ですよバンナイ殿」


 キシトアは声を潜めながらも身振り手振りで強調し、狭い部屋をより一層狭く見せるように動き回り話を続けた。


「我が国の経済活動はドーガなどとは比べものになりません。食料品。工芸品。美術品。酒。煙草。全てにおいて高品質であり、かつ市場流動性を高めております。これを海を越え、より多くの国々へと輸出し、また、他国の商品を輸入して、交易の拡大と延長を図るのです。その中にはもちろんドーガも含まれている。そうして奴らから戦争という武器を取り上げ、こちらの土俵へと無理やり立たせてやるのです」


「どのように、でしょうか」


「いくつか考えはあります。そのうちの一つを具体的に申し上げれば、ドーガの主商品である奴隷の市場価格を徹底的に下げるのです。方法としては、我が国が奴隷を大量に買い取って労働集団を組織。奴隷を買うより低コストかつ高品質な商品を各国へ提供するという具合です。これで市場で優位に立てる。そして更に、その組織が作った物などを他国へ輸出させ、また輸入させる。このサイクルを作り上げれば大きくリードできましょう。何せドーガは資金源を失う事になるわけですから。また、同時に反奴隷の意識が高まれば、ドーガ国内に混乱も生じる。一石二鳥となります。こうなればエシファンにも益があるのは言うまでもありません」


「話は分かりますが、ドーガが貿易を容認するでしょうか」


「簡単です。先に申し上げた、奴隷を買うというのを題目として幾らかの金を流し、交換条件として貿易を認めさせればいい。当然、その際には計画の全てを述べず、多くの国と国交を結びたい程度の説明に留めますが」



 バンナイは言葉を失い、キシトアを見据えた。

 彼には全ての話が絵空事のようであり、非現実的に聞こえた事だろう。しかし、キシトアは本気の顔をしている。ここまで彼の話に嘘偽りはなく、また、本当に実行しようとしている。それがどうして分かるのかといえば、言語化するのにかたいのだが、強いていえば、凄みである。キシトアの持つ覚悟が魂を震わせ、信頼という二文字を刻み付けるのだ。


「そしてバンナイ殿。エシファンとの交易の際は、是非とも貴方を頼りたい。どうか、力を貸していただけませんか」


 手を差し伸べるキシトア。この計画が上手くいけば世界の流れは大きく変わる。思考も価値観も人の立場も、全てが引っ繰り返るであろう。その中心人物となれるのであれば、政治に携わる人間としてこれほどまでに魅力的な話はない。まさに本懐というべきである。野心ある人間であれば手を取る以外の選択肢はない。


しかし、バンナイは少し間を置き、こう述べるのだった。


「条件が、ございます」

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