逆襲のシシャ11

 こうしてキシトアは船に乗り込み無事エシファンへと到着したのであったが、今回はドーガの時と違って出迎える者などおらず、下船する一般乗客に紛れて慌ただしく異国の地を踏んだのだった。雑多な屋台や露店などが所狭しと連なる喧騒ばかりの港は、かつて栄華の象徴であったドゥマンとは異なり、幾らかの低俗性と刹那的な情緒に溢れていた。

 

「……なんだか浮ついているな」


 キシトアがそう言うのも無理はない。リャンバ滅亡後、ドゥマンは一時エシファンとドーガの駐屯地として機能しており、亡国の痕跡一切を蹂躙し破壊する最前線となっていた。残る建造物などなく、全てを叩き潰した後、ドゥマンは真平に整地され、軍隊だけが残っていた。しばらくすると、いつの間にか露店を開く者が現れ始める。露店は娯楽なく退屈な時間を持て余していた軍人達に受けに大繁盛となった。そうして二匹目、三匹目の泥鰌を狙う輩がわんさかと出店するようになり、同時にドーガから入国する人間が増えた結果、ドゥマンの跡地は屋台や飲み屋が建ち並ぶ繁華街として発展。人気の旅行スポットとなっていったのである。彼の地の名はドゥマン改め緑一リューイといった。緑はエシファンの国色である。ちなみに港に設置されていた水門も撤去され、今は深緑の見張り台が建てられているだけとなっている。リビリの赤を、エシファンの緑が塗り潰したのだ。


 金は流れていたが、これがきっかけとなりエシファンは衰退の一途を辿る事となる。リビリ時代の研究施設などはドーガに接収され立ち入る事もできず、妙な伝統などに拘る国柄のため保守的で先進性もない。かつての大国は、ただ観光客や軍属を相手にした商売で小金を稼ぐだけの国に成り下がってしまった。ムカームの言う通り凋落していく国である。外需こそあったがそれはバブルのようなものであり堅実性も計画性もまったくないし、身にならない金ばかりが集まっては出ていく。その様子に歓喜する住民は夢の中にいるような心境となり、地に足のつかない騒ぎを好んだ。これが、リューイの現状である。


「それでも活気があるのはいい事ですよ。せっかくだから、ご飯でも食べましょうよ。もうお昼ですし」


「それもそうだな……」


 エティスはリューイの異常と異様に対して抵抗がないように見えた。彼女は間抜けでも劣等でもないがやや軽薄というか刹那的かつミーハーな側面を有している。小難しい事を考えるよりも、その時その時を楽しむ事に意義を感じるタイプなのだろう。羨ましい性格をしている。


「あ、あそこにしましょう! 一番建物が立派です! 多分お高いレストランな気がします! お値段もきっとそこそこするに違いありません! あそこがいいです!」


「貴様、そういう賊というか卑しい部分はもう少し隠した方がいいと思うぞ」


「旅の恥は掻き捨てですよ! さぁ! 行きましょう!」


 エティスとしかめっ面をしたキシトアはレストラン『赤壁』に入っていった。ここはエティスの予見通りリューイ一の高級店であり、料理のレベルも金額もまさに桁違いである。利用者の大半は政治家や経済界の大物などで、公私問わず贔屓にしている人間も多い。そういう意味では、まさにキシトアに打ってつけの店であった。しかし。


「いらっしゃいませ……ご予約のお名前を頂戴してもよろしいでしょうか」


「流暢なホルスト語だな」


「我がレストランは外国の方が多くご利用になられますので……」


「なるほど。予約はしてないが、食事を摂りたい」


「申し訳ございません。当レストランは完全予約制となっております。恐れ入りますが、またのお越しをお待ちしております」


「ふぅん……気に入らんな。席は空いているではないか。何故そこへ案内できん」


「当レストランのお料理は全てお客様のためを考え仕入れを行い調理しております。故に余剰な食材は一切ございません。お出しできる品がない以上、ご注文を受け付ける事はできかねます」


「ならば買ってこればいいだろう。幸いにして港だ。魚介の類には困るまい」


「当レストランの料理は厳選された食材のみを使用しております。市販のもの。ましてやこの時間に売れ残っているものなど、とてもご提供できません」


「なるほど。腕がないから食材に頼るしかないという事か。大層な高級店もあったものだな」


「……お客様は当店を侮辱なされるおつもりですか?」


「事実を述べて侮辱と捉えられるのは心外だが、結果そうなってしまったのであれば謝ろう。すまないな」


「……」


「……」


 給仕長と思しき男は顔を崩さぬままに怒りを露わにしていた。一流店で客を任せれているという自負と誇りがキシトアの挑発を聞き逃せなかったのだろう。


「申し訳ございませんがお客様。当レストランには格式がございます。シェフの腕が一流である事は前提であり、そのシェフが作る料理を至高の域に至らせるためには、やはり一流の食材でなくてはなりません。お客様が普段足を運ばれている店ではどうかご存じありませんが、当レストランにおいては妥協なく、一切全て完璧な料理として出ししております。それができるからこそ当レストランは一流なのです。以上を踏まえて尚席に通せと仰るのであれば、もはやお客様はお客様ではございません。然るべき処置をとらせていただきますが、よろしいでしょうか」


 それは最終警告であった。給仕長の後ろにはいつの間にか厨房の人間も現れている。これ以上揉めるのであれば力づくで叩き出すぞと言わんばかりの重圧。客席も異を察知し騒めき始める。


「……面白い。ますますこの店の料理を食べたくなった。今一度言うぞ。席に案内しろ。」


「……なるほど。あくまで譲らぬおつもりですか……であれば……」


 キシトアと赤壁の従業員との間に殺気が漂う中、エティスは白けた顔をして壁にもたれていた。恐らく、「くだらないな」とでも思いながら眺めているのであろう。空腹時にウダウダと進まぬ話を続けられたらこうなるのも無理はないが、当人たちはメンツを賭けている。残念だが決着が着くまで終わる事はない。


「……」


「……」


 一触即発。互いに手の届く位置までもう少し。あと一歩踏み出せば即開戦。だが、ここで思わぬ横槍が入る事となる。



「キ、キシトア様! リャンバのキシトア様ではございませんか!?」



 レストラン中に響く声にどよめきが生まれる。一流の人間が集う店において、キシトアの名を知らぬ者はいない。


「確かに俺はキシトアだが、貴様は誰だ。見覚えはあるが……」


 キシトアの問いかけに、声の主は裏返った声で答える。


「は! 私! ドーガに従軍しておりましたワザッタ・ローシンと申し上げます! キシトア様のお顔はかつて拝見しておりました!」


「……あぁ思い出した。確か、ムカーム将軍にやたらと叱責されていた……」


「はい! その通りでございます! ご記憶いただいて恐縮でございます!」


「どうでもいいが、うるさいな貴様」


「申し訳ございません!」


 キシトアとワザッタのやり取りにレストラン中は大きな困惑を見せ、あれだけ殺気立っていた給仕長達さえも驚いていた。それはキシトアの正体が明るみとなったのもあるだろうが、それよりもワザッタの態度に困惑しているのであろう。なにせ今のワザッタは……


「社長……いえ、大使。立ち話もなんです。ひとまず、キシトア様を我々の席にご案内したらいかがですかな?」


「それもそうだ。キシトア様。大変僭越ではございますが、私共の席にお越しいただいて

も……」


「俺はかまわんのだが……」


 キシトアがチラリと見ると、給仕長は忌々し気に視線を受け取り、少しばかり上ずった声でこう述べた。


「私共はかまいません。どうぞ、ごゆっくり……」

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